Flag12―還御―(9)
「もう顔を上げて良いよ」
門番さんから見えなくなるくらい歩いた頃だろうか、そう言われて顔を上げる。
どうやら人の多い大通りを避けて路地裏に入っていたらしく、今居る道を振り返ると、その先からは明るい光が見えた。
「やれやれって感じだね。コーチ君も変な役目押し付けちゃってゴメンね」
「いや、気にすんな。俺としては入れていた予定だったんだがなぁ……」
「ほらほらー、ボクらだってメイドだよ? 見たくてやまないメイドだよ? だよ?」
レディ、メイドアピールするのはわかるけど、どうして俺をコーチの前に差し出すんだ。
「……無駄に似合ってんな……」
「同情するのはやめてくれ。余計に悲しくなる……。後、そう言う誉め言葉はレディとかに言ってあげてくれ……」
ムフフと口ではなく鼻にハンカチを宛行って上品に笑うレディは「後は待つだけだね」と呟く。
「言われたものを買ってきたけど、何に使うんだい?」
何を、もしくは誰を待つのか訊ねる間もなく後ろから声が聞こえた。“誰を”だったらしい。
「おー、こんな時間にありがとうね、ユーリ君」
「別に構わないよ。僕の家はこういった行事には無頓着だからさ」
振り返ると緑髪の天然パーマ。自分の事なんて顧みずに俺のために行動してくれた俺の友人の一人。
そんな友人は俺を見て、名前を口にし、目を見開く。
「なんだいその格好は……」
俺が脱獄したことよりも形の方に驚くのか。
「別に好きでしているわけじゃないからな? それに、ユーリだってなんだその荷物は」
ユーリの手には夜店で売ってあるであろう料理や飲み物達が詰められた手持ち袋が二つと、少し西洋風なお面が一つ握られている。何だか似合わない。
話を聞いてみると、レディが頼んでいたらしいのだが、何故か少し話が噛み合わない……というか、ユーリは作戦の概要を聞かされていないようである。
「それじゃあ、ちょっと二人並んでみて」
ユーリから荷物を受け取ったレディに言われた通り、俺とユーリが横に並ぶと、「ボクの見立て通りだねぇ」や、「本当ですね」等と、クラスメイトがヒソヒソと話を始めた。
「なあ、ユーリ」
作戦会議らしきものが行われているようだが、すっかり蚊帳の外になってしまった俺は、同じく困惑した表情を見せるユーリに話し掛ける。
「どうしたんだい?」
「エルは、どうだった?」
「僕が送り届けた時には落ち着いた……というか、疲れて寝てしまったよ」
「そっか……それで、どうするんだ?」
「随分と抽象的な質問だね」
「悪い。けど、どう聞けば良いかわからないんだ」
今のユーリ達に質問すれば良いのか、何を質問しても良いのかがわからない。気になる事は、詳しく聞いてみたい事はあるけれど、果たしてそれを今突き付けるべきなのか、俺には判断出来なかった。
「その気持ちわからないでもないよ。だからこそ、僕自身もどう答えれば良いのかわからないけど、昔のような過ちはしたくないって思うんだ。大切なものを失って狂ってしまった人を助けられなくて、何もかもを諦めて誰かを傷付けるような事はしたくない」
ユーリははっきりとそう言って、少しはにかんだ後、同じ質問を俺に返してきた。
「俺は取り敢えずエレーナ共和国に行こうかって考えてる。一応エレーナ共和国はハルバティリス王国の友好国だけど、エレーナ共和国も大きな国だから追っ手から逃げやすいだろうし、何よりもギルドがあるから、お金を稼ぐことも出来る。そこで時々ひっそりこの国に戻ってきて來依菜を探そうかなって」
來依菜がショウシと行動していたということは《リアトラの影》に所属している、もしくは何らかの関係があるということになる。そうなると、この国で探す他ない。
「けど、王宮にある牢屋から脱獄してしちゃってるからお尋ね者だろうし、あまり中心部には来れないと思う」
「そうかい……寂しくなるね」
丁度その頃、作戦会議が終わったらしい三人が、俺達の元へと戻ってきた。
そして、徐に近付いてきたコーチがユーリの首に腕を回して肩を組む。
「ツカサ君はもうその服脱いでもいいよ」
漸くお許しが出たようなので、ヘッドドレスを外し、メイド服をルーナに返すついでに、今から何をするつもりなのか聞いてみた。
「黙って見ててね」
そう俺とすれ違いざまに言ったレディは、コーチとユーリの元へと行くと、ユーリに対し、「ちょっと騒がないで大人しくしてて」とさらっと恐ろしい言葉を口にする。
「えっ?」
困惑しているユーリは、レディに名前を呼ばれたルーナとコーチに押さえ付けられると、あれよあれよという間に、俺が来ていたメイド服を着せられ、何処からか取り出した黒髪のカツラを被せられ、その上からヘッドドレスを付けられてしまい、さっきまでの俺のような見た目へと変わってしまった。
「後は……これで!」
そして最後に、ユーリが持っていたお面を取り付けると、その姿はまるで俺がメイド服を着てお面を被っているようである。
「こ、これは……どういう事だい?」
仮面の下で引き攣った顔をしているであろうユーリは依然困惑しながらも、事態を飲み込もうと質問する。
「ユーリ君はね、後でボクらと一緒に宮殿へ行くんだよ。出て行ったツカサ君が戻って来ないと怪しまれちゃうからね。戻ってからは基本ボクらがフォローしながら一緒に行動するから、ずっと黙ってて構わないよ。あっ、お面を取られた時だけど、ユーリ君ならメイクすれば大丈夫そうだから、気にしないでね」
成る程、だからユーリには伝えていなかったのか。普通、「影武者としてメイド服を着ることになります」とか言われても、素直に「はいそうですか」とかならないよね。先程見立て通りだと言っていたのも、ユーリの方が若干高いが、俺と身長が近いからなのだろう。……何かごめんな、ユーリ。
「ツカサ君、また会おう」
どうやら諦めたらしいユーリは、とても嬉しい事を言ってくれてはいるのだが、お面を少しずらしているものの、それだけではどうしようもない格好のせいか、言葉そのまま格好がついていない。
……けれども、ここでルーナ、レディ、ユーリとは本当にお別れになってしまうらしい。
「ああ、またなユーリ。次戦う時は負けないから」
「うん、僕こそ負けないよ」
目を見て握手をする。初めて会った時とは別人のような目を細めた表情は、確固たる意思を秘めていて、以前戦った時よりも確実に苦戦をするのだとわかってしまう。
「レディ、鼻血出し過ぎるなよ。また倒れるぞ」
「エヘヘー、いつも皆に助けてもらっちゃってるからねぇ、努力するよ」
多分、無理っぽいんだろうな。そんなニュアンスを感じて、込めて、お互いに笑い合う。何だかんだで冗談を冗談だと理解し合える友人は貴重だ。