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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
166/179

Flag12―還御―(2)

 口から石を吐き捨てる。やけに軽い音が鳴った。


「ラナちゃん……あなたやっぱりそんな事をしていたのね……」


「だから……何?」


 別の石を口に含んで、飲み込む。


「お願いだから、やめて」


「もう今更、どうって事は無いわ」


 魔変石にはある特徴がある。それは魔力を吸収して光へと変えるという性質ともう一つ。魔力の濃度が高い所へ置いておくと魔力を大量に取り込む性質。


 魔力を溜め込んで、割れずに飽和状態となった魔変石は、魔充石と呼ばれるものへと変わる。


 魔変石のこの性質は、魔法を使えないようにするにあたって広く利用されており、罪人を幽閉する際にも使われている事で有名だ。


 そしてアタシは、それを日頃から飲み込んで、魔力を吸い取らせている。魔力を無理矢理でも増やすこの方法を思い付いたばかりの頃は魔力を奪われ過ぎて何度か死にそうになった事もあるけど、今では一度に幾つも飲み込まない限り何ともない。


 ケティの言葉を叩き捨てたアタシは、わざわざ追い掛けてきたケティに何の用か訊ねた。


「……どうするつもりなの?」


「あなたには関係無いわ。ケトル」


「……そう、行っちゃうの」


「だから、関係……無いわよ……」


 ケティはそれ以上何も言わない。どんな表情をしているのか見なくてもわかる視線を背中に感じながら、アタシは幼馴染みの前から歩き去った。






   ‡  ‡  ‡






 聞いた。俺が皆を傷付けそうになったことも、來依菜がショウシと一緒に現れて、助けてくれたことも。カーミリアさんとケトルが十年前に大切なものを失って、先生達と出会ったことも。エルとヴァル、ユーリも八年前に其々に大切なものを失ったことも。


 だけど、話を聞き終えた時、俺が最初に感じたのは安堵だった。


 來依菜が生きていた。先生達が駆け付けた頃には來依菜達が居なくなってしまったらしいけれど、それだけでも十分な位に安堵してしまった。


 色んな人が死んでいるのに、自分勝手で最低な感情だった。


 カーミリアさんが出て行って、ケトルがそれを追い掛けて、これだけ人が集まっているのに酷く静かな病室で、学園長は「何時までも黙っていてる訳にはいかないな」と口にした。


 真剣なその表情に、皆只黙って耳を傾ける。ネアン先生は窓から青い外をぼうっと眺めていて、レイラ女史は俺達から背を向けて、シャルル保健医は立ったまま腕を組み、目を閉じていた。


「我々が集まる少し前……先程の事だ。我が校の大切な生徒の一人である、ヴァル=アディントンが息を引き取った」


 崩れ落ちる音。言葉にならない声を洩らしたエルの力が抜ける音だった。


 ユーリが咄嗟に矮躯を抱き止めるけど、何も見えていないような瞳に涙を浮かべる。


 やっぱり、誰も何も言えなかった。


 どうしようない居心地の悪さに髪の毛を触ってしまいそうになるけど、思わず動かした右腕じゃ、触れる筈もなかった。


 大袈裟気味に包帯の巻かれた左手を眺めても、気が紛れそうにはない。ほんの少しだけ手を握ってみた時、病室の扉が開いた。


「少し……良いかな?」


 そんな言葉伴って病室に入ってきたのは、こんな所には不釣り合いの、銀色の鎧を着た人物。


「何の用だ、ロイド様」


「ルイス、何でも様を付ければ良いというものではないぞ」


 青い瞳に白い長髪で、恐ろしいほど見た目と年齢が噛み合っていないこの国の騎士団を率いる長が、わざわざこんな所に来るなんて、あまり良い予感はしない。


「ツカサ、何も言わずに着いて来てくれれば、ワシも嬉しいんじゃが」


 生ける英雄は、自身から一番遠い位置に居る俺を指名した。


「いくらロイド様でも、怪我人を連れていかせる訳にはいかないね」


『シャルル、嘘は良くないぞ。立てるだろう? ツカサ』


 俺は無言で頷き、ベッドから降りようとするも、目の前に腕を差し出されて止められてしまう。


「ルーナ……?」


「何を考えているのですかロイド様?」


「ルーナ、ワシは着いて来て欲しいとしか言っておらんぞ?」


「よくもまあそんな事を仰れますね」


「そう言えるルーナも何か思い当たる所でもあるのであろう? もしそうだとした場合、それを止める事がどんな事か、賢い主ならわかっている筈じゃ」


 友人も、先生さえもあっさりと躱して、ロイドさんは俺の前まで歩み寄り、助けを必要か問い掛けてきた。その表情はとても優しいけれど、左手は剣の刺さった鞘を握り締めている。


「いえ」


「そうか、良い子じゃ」


 腕に巻かれた包帯を口を使って解いた俺は、すっかり綺麗になってしまった制服にその腕を通して立ち上がる。誰もが口を真一文字に結んでいる病室を、ロイドさんに着いて出て行くと、幾人もの騎士が病院の廊下に並んでいた。


「あまり良い気はしませんね」


「主がワシと同じ、もしくは近い立場になればその内慣れようぞ」


「今真逆の立場ですからねぇ」


 隣接している王宮に向けて歩いていく途中の会話にしては、少々呑気過ぎるものなのかもしれない。


「あっ、病室に本を忘れたので後で持ってきてもらっても良いですか?」


「うむ、一応調べてからにはなるが、良かろう」


 そんな会話を交わしながら着いた先にあったのは、外からの光は殆ど届かない薄暗い牢獄だった。






   ‡  ‡  ‡






 部屋の主の居なくなってしまった病室は異様な虚しさが支配していて、皆さんどうすれば良いのかわからずに、誰一人として誰かと目を合わせようとしません。


「エルの……せいだ……全部……」


 ほんの少しだけ落ち着いたエルちゃんは、ユーリさんに支えられながらも立ち上がりました。


「ずっと、見て見ぬ振りをしてきたから、きっと、そのツケが来ちゃったんだ」


 それでもやっぱり堪えきれず顔をグシャグシャにして、両手で荒く涙を拭うエルちゃんに私達は、少なくとも私は声を掛ける事が出来ません。


 八年前に起こった事を知ってしまった以上、エルちゃんがずっと苦しみ続けた事を簡単に否定してしまうのは、何か違うような気がしてしまうのです。


 私は悩んだ結果、やっぱり言葉なんてものは見当たりませんでした。


「自惚れるなよ。たった一人でどうにかなるような問題じゃあない。そんな事を言ってしまえば、十年前も、八年前も、我々が救えなかったせいだ。もしそれでも貴様が、自分が悪いと思っているのなら、ここに居る全員の責任だ。自分が悪いなんて、誰だって思っている」


 ルイスちゃ……いえ、学園長は言葉の割に責めるような口調ではなく、まるで独り言のように淡々と呟きました。


 さあ、帰れと、ぶっきらぼうに、祭りにでも行けと、下手くそな理由をこじつけて、彼女は私達に帰宅を促します。けれど、誰一人として動きません。


「頼む、帰ってくれ」


 誰もがこのままでは終われない。そんな風に思っているでしょう。けれど、ネアン先生はそんな私達に懇願するような声音で言いました。


 仕方無く病室から出た私達に、扉越しから聞こえてきたのは咽び泣く声で、漸く私達が如何に子供で、何も見えていなかったのだと悟りました。


 同時に、私も立っていられなくなってしまい、人気の無い廊下に崩れ落ちてしまいます。

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