Flag3―試験と試練―(8)
「お任せ下さい! 私は先生を目指してますからこれくらい教れるのは当たり前です! 善は急げとは言いますし、これから宿で勉強しましょう!」
いつもは謙虚なルーナがこれだけ強く言っているのも珍しい。けど、その分期待しても良さそうだ。
「じゃあ、お願いするよ」
「もう良いですよーだ! 俺はパンツ見るもん! パンツウォッチングするもん! よーし良いぞ! 俺には見える! 見えるぞ! うっひょおおおおお!」
「それではコーチさん、明日と明後日はお昼からここに来るつもりですので」
「じゃあな、コーチ。頑張れよ」
「えっ? 俺、ガチで置いていかれちゃうの? えっ? ツカサ! 冗談だよな?」
「これからパンツ見るんだろ? もう殆ど人居ないけど頑張れよ。まあ、変な方向に目覚めそうなら心配いらないな?」
「……冗談じゃないの? うそん」
ごちゃごちゃと喚いていたコーチを放置してルーナと演習場から外に出ると、あたりは暗くなって、来た時よりも人の通りが少なくなっていた。
少し伸びをする。今日は濃い一日だった……魔法を使える様になったり、個性的な人達と出会ったり。
何だかもう一日が終わった気分で、俺達は宿へと帰っていった。この後コーチがどうなったかは知らない。
「ルーナぁ帰ったぞぉ!」
「「…………」」
現在時刻は十時を回った位だろうか。
俺は今までルーナに中級魔法の理論を教えてもらっていた。何故過去形なのかというと、この酔っ払いせいである。
「なんだぁ、司君も居るのかぁ。アッハハッハッハ!」
いや、ここ俺とナイトさんの部屋ですし。そもそもルーナに帰ったって言ってたけど、ルーナが部屋に居なかったらどうするつもりだったんだろ。
顔を上気させて、上機嫌なナイトさんはルーナに絡みに行き、それに反比例するかの様にルーナの表情は曇って行く。
「司さん、見てはいけませんよ……穢れますから」
「パパだぞー! 今帰ってきたんだぞー」
「良いですか司さん? 〝ビロウ・ウィンダ〟には〝ウィンダ〟の性質に加えて増加と拡散の性質が追加されています」
「ルーナが大っ好きなパパだよー? ほらぁ、抱き付いて『パパお帰りっ!』って言ってくれて良いんだよー?」
「これは先程説明した通り〝ビロウ・フレイ〟と〝ビロウ・ウォート〟と性質が一緒なんです」
ああ、そういう方向で行くんだ……。鬱陶しいもんね。
「じゃあ〝ビロウ・ランド〟は?」
「〝ビロウ・ランド〟は違いますので今回は〝ビロウ・フレイ〟〝ビロウ・ウォート〟〝ビロウ・ウィンダ〟の三つを覚えて貰おうと思います」
「ねぇねぇ、ルーナ。どうして無視するんだい? パパが居るんだよ? パパだ――」
「〝ウォート・プリズン〟」
笑顔がひくひくとし始めたルーナが、そう言葉を口にすると、ナイトさんの足下に魔法陣が現れる。魔法陣からは塒を巻くように水が沸き上がると、ナイトさんを巻き込みながら球体になった。
「う゛ーばぁぁあばばば……」
そうして、水の中に閉じ込められたナイトさんが、遂に喚かなくなったのを確認するとルーナは魔法を解いた。死んでないよね?
「少し騒がしかったですけどもう大丈夫ですね」
うわぁ……良い笑顔……。昨日堪えた分が今に来たのだろうか。
取り敢えず、静かになったことだし、床に転がっているのは放置して勉強に集中しよう。……あれ? おっかしいなぁ……手が震えるぞ……? べ、別にビビってなんか……。
「なあ、さっきの魔法は?」
小刻みに震える手を悟られないように質問をして紛らわせる。
「それは〝ウォート・プリズン〟と言うウォート系の中級魔法で、主に無力化や拘束したい時に使います。性質は待機と圧迫が追加されています」
震えが酷くなった。
「な、成る程……」
手の震えを誤魔化し、勉強を続ける事、数十分。漸くルーナのお墨付きを頂けた。
「中級魔法についてはこんな感じですね。あとは実践あるのみです」
「うん、ありがとう。じゃあ今日はもう休ませてもらうよ」
「はい。おやすみなさい」
そう言い、ルーナは部屋から出ていく。俺は見送った後、ベッドに寝っ転がって目を閉じると、魔法と頭を使ったからだろうか、程よい疲労感によって俺の意識は直ぐに途切れた。ナイトさんは……知らない。
「〝ビロウ・フレイ〟!」
青白く光る魔法陣が宙に描かれ、ゆらゆらと炎が広がって行く。
現在時刻は午後二時過ぎ位だろうか。俺達は昨日に引き続き演習場で魔法の練習をしていた。
「おお、良い感じじゃねぇか」
練習開始してから一時間程、昨日の事はすっかり忘れたかのような良い笑顔でコーチがやってきた。
「そうか? まだ三回目だぞ?」
「初めて中級魔法をする時ってのはほとんどの奴は魔力のバランスを取れなくて失敗するもんなんだよ」
そうなのか。中々に幸先の良いスタートを切れたようだ。
「なあルーナ〝ビロウ・ウィンダ〟と〝ビロウ・ウォート〟も〝ビロウ・フレイ〟と性質が同じなら大体同じ感じで使えば良いんだよな?」
「はい、そうです。けど属性は気をつけて下さいね? イメージも疎かにしてはいけませんよ?」
「わかってるよ。それじゃあ……〝ビロウ・ウィンダ〟!」
魔法陣から突風が放たれる。《ペンタグラムの魔法陣》で、魔力を節約しながら成功出来た。
「〝ビロウ・ウォート〟」
ならばと、水属性の中級魔法にも取り組んでみると、これも〝ビロウ・ウィンダ〟同様に上手くいってくれた。
まだまだルーナやコーチが使う魔法なんかよりも完成度は低いんだろうけれど、それでも終わりが見えてきたのは大分気持ち的にも余裕が出てくる。
それに、中級以下の魔法の練度を上げる必要もあるが、今日、明日と上級魔法に時間を費やせるのは嬉しい。
そういうわけで、早速上級魔法に取り掛かる事となった。
教えて貰う上級魔法は〝スペリア・フレイ〟という火属性の魔法で、これが選ばれた理由は、上級魔法の中でも簡単な部類のものである上に、教えてくれるルーナが一番良い例を見せれるものであったからだ。
教わる魔法が決まった所で、ルーナが〝スペリア・フレイ〟を披露する。
ルーナの目の前に現れる巨大な魔法陣。俺が見た中級魔法や初級魔法なんかよりも大きい、青白く光を映す五芒星。そこからゆらゆらと、大人を三人は簡単に飲み込んでしまいそうな程、大きな、大量の炎が吹き出した。
揺蕩い鮮やかに照らす炎に思わず唾を飲む。
「凄ぇ……」
「何でコーチが驚いてるんだ?」
普段から学校で見ていそうなのに。
「ほら、ルーナちゃんって緊張に弱いって言っただろ? 試験の時とか注目される場だとテンパっちまって、あんま上手くいってねぇから、俺もルーナちゃんの魔法をしっかり見たのは今のが初めてなんだよ」
「なるほどー」
普段から成績も優秀で優等生なのに。今の魔法を見たら余計に勿体無く思ってしまう。