Flag12―還御―(6)
「でふょう? わふぁひふぁ、ぐひをひふひはいひゃふぁいんふぁ!」
「うんうん、愚痴ばっか聞いてんのは大変だよな。機械じゃないもんな、生きてるんだもんな」
「ふぇふょー?」
「それと、食べながら喋るのはやめた方が良いぞ? あと、俺も生きてるからな」
「ふぁ……んぐ、失礼したわ。確かに今やっている事はあの子と同じになってしまうわね。今度の魔闘祭でボコボコにして発散する事にするわ」
最初のビビりようは何だったのかと思える位に寛いでいる目の前の明るい茶色の長髪でゆるふわパーマなメイド少女に俺は「それでさ」と言うと、無垢……というか、何も考えていないであろう菫色の瞳で返事をされる。
「何しにここに来たの? というか、俺が誰だかわかってる?」
「えっ? 適当に夕食を見繕って持って行けって言われただけで、あなたの事は知らないわよ? あっ、ツカサちゃん……じゃなくて君!」
「この場所どこかわかってる?」
「うん、牢獄」
「じゃあ、俺は?」
「……囚人」
今更思い出したのか。食べ物を掴んでいた手を止めて、ワナワナ震え出すマーガレット。
「いや、別に危害を加えるつもりは無いぞ? そもそも枷も嵌められてるしさ」
「な、何だ……焦っちゃったよ。それなら、気にする事なく話せるね」
「いや、働けよヘタレ」
「へへへヘタレじゃないよ!」
「よし、じゃあ今から君を襲うぞー、がおー」
「ひぃぃいいいっ!? て、貞操は守らせてくださいぃっ!」
「……冗談だって。多分普通に戦ったら俺、マーガレットより弱いぞ?」
「なんだぁ……はッ! ど、どっからでもかかってこいやぁ!」
「は?」
「ごう゛ぇんなざい゛ぃ……出来心だっだんでずぅ……」
「いや、うん怒ってないよ。怒ってないから。びっくりさえてごめんって。ほら、一応俺危険かもしれないし、早く自分の仕事に帰った方が良いんじゃないかって思ったんだ」
正直、この子は愚痴で面倒だどうのだとも言っていたけれど、割とこの子自身も面倒臭い人だと思う。
俺の言葉を聞いたマーガレットは涙目で何度も頷き、そのヘタレさを遺憾無く発揮ながら「それじゃあ……お元気で……? ツカサちゃ……君」と言い、持ってきていたバスケットを抱えて足早に牢屋から出て行った。
何だか奇妙な出会いと会話ではあったけれど、少し気分を紛らわせられたので、有り難かった。
……本当はずっと何かをしていないと、嫌な事ばかり考えてしまうから、誰かしらと話したりしていたいけど、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
だけどやっぱり、一人になってしまうと考えてしまう。折角持ってきてもらったご飯も美味しく感じない。
ヴァルが死んだ。誰よりも厳つい見た目だったけれど、誰よりも優しかった友人が、居亡くなった。
エルは八年前に家族を無くした過去から目を背けていたからというような事を言っていたけど、どう考えたって護られただけで、護る事が出来なかった俺のせいだ。
あまりに無力だった。
散々自己満足に暴れた結果、自制が効かなくなって。勝手な事をしていなかったら、きっとあんなにも皆が傷付いたりもしなかったのに。
あの時止めてくれたコーチの言う通りだった。
特別上手いわけじゃないのに、突き詰めたわけじゃないのに、魔法を覚えただけで強くなった気分になって、自分自身の力じゃない武器の力を自分の力と勘違いして、それに頼りきった挙げ句に、俺は生きて、他の人が死んだ。
外は一層の盛り上がりを見せているらしい。演舞だか、殺陣だかをしているのか微かな金属音も聞こえる。
遠くの喧騒が更に遠くに聞こえた。
「酷いお顔をしていますよ、司さん。折角の可憐さが台無しになってしまいます」
夢でも、幻覚でも見ているのだろうか。ぼうっとしていて、そんな声が聞こえたかと思うと、鉄の柵越しに髪を下ろして白いカチューシャを付けているルーナが見えた。
夢や幻覚にしては酷いものだ。こんな時に、こんな気分の時に何処か既視感のあるメイド服を着ているルーナが見えてしまうなんて。
自分がつくづく嫌になる。
「ほら、立ってください」
鉄の柵の向こう側に居たルーナは、魔法で柵を破壊してこちら側に入ってくると、俺の腕に嵌められた枷を鍵を使って外した。
カランと短い音を立てて落ちた枷は俺の爪先に軽くぶつかる。
「何をしているんですか?」
そう言って微笑むルーナの手が触れた俺の左腕は、確かな温かさを感じた。
「本物……なのか……?」
「それ以外に何があるんですか? ……まあ、囚人を逃がしてしまう私は、確かに偽者としておいた方が都合が良いかもしれませんね」
どうしてと問うと、『待ってて』と伝えた筈ですと、視線を一切外さずに答える。
「そっからどうするつもりなんだ? 俺が逃げたってわかると、必ず追ってくるし――」
「だから逃げるんです。何処でも良いから逃げるんです! 折角來依菜ちゃんを見付けたのに、こんなところで諦めて良いんですか? 魔法を使えるようになった貴方は、余程危険な魔獣に襲われでもしない限り死ぬことはありません。元々旅をするつもりだったのでしょう? 覚悟は既に出来ている筈です」
「でも、皆にまだ謝ることも、お礼も言う事も出来てない」
「謝らないでください。忘れないで、覚えていてくれれば良いんです。そして、お礼だけで良いんです。皆、自分のせいだと思っています。だから、いつか必ず、お礼を言いに帰って来てください」
帰って……か。
俺に有無を言わせないようにだろう、一気に捲し立てたルーナは俺の表情を伺った後、問い掛けてきた。
「司さん、貴方は誰ですか?」
意味がわからず、答え倦ねていると、ルーナは無理矢理俺の顔を両手で挟み込む。
「今の貴方はツカサ=ホーリーツリーですか? それとも、別の誰かですか?」
顔の距離に少したじろぎそうになったけれど、ただ真剣にそう問い掛けてきたルーナを見ていると、勝手に一人で照れたり、言い訳なんてしているのは最低な行為なのだと気付いてしまった。
これ以上に最低な奴に成り下がるのは、御免だ。
「“今”はまだ、ツカサ=ホーリーツリーだ」
「そうですか」
顔から手を離したルーナは満足そうに微笑んだ。
どうやら、最初にルーナが王宮を訊ねた時は、コーチとレディという、完全な部外者が一緒だった為、入れて貰えなかったが、一人でなら、王宮の関係者の娘として立ち入る事が許されているらしい。
そこまではわかるのだが、何故ルーナはこんな格好をしているのだろうか。似合っているけどさ。
「これはカモフラージュです」
「カモフラージュ?」
俺がそう問いかけると同時に、目の前に突き出されるルーナが着ているものよりもゴシック調なメイド服とヘッドドレス。