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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
162/179

Flag11―玄色―(18)

「今は、ですか」


『見捨てる時はきっと、殺す時だ』


 子供のような、意地悪な笑みを浮かべるサナを見ていると、少し安心しました。


「ありがとうございます。私の我が儘に付き合ってくれるんですね」


『お前の我が儘等、可愛いものだよ』


 仮契約ではありますけれど、その言葉を聞いて、私は一度深呼吸します。大丈夫。落ち着いていれば、何も問題ない。


 握り締めていた簪で髪を纏め直して、私は詞を紡ぎます。


「我求めしは契約の象……〝サピーナ〟……」


 私の意思に呼応して、虚空に浮かんだ魔法陣から、幾重にも鎖に巻かれた、私の身の丈と同じ位の大きさの赤い杖が一本現れました。


 それを右手で掴んだ私を、サナは何処か悲しげな声で呼びます。


『……手を出せ』


 言われるがまま、私は空いていた左手を、肌を刺すような雰囲気を纏っているサナへと差し出しました。


 コロコロと……いえ、のらりくらりと躱すかのように変わっていく彼女の印象に少し戸惑いを覚えてしまいますが、恐らく、今の彼女が一番彼女の本質に近いのでしょう。


 そんな呑気な、そう私自身に思い込ませようとしているような思惟を頭の何処かで行っている私の眼前では、サナが血色悪い両手で、私の手を包み込んでいます。その見掛けとは裏腹の柔らかな温もりは、隙間に入り込んだ氷のような私の焦りを溶かしてくれました。


『汝を主人と認めよう』


 そしてサナがそう声を発すると同時、サナの魔力が流れて来たのでしょうか、一瞬、軽い痛みのようなものが腕から全身へと駆け巡ります。


『……契約は完了だ。ルーナ、妾と契りを交わしたこと、後悔するなよ』


「貴女だからこそ、後悔なんてしませんよ。ここで怖じ気づいて契約しなかったら、その時の方が後悔するでしょうし」


 それに、きっと、こうする以外の選択はないのでしょう。選択しないのも、これではないもう一方を選択をするのも結末は同じなのですから。


『そうか……ならば妾からはもう何も言うまい』


 口を結んだサナを横目に、私は鎖に巻かれた杖を握り直して足を進めます。


『――だが、それとこれとは話が別だ』


「何ですかサナ? 私達がこうしていられるのもコーチさんのお陰です。これ以上負担を増やす訳にはいきません」


 私の注視する先、変わり果てた姿の司さんが撒き散らせているおどろおどろしい魔力から私達を守るように魔法を展開しているコーチさんの表情は、お世辞にも良いとは言えません。


 無理もありません。いつこちらに飛んでくるのかわからない魔力の塊をずっと防ぎ続けているのですから。


『知るか。そもそもあのような状態になっているのは妾達のせいではないだろう。あやつが勝手に無駄な動きをして消耗しているだけだ』


「……確かにサナの言っている事に間違いはありません。ですが、それがコーチさんです。何があっても、どんなに些細な魔力の欠片であっても通さないようにするのがコーチさんです」


 どうせ、「ツカサが誰かを傷付けて罪悪感に苛ませる訳にはいかねぇ」といった事を考えているのでしょう。本当に、人が良い。


「サナ、要件はなんですか? 手短にお願いします」


 サナは「目が怖いぞ」とわざとらしく軽口をたたいて、ほんの一瞬間を置くと再び口を開きました。


『その杖、それ以上は使うな。死ぬぞ』


 彼女が指を指して示したのは鎖に雁字搦めにされている私の契約武器。


「どうして死ぬと言い切れるんですか?」


『そんなもの、お前の性格を考えれば簡単にわかる事だ。どうせ今まで殆ど使ったことないのだろう? そんな代物を主が使うところを、妾が黙って見過ごすとでも思うか?』


「思いませんね。では、逆に問いますが、私が目の前で親しい人達が傷付くのを黙って見過ごすとでもお思いですか?」


『思わないな』


 サナがそう口にして、睨み合いに近い何かが、私達の間に流れる空気を刺々しいものに変えたところで、先にその空気に言葉を放り投げたのもサナでした。


『……反抗期か』


「飽くまで貴女の行動の指針は私なんですね」


『無論だ。お前は絶対に死なせない。お前の為なら火の中でも水の中でも風呂の中でも、そこにお前がいるならば、妾は何時までもお前の傍に居よう』


「お風呂までは着いてこなくても結構です」


 むしろ来ないでいただきたい。


 ですが、そこまで言わせておいて、その気持ちを無下にするのも気が引けますね。もっとも、仮契約なのにそこまで言ってしまって良いのか引っ掛かりますが。


「その代わりと言っては何ですが、一応はサナの言う通りにします。只それでも、本当に危ない時は、私は躊躇しません。力ずくでも止めに来てください」


 やっぱり反抗期か……等と相変わらず能天気な言葉を溢しているサナを尻目に、私はコーチさんの元へと駆けて行きます。


「すみません。ありがとうございます」


 コーチさんは私の言葉に対して、いつも通りの笑顔を見せる事で相槌を打ちました。


 とは言え、その笑顔にはやはり疲労の色が薄っすらと浮かんでおり、コーチさんとしては隠しているつもりなのでしょうが隠しきれていません。


「……あの魔力は何かヤベェ。今はツカサの標的がヤツらに向いてるから流れ弾を躱すのは簡単だが、いつその標的が俺達に変わるかわかんねぇ。やっぱり一旦退くのが正解なんだろうが、ルーナちゃんは退く気なんてねぇだろ?」


「ええ、そうですけど、退く気がないのはコーチさんも同じですよね?」


「まあな。けど、俺はルーナちゃんが退くっつーなら退くぜ? 俺にも意地はあるが、ルーナちゃん程固くはなってねぇよ」


 コーチさんの意見も正しいのでしょう。いえ、きっとそうするべきなのかもしれません。


「決して凝り固まってしまっているわけではありませんよ。ですが、私達が居ない間に戦局が変わらないとも限りません」


「今のツカサは殺しても死ななさそうだし、そもそもそう簡単にはやられなさそうだけどなぁ」


「ええ、それについては私も概ね同意です。とは言え、相手が相手ですから……」


 コーチさんは重たいであろう空気を吐き出して、その手にある白銀の槍で、混濁とした黒い魔力の欠片を弾くと、目を細めて目の前の景色を注視します。


 そしてその目付きとは正反対の、気の抜けた声で問い掛けてきました。


「ルーナちゃん死ぬ気は……ねぇよな? その後ろのおっかなそうなべっぴんさんは使い魔だろ? 色々訊きてぇけど、今は時間もねぇし追々教えてくれよ?」


 その問いに、答えようと口を開くも、その時点で声を発したのは私ではなくサナでした。


『おっかなそうとは失礼なやつだな。これ程までのべっぴんさんは然う然うは居ないぞ?』


「いくらべっぴんさんでも、殺気みてぇなモン浴びせてくるべっぴんさんは願い下げだっつーの」


『主人の決意を無下にするような言動を取るからだ』


「お前はその主人を危険な所へ送り出すのに賛成なのかよ」


『無論反対だ。だが、ルーナは妾が死なせない。例えお前が死んでもな』


「……見事な忠誠心だな」

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