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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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Flag12―還御―(1)

 何時もアタシは気付くのが遅い。気付いた時には手遅れだったり、手に負えない状況になってしまっていたり。


 何時も思う。もっと早く気付けていれば、後悔しないで済むのに。もっと早く力を手に入れる事が出来ていたら、手の平の隙間から何も溢れる事もないのに。


 もっと早く、覚悟を決めていれば、こんなにも悲しくはならなかったのに。






 アタシは、ハルバティリス王国の北の国境に近い小さな集落に生まれた。


 十年前のアタシは今とは変わらず素直じゃなくって、気が強かったけれど、それでもよく笑っていた……と思う。


 アタシとは対照的に、今では信じられないくらい気の弱かったケティと、いつもアタシが自分勝手になり過ぎないように上手く立ち居振る舞ってくれていた兄といつも一緒に行動していた。


 兄はアタシとは双子だったけれど、似ても似つかなくって、何でも出来る兄はアタシの憧れで、同時に何時も余裕を持っているその態度にアタシは少し嫉妬したこともあったっけ。


 今思うと、馬鹿なアタシの尻拭いをしていた兄はきっと苦労したのだろうし、アタシがやり過ぎたり、孤立したりしないようにするにあたって、そういった態度を取らざるを得なかったのかもしれない。


 何はともあれ何も知らなくて、けれども、それでも幸せな日々だった筈だ。


 ……あの日が、来るまでは。


 切っ掛けは人が死んだこと。小さな村だったけど、死人が出るのは別段珍しい事ではなかった。でも、その死は、その死だけは違った。


 忘れもしないお昼頃。冬の終わりの暖かな陽射しの元で、村人の四方山話に花が咲いていた時、突然村人の一人が殺された。殺したのは昨日まで皆と同じ様に笑顔で話をしていた人。


 見境無く人を殺そうとしていたその村人を、他の村人達は説得しようと、声を掛けたりしてみたけれど、話が通じずに、結局殺す事でしか終わらなかった。


 けれども、終わってはいなかった。


 次の日、今度は説得していた村人の一人が前日と同じく見境無く人を殺し始めて、殺される事でしか止める事が出来なかった。


 その次の日も、繰り返された。


 最初、村人達は何かしらの伝染病だと考えたけれど、解決方法は見つからなくって、数日もしない内に人々は疑心暗鬼に陥って、温かかった村の空気も冷たくなりつつあったけれど、村人達は人を信じるのをやめなかった。


 自分がそうなってしまったら、殺して。そう言って人々は笑顔を見せる。でもその不思議な病気らしきものは一向に収まらなくって。


 遂に殺し合いが始まった。


 遠くに黒い煙と、嫌な臭いを微かに感じる土の道を、「逃げなさい」と言う両親の言葉に涙を隠せないアタシとケティの手を引っ張りながら兄は走って逃げた。


 魔力を使えるとは言っても、私とケティは兄に比べるとまだまだ下手くそで、村の外れにある倉庫の前に来た頃には息は上がってしまって、溢れる涙や鼻水のせいもあって、再び走り出すには時間を要した。


 兄は考えた結果、倉庫の中で息を潜めながら休憩をする事を選んだけれど、そこへある人が訪れた。


「こんな所に居たのか」


 近所に住む、知り合いのお兄さんだった。彼はアタシ達を見付けると、微笑んだ。


「もう終わったから、こっちにおいでよ」


 頬に少し血の付いた顔で、彼は言う。馬鹿なアタシはその言葉を鵜呑みにして、着いていこうとしたけど、それを止めたのは兄だった。


 狼狽えはしたものの、アタシは兄を信じる事にすると、知り合いのお兄さんは今まで見たことがないくらいに顔を歪めて笑った。


 その瞬間、兄は魔法を使って倉庫に穴を開けて、私達の手を引っ張りながら再び走り出した。


 だけど、足を引っ張ったのはやっぱりアタシで。


 どんどんと追い付いてくる知っていたけど知らない表情をしている知り合いのお兄さんを見た兄は、自分よりもアタシ達を行かせる事、生かせる事を選んだ。


 嫌だと必死に抗うアタシに兄は言う。


「どうしたんだ? ラナ。一緒に来たいのか?」


 バカ言うなよと魔法を使って、地面から行く手を阻む壁を大量に出現させて、兄はアタシを諦めさせた。


 足手纏いだとはわかっていたし、兄の意思もわかっていたから、嫌だったけれどアタシ達は必死に走った。


 結果としては兄は帰って来なかった。


 走った先で知り合った、アタシ達を助けてくれた魔術学院の生徒達にアタシは八つ当たりした。その人達も泣いていたのに。






 アタシがもっと強かったら。もっと早く走れていたら。変わらない、変われていない。昔も、今も。


 噂というやつは、案外早く駆け回るもののようで、墓参りを終えたばかりのアタシ達の耳に入るのも不思議ではなかった。


 中止にはならなかった魔飽祭で人の賑わう通りを、馬車では遠回りになってしまう雪の積もりつつある道を、アタシ達は少し冷たい空気を切りながら駆けた。


 王国が運営している病院の一室に入ると、皆どこかしら怪我をして、ガーゼを当てている馴染みになってしまった顔ぶれと、十年前アタシ達を救った当時学生だった教師達が、広い病室ではあるが少し満員気味で集まっていた。


「あっ、カーミリアさん、お帰り」


 無理矢理笑うソイツは、左目に眼帯をしていて、包帯だらけの左手を左右に振る。


「あっ、これ? ちょっとなくなっちゃってさ、お陰で折角ナイトさんに本を持ってきてもらったのに、これじゃあ上手く読めないよ」


 本当に下手くそな笑顔。


 無理矢理明るく見せ掛けた場で、事のあらましを聞いたアタシは、自分を抑える事が出来なかった。


「ルーナ! 答えなさい! 確かに亡霊と言ったのよね!? ソイツの見た目を詳しく教えなさい!」


 ルーナの肩を強く掴んでしまっていたアタシの腕を、担任の教師が止める。


「落ち着けプラナス――」


「落ち着いていられる訳ないでしょう!? 何でアンタは落ち着いていられるのよ! アンタだって奪われた癖に! そもそも! アンタ達が居て、どうしてこんな事になっているのよ!」


 ここがどんな場所かなんて、今は気にしておられずに、叫んでしまった。


 教師達は、こんな言い方をしたアタシに言い返したくて堪らない筈なのに、俯き唇を噛む。


 でもそれを見て、アタシは気付いてしまった。


「アンタ達……ずっとアタシに黙っていたの……? 八年前も何も掴めなかったとか言って……亡霊が誰に取り憑いていたのか、ずっと知っていていながら、アタシがずっと探している事を知っていながら、黙っていたっていうの……!?」


 誰も、何も言わなかった。……そうか。


「ふざけんじゃないわよ……!」


 ここが病院だって事は、病室から出て気付いた。


 何時もアタシは遅すぎる。今までアタシは何をしていたのか。全て無駄だったのか。


 気休めでしかなかったのか。


 アタシは季節外れの転校生に故人を重ねて、無くなった思い出を重ねていただけだったのか。


 やっぱりアタシは気付くのが遅い。遅過ぎる。

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