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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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Flag11―玄色―(16)

 当時行っていた学校には、ノスリちゃんを始めとする幼馴染みと呼べる友人はおらず、誰にも、数年前に亡くなった母の事もあって、父にもその事を相談出来ずに、ただ耐える日々が続いていました。


 その日々の中で、死んでしまおう、とか、どうして私が彼らの我が儘で虐げられなければいけないんだ、いっそ化け物らしく振る舞って、全員殺してしまおうか、なんて思った事もあります。


 ……ですが、私はそれらを実行することが出来ませんでした。


 今こそ、実行しなくて良かったと思える位にはなりましたが、私は“しなかった”のではありません、“出来なかった”のです。


 私は臆病者でした。最初の頃にも何も言い返せずに、ずっと受け身になり続けて、嫌がらせが悪化した後も、私は心の中で自問自答するように、ただ自分に言い訳を繰り返していただけでした。


 最終的な結果としては、一般論としてなら賢明な判断だったと考える事も出来るかもしれません。ですが、私は自分の力を振るうのも、少しでも関係を改善しようと、一歩踏み出そうとするのでさえも、出来なかっただけなのです。


 仲が良かった子も離れて行く現実を引き留めようともせず、母の死から漸く立ち直った時期だったのもあったのかもしれません。私は、その時必要だったかもしれない勇気も、私自身も、わからなくなっていました。


 約一年ぶりに言われた『化け物』という言葉は、この一年間私が見てきた鮮やかな光景から、色を奪っていきます。


 思い出が無かった事のように褪せてしまうと、橙色の髪をした男性が放った言葉は次に、私の目に映る光景からも色を奪ってしまいました。


 膝から崩れ落ちたのでしょうか、風化してしまった紙に描いたような光景は揺れ、一瞬チカチカと点滅すると、地面と、誰かの、男性のものの足元を映します。


 ……私は一体、何なのでしょうか?


「どうした? 化け物って言われるのがそんなに嫌だったか?」


 一つの疑問が私の頭に浮かんだ時、いつか、そう遠くはない日に聞いた事があるような気がする声が、私に対してでしょうか? 問うていました。


 ……化け物。ああ、そうか。


 聞こえた言葉の指す意味を、少し時間をかけて咀嚼してみると、先程浮かんだ疑問が、解決しました。


 私は、化け物でした。


 誰かを助けるために生まれた白魔術ではなく、誰かを傷付けるために生まれた黒魔術を扱う事を宿命付けられて、この身に宿っているであろう狂気を御せない私は、言い訳のしようなんて無いくらいに化け物です。


 だから私は、目の前の動く風景画をただ無心に見詰めていたのでした。


 目の前の男性ものの靴が、未だに何やら言っています。しかし、何を言っているのかよくわかりません。少々……耳障りですが、どうせ取るに足りない事なのでしょう。


 いつものように雑音を受け流し、いつものように雑音が止むのを待っていると、急に色褪せた景色が歪みました。


 淡い褐色の粒子が、目の前に映る靴を呑み込むように巻き上がります。不快なそれが近付くのを、私は腕を顔の前に翳して防ぎますが、思っていたよりも量の多かったそれは、顔にこそかからなかったものの、反対に顔以外の全てにかかってしまいました。


 心の奥に感じた不快感に顔が少し歪んでしまっている事に気付きながら、巻き上がった淡い砂の粒子が収まったのを確認した私は、顔の前に翳していた腕を退けます。


 そこにい居た……いや、割り込んで来ていたというのでしょうか? とにかく、私の目の前には、二本足で立つ、真っ黒な竜人のようなものがいました。


『――ォォォオオオオ!』


 身体中に深く響く重たい哮りを上げて、黒い竜人は左だけの隻腕を、猛り狂ったかのように乱暴に、真横に薙ぎます。


 腕は、座り込んでいた私の頭上を通り過ぎ、更にそこから真っ黒な魔力が弧を描く形で大きく広がって行きました。


 すると、ふわりと、上から何かが被さったような感覚がしたので、私はそれを指で摘まんでみます。


 ……どうやら、髪留め外れてしまっていたようです。


 私は振り向いて……髪留めを……いえ、簪を、手に取り、仄かに付いてしまった土を払いました。


 カエデ、と呼ばれる葉が描かれたこの簪を見ていると、母の事を思い出します。


 養護教諭をしていた母は、よく、教師にもなってみたかった、と言っていました。もう少し生徒の傍に近くに居たい、とも言っていた事を覚えています。


 子供心に、なら、なればよかったではないか、と思ってはいましたが、今考えると、母はきっと悩んだ末に養護教諭という道を選んだのでしょう。


 何故なら、私と同じ《血瞳の一族》であるから。その血のせいで誰かを傷付ける事を恐れて、教師という夢を諦めたのだと思います。


 今となっては母の気持ちがわからないわけではありません。しかし、それでも名残惜しそうな表情をしていた母を見ていた私は、恐らく、あの時の母のように、教師になりたいと思っていますが、そんな母を見ていたからこそ、それこそ母のように、私は――後悔していたとまでは言いませんけれども――憧れを諦めるような事はしたくありません。


 ……それに私はこれに、祖母から母が譲り受け、更に母から私へと渡ったこの簪に、母の願いが籠っているように思えてならないのです。


 ――景色に色が戻りました。


 その願いを叶える為にも、私はここで死ぬわけにはいきません。


 だから、私は、この血の力を、嫌悪していた、誰かを傷付けてしまう危険を秘めた力を使います。


 ひょっとしたら、また、今のように自分の世界に閉じ籠ってしまって、誰かを傷付けてしまう可能性があるかもしれませんが、その時は、きっと“彼女”が止めてくれるでしょう。


 足に風の属性強化を纏って、私は司さんから距離を取ります。何故でしょうか、司さんは私を追ってくるような事はせず、橙色の髪をした男性の方へと駆けて行きました。


 しかしその後ろから、黒い髪をした魔導人形は、手元に黒い靄を纏わせながら司さんの後を追います。


 ですが、そう上手くはいきません。


 更にその後ろから、光の鎧を纏ったコーチさんが追い付き、その得物を突き出したからです。


 その高速の突きに、魔導人形は纏っていた靄の矛先を変更せざるを得ません。


 その間に、私はその覚悟を体現する為の詞を紡ぎます。――一瞬学院の規則が頭を過りますが、この際ですし、構いませんよね。



「――この手を取れ、その手を取ろう」


 簪を、握り締めて。


「――この手に添えよ、その手に添えよう」


 祈るように胸に掲げ。


「――私は誓う、離さないと」


 瞼を瞳に重ねて。


「――決してこの目を、逸らさないと」


 掠めた魔力の塊には動じずに。


「――この声を聞かせよう」


 校舎が崩壊する喧騒を遠くに感じながら。


「――故に、その声を、聞かせよ」


 私はただただ詞を口にしました。




「我求めしは常しえの友垣――〝サピーナ〟」




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