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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
163/179

Flag11―玄色―(19)

 何処か思うところがあるのか、コーチさんは吐き捨てるように呟きます。それもそうかもしれません。使い魔という呼び名ではありますが、現在では主人と使い魔の立場は同等、前時代的な上下関係はあまり受け入れられたものではないでしょう。


 ……まあ、実際は違うのですけれど、これについてはコーチさんが先程口にした『追々』の際にでも一緒に説明しましょうか。


「ふぅ……」


「緊張してんのか?」


 身体に籠っていた淀んだ空気を吐き出すと、コーチさんからそんな言葉が掛かります。


「先程も似たような事をしましたが、やっぱり慣れそうにはありません。コーチさんは緊張しないんですか?」


「しないっつーと嘘になるけど、しててもしょうがねぇっつーか……下手を打つわけにはいかねぇ状況だし……んー……何て言ったら良いかわかんねぇけど、とにかく、深く考えすぎねぇようにしてる」


 コーチさんは歯切れも悪くもそう答えると、緊張を和らげようとしてくれているのか、私に笑みを向けてくれました。


「まあ、でも俺達はツカサが危なくなったら援護する位で良いと思うぞ?」


 そう言われ、自然と間抜け面になってしまったのと同時に、コーチさんは槍を持っていない左手で空を指差しました。


 コーチさんの指の先には、疎らに水の粒を溢す淀んだ空が広がっています。……なるほど、そういうことですか。


 何だかんだで、時間を稼ぐということが出来ていたんですね。


 空を覆っていた結界はほぼ完全に消滅したと言っても良いでしょう。これで、避難や先生達の援軍も期待出来る。


「もう人踏ん張りですね――」


 あと少し、もう少し。……の筈なのに。


「ルーナちゃん! 避けろ!」


『チィッ……!』


 コーチさんの言葉が耳に届いても、私の意思が体の端には届きません。


 しかし、高速で飛んできた何かに、私が触れるよりも前、別の何かが私の体を包み込みました。


 ほぼ同時、衝撃が私達を襲います。


 幸い、私に傷はありませんでした。ですが、私を包み込んでいた、抱き締めて庇ったサナは、苦しそうに顔をしかめていました。


『ッ……』


「サナ……!」


『……これ位、大丈夫だ。死には……しない……』


 そう言いながら立ち上がったサナですが、彼女の言う通り死にはしないのかもしれませんが、足取りは覚束ず、食い縛り歪ませた唇からは血が伝っています。


『……仮に、死にそうになったとしても……お前が無事なら守った甲斐があるというものだ……』


 フラフラとした足取りで、大丈夫そうには見えませんが、大丈夫だという訴えの為でしょうか、彼女が顔をこちらへ向けます。けれど、そんな言葉を口にしたサナが見ているのは恐らく、私ではありません。私の後方。校舎だった物が見る影もなく乱雑に積み上げられた瓦礫の山。


『だが、面目無い。……こんな体たらくでは、満足にお前を守れそうにない。運動不足でツライ』


「何を言っているんですか、大丈夫。守られてばかりのつもりはありません。私もいつまでも子供ではありませんからね」


 とは言え、口ではそう言えても、実際、注意散漫で気付けなかったのには変わりありません。それに、もし、気付く事が出来ていたとしても、体が動いたかどうかも怪しいのですから、虚栄以外の何物でもありません。


『妾にすれば何十年の月日など同じようなものだ。イヴもお前も対して変わらん。――それよりも、あの黒いの頑丈だな。まだ生きてる』


 どうやら、サナは司さんに気を取られて、どうしようもなく小刻みに震える私の足には気付いていないようです。


『生きていてもらわないと困ります。何の為にこうしているのかわからなくなってしまいますから』


 司さんの様子を伺うのはサナに任せて、私の視線の先ではボロボロの見た目ながらもまだまだ余力を残しているであろう橙色の髪をした男性達が、其々こちらに手を伸ばした所でした。


 相手よりも先に言葉を紡ぐ。酷く悲しく、哀しく、苦しく、享楽が、狂楽が、激情が、激動が、愛情が、狂愛が、溺れそうになりそうな程、私の中に流れ込んで来ます。


 耽溺してしまわないように、呑み込まれてしまわないように、自身を手放さないように、強く杖を握り締めて、私は叫びました。


「〝狂い踊り子ウォルプタース・スキンティッラ〟!」


 相手の靄が現れるよりも、相手の魔法陣が浮かぶよりも先に、私の青い魔法陣が描かれゆきます。


 ――瞬間。


 青は赤に変色し、綺麗だった魔法陣が歪み、捩れ、収束し、一層強く暗い輝きを見せ、一気に開けたかと思うと、形容し難い程複雑で、巨大な魔法陣が私の目の前に存在していました。


 久し振りに、見た。何年も前に、誰かを傷付けてしまった憎い紅色。ずっと、ずっと使わないように、使ってしまわないようにしていた魔の術。


 貪欲に血を欲っする魔法陣からは、堰を切ったように焔が溢れ出します。花火の如く飛び出したそれらは、相手を完成したばかりの魔法ごと呑み込みました。


 しかしそれでも、消し炭になってくれてません。魔導人形が発した靄で身を守っていたようです。


 地面に散った無数の焔は依然として地面に爆発の跡を刻み続けています。


「遅かったじゃねェか」


「その口、とっとと焼き付けられてもらえませんか? それと、先程は言い返せませんでしたけど、私は貴方とは違います」


「はッ、扱いきれてねェじゃねぇか。そんな調子でよくそんな事を言える」


 靄よりも前に見えない何かが現れたようで、私の魔法が通りません。……このまま、見えない何かに〝狂い踊り子〟を防がれ続ければ、防ぎ続けられると向こうに気付かれれば、確実に靄は私を殺しに来るでしょう。


 ……その前に、カタをつける!


「〝一つ目(プリームム)〟!」


 杖に巻き付いていた鎖の内の一つが開けて、私の腕に巻き付き、血を吸い取る。少しして、満足して力無く垂れ下がった鎖は、私の中で蠢く声を、欲望を更に強くしました。……一本でこれですか。どうやら今の私だとこれ以上は厳しいらしい。


 それでも、今は十分です。


「血でも、魔力でも、好きなだけ持って行きなさい!」


 私の意思に呼応して、杖を通して魔法陣へと運ばれてゆく魔力が増え、焔が血を求めて更に荒振ります。


 それによって、橙色の髪をした男性達は圧され、ジリジリと一本続きの足跡を残しながら後退しました。


 あと一押し、防一遍にする事が出来ると思った瞬間でした、目の前の景色が霞んで来たのは。


 ずっと魔力を使って来たから? それとも、慣れない魔術で無駄が多かった? 兎に角、私は単純な計算ミスを起こしていたらしい。


 格好悪いですね、なんてふざけた考えが出るくらいに思考力が少し鈍り、その瞬間を待ち侘びていたかのように、汚く蠢く欲望が私を喰いに来ます。


「……ぁ……は……」


 赤い魔法陣が消えてしまい、杖を落として膝を付く私の元に、気付いていたように口元を歪ませた橙色の髪をした男性がゆっくりと歩いてきました。


「もっと見せてくれよ」


「……残念ながら……それは出来そうにありません」


 けれども、楽しげに「あァ、そうだな」と言う相手に、殺しに来る相手に、私は息も絶え絶えながらも、笑ってやります。

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