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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
164/179

Flag11―玄色―(20)

「間に合い……ました……」


 私の嘲りに色の髪をした男性は振り向き、気付く。焦げ、荒れ果てた演習場よりも先、完全に砕け散った結界に。


 私の居る所まで聞こえる程、あからさまな舌打ちをした相手は、悪態をつきました。


「テメェ……やりやがったな……!」


 これで、ここから避難することも、騎士団に助けを求める事も出来ます。……とは言っても、この状況じゃ、私は助からないかもしれませんね。


 私がへまをしたせいで上手く動けないサナは勿論、無数に現れた靄の人形に足止めを食らったコーチさんも、私の所へ駆け付けるのは叶いません。


 目の前では、黒い靄の人形の一つが、腕を刃に変えて私に振り下ろしていました。


「やれやれ、してやられたな」


「ごめんなさい。私がもっと強ければ、もっと早くに来れたかもしれないのに」


 …………? 声が聞こえた? 私は……死んでいない?


 死ぬと思ってから、もうとっくに死んでいても可笑しくない時間なのに、私は生きていました。


 私を殺そうとしていた靄の人形が居たところを見上げれば、そこには青い髪を短く整えた中年の男性が、〝水鎧〟を纏った拳を振り抜いた状態で立っています。見覚えの無い顔でした。


 そしてもう一人、私の目の前に居る人に謝っていたであろう人は、大きいフード付きのマントを地面に擦らせています。フードから見えたその顔は、確かに見覚えがあるものでした。


「まさか……貴女は……」


 幼い頃からの知り合いの一人の少女と瓜二つで、同じ背丈をしているその少女の髪色と瞳は空色です。


 多分、いや、きっとこの人は……。


「來依菜ちゃん……?!」


 私の言葉に、來依菜ちゃんは大きな瞳を見張らせて私を見ましたが、「そっか……」と呟いて微笑むと、「ありがとうございます」と言いました。


 彼女が來依菜ちゃんだという確信は、今の今まで、彼女の顔を見るまでありませんでした。


 私は確かに、司さんから特徴や、どのような容姿だったのかは聞いていましたが、ノスリちゃんに瓜二つだと言う話は聞いたことがありません。


 ですが、納得してしまったのです。


 司さんのノスリちゃんへの気のかけ方、接し方等、今思えば最初から親しげで、まるで妹に接するようでした。その理由もこれなら仕方がありません。


 ですが、どうしてこのような所に、このような形で現れたのかが不思議です。きっと何らかの事情が有るのでしょうけれど……今は訊ねることが出来そうにありませんね。


 私を助けて下さった二人は、囲み襲ってくる人形を、凄い勢いで蹴散らしていきます。


 その勢いと、付かない状況のせいで呆気に取られてしまっているのでしょうか、サナとコーチさんの動きは少し鈍くなっていました。


「どうしてこんな所に居る、亡霊」


「よォ、久し振りだな、わざわざこうやって手伝ってやってンじゃねぇか。それにその台詞は俺のモンだぜ、ドヴァー」


「今はショウシだ。誰もお前に手伝えとは言っていない、ピエルヴィ」


「はッ、ピエルヴィか……懐かしいな。こうやって厄介払いをしてやってンだぜ? 感謝こそされど、そう睨まれるような覚えはねェんだが?」


「お前の行為は只の虐殺だ。計画に必要であったのであれば、疾うの昔に手は打っている」


「……テメェ、全然変わんねェな、ドヴァー」


「そう言うそちらは変わり過ぎだ。ピエルヴィ」


 青い髪の中年の男性――ドヴァーと呼ばれ、ショウシと訂正した男性と、さっきまで私達と戦っていた橙色の髪をした、亡霊とも、ピエルヴィとも呼ばれた男性は、言葉を交わしています。


 しかし、二人は知り合いのようで、久し振りの再会のようですが、険悪な雰囲気が感じ取れました。


 私の側で、黒い靄から守ってくれている來依菜ちゃんは、只黙ってその様子を見ています。


 そんな來依菜ちゃんに私は「あの、これは一体どういう状況なんですか?」と問うてみると、「少なくとも今はあなた達の味方です」と返されました。“今は”というのはあまり喜ばしい事では無さそうです。


 重ねて、喜ばしくはない……というか、非常に困った事態が控えているのを少しの間、失念してしまっていました。


 咆哮が、耳を襲います。


 積み重なっていた瓦礫は粉々に舞い、その下で蠢いていた黒いその身は幽鬼のように腕を揺蕩わせながら立ち上がり、更に形を歪ませました。


「昔話といきてぇとこだが、この状況じゃ出来そうにねェな」


 そんな様子を見たピエルヴィが、睨み合っていたショウシさんに向かって溜め息をついてそう言った後、「ムカン」と魔導人形に呼び掛けると、私達を襲っていた靄が消え去ります。


 逃げるつもりなのでしょう。ここまでしたあの人達を逃がしたくはありません……ですが、今の私にはそれが出来ません。


 來依菜ちゃんとショウシさんは追い掛ける様な素振りは見せません。サナとコーチさんは司さんの動きに気を張っていて、それどころでは無いようです。


 自分の無力さが、嫌になります。


 並び立っているピエルヴィとムカンを靄が包み込んで、どんどんと姿が見えなくなっていきます。その中で見えたピエルヴィは最後に薄ら笑いを浮かべていました。


 満足に言い返すことも、戦うことも、守ることも、出来ませんでした。


 すまない。司さんから目を離さないサナは、私に駆け寄り、抱き締め、そう呟きます。


 彼女の気持ちを蔑ろにした挙げ句の結果がこれでした。死ぬことはありませんでしたが、只踏み躙って、その癖、偶然に救われただけでした。


 サナに抱き上げられた私は、まだ駄目なのに、目の前の景色を朧に変えてしまいます。


「ダメだよ、女の子を泣かしちゃ」


 辛うじて認識出来る私の視界で、來依菜ちゃんは悲しそうな声で呟きました。


 ゆっくりと、「おっ、おい!」とコーチさんの狼狽える声も気にも止めずに、來依菜ちゃんは苦しんでいるかのように細切れに声を洩らす司さんへと近付いていきます。


「私のせい、だよね。どうして忘れてくれなかったの? そんなに苦しんで、本当に兄さんはお人好しだよ」


 そう言われても、ずっと探していた人が目の前に居ても、司さんは止まりません。魔力を纏った腕を振り上げて、相手も居ないのに、見境無く傷付けようとしています。


「でも、嬉しいと思っちゃった私も、どうしようもなく歪んでいるよね。……〝クルエル・ウォート〟」


 司さんの前後左右上下に、五芒星の魔法陣が青く輝きます。溢れ出す水は、司さんの動きを制限し、押さえ付けていますが、それでも無理矢理に体を動かす司さんを見ると、心が締め付けられるようです。


「もう、良いんだよ」


 そうして來依菜ちゃんがそう呼び掛けると、水が凍っていき、司さんは氷山のようになった魔法によって齎された奇跡に囚われ、動かなくなりました。


 少しして、氷山が弾けるように崩れ落ちると、司さんを包んでいた暗澹とした魔力はほろほろと散って、汚れ傷付いた綺麗な顔を確認出来たところで、安心したのでしょうか、私は辛うじて掴んでいたものを手放してしまいました。

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