Flag5―真冬の桜―(4)
俺とカーミリアさん以外の生徒たちが、演習場の端の方へ巻き込まれないように移動して行く。そんな中、結局断るタイミングを無くした俺の元へ、復活していたコーチが一人だけ真面目な顔をして俺の元に駆け寄ってきた。
「ツカサ……とりあえず言っておくが無理に勝とうとはしない方が良い」
「やっぱりそれだけ強いって事か?」
「そうだ、簡単に言ったら次元が違う」
「俺、死なないよな?」
「一応弱点も教えといてやるよ」
「弱点? あるのか?」
弱点がわかればそれなりに戦い易くもなる。後、生きやすくも。
「ああ、それはだな……見ての通りカーミリアさんは端正な顔立ちをしているしスタイルだって良い……だが、彼女にも一つだけ無いものがある!」
「無いもの?」
この説明に容姿やスタイルの良さが関係あるのかどうかツッコミを入れたくなったが弱点は気になるので黙って聞くことにする。
「それは胸だ! 容姿も良いしスタイルも良い! 只! 胸が少ないんだー!!」
馬鹿だ馬鹿だよ馬鹿が居る。
「はぁ……」
ほらみろ……お前がデカイ声でそんな事を叫ぶから女子生徒達が蔑む様な目で俺達を見ているじゃないか……。
「コーチ……お前何言ってんの?」
少し大きめの声で俺は関係無いと主張する。これなら俺は大丈夫な筈だ……多分。そもそも俺は関係ないし。
「話はもう良いの?」
待ちくたびれたのか、俺達から少し離れた所に立っていたカーミリアさんが話しかけて来た。
表情は少し不機嫌で、こちらを睨んでいる。
やはり時間を無駄に浪費した挙げ句、胸が無いと叫ばれた事を怒っているのだろう。
「ああ、ごめん…………なさい……」
「そう、じゃあさっさと始めましょ」
コーチを演習場の端っこに移動させ何故か俺が謝ってしまった後、カーミリアさんはそう言ってネアン先生の指示を煽る為に横を見た。
さっきは睨まれたけど、声にそこまで敵意は感じられなかったし、流石に俺には怒っていないのかな。
「アンタ転校生だったわね」
「そうだけど……?」
「言っとくけどアタシは相手が何であろうと叩き潰すだけだから」
嗚呼、怒っておられた。
「お前ら準備は良いな?」
無慈悲にもネアン先生の問い掛けが聞こえる。あのクソ教師ニヤニヤしやがって。
「それでは……始め!」
そうして、ネアン先生の掛け声で戦闘は始まった。俺はまず魔力付加をして真っ直ぐでは無く横から切り込むようにカーミリアさんに接近して行く。
そして同じタイミングで牽制として放たれたカーミリアさんの風の弾丸が、俺の頬を掠った。
正直女の子を殴るのは気が引けるが俺が勝てそうなのは接近戦位しか思い付かない。
俺の狙いが接近戦だと悟ったのかカーミリアさんも魔力付加をして体勢を整えた。
防がれてしまうであろうが先ずは様子見として腹を目掛けストレートを放つ。
しかし体を後ろに引きながら腕で受ける事で力を流されてしまった。
「甘いわね……〝ウィンダ〟!」
そして力を流された事で体勢を崩した俺は風の塊を至近距離で腹に受けてしまう。
「うっ……!」
俺は一瞬呼吸が止まり、少し後ろに吹き飛ばされてしまったものの、魔力付加のお陰かあまりダメージは無い。
受け身を取っていた俺は直ぐに立ち上がり、魔法を発動する。
「〝ガング・ブライズ〟!」
俺が発動したのは雷の槍を真っ直ぐ放つ中級魔法。
「行けっ!」
真っ直ぐに飛んで行く雷の槍は簡単に避けられてしまう。
しかし俺は足に風の属性強化をして相手が避けた場所まで高速で移動し、着いたと同時に属性強化に込める魔力を増やして蹴りを放つ。
こうする事で纏っていた魔力を失うが風の刃を放つ事が出来る。アトラスの森でウィーク・ウルフと戦った時、ナイトさんも使っていた使い方だ。
風の刃は飛んでいき、体勢を反らしてかわそうとしたカーミリアさんだったが、避けきれずに制服の右肘あたりが切り裂かれて血が滲んだ。
「〝スペリア・ブライズ〟!」
カーミリアさんが体勢を崩した状態で繰り出して来たのは広範囲に放電をする上級魔法。
「……ッ! 〝ランド〟!」
目の前に迫ってくる雷を避けれ無いと判断した俺は目の前に二つと、相手の視界奪い、追撃を防ぐ為に一つの合計三つの土の壁を展開する。
しかし追撃は避けれたものの、完全には防ぎきれずに土の壁の隙間から洩れた雷を左手に食らってしまった。
「っ……!」
左手に広がる痛みと痺れのせいで息が洩れる。
「まさか初級魔法でこれだけ防がれるなんてね」
カーミリアさんは腰に手を当てながら余裕そうに話す。……実際、余裕なのだろうが。
「遠隔発動も出来るみたいだし思っていたよりはやるわね」
遠隔発動とは言葉の通り離れた場所から魔法を発動する技術だ。
一見便利そうな技術だが発動させる場所の調整が難しい上に発動範囲は広くはなく、発動している間は無防備になり易いなど、デメリットも少なくは無い為にあまり使い易いとは言えない。
「でもね……アンタはアタシには勝てないわ」
カーミリアさんは不機嫌そうな金色の瞳を更に鋭くする。
「それは流石に失礼じゃないか?」
「事実を言ってるだけよ」
「油断したら足元掬われるぞ」
「じゃあ掬う暇を与えなければいいだけよ」
一瞬の間。啖呵を切り合い、少し強気に出過ぎてしまったと思える位の時間はあった。




