Flag11―玄色―(15)
むしろ、ふざけているとしか言いようがありません。この人は一体、何を考えているのでしょうか。こんな事をしておいて、気紛れで今、私を生かして。全く考えが見えてきません。
「気紛れ……ですか? 全て。貴方の気紛れで、皆死んだんですか?」
私がそう問いかけると、橙色の髪をした男性は少しの間、私から目をそらして、そうだ、と答えました。
「なら、私を……どう使うつもりなんですか? 貴方の気紛れで誰かを殺すためですか? 私が、貴方のその気紛れに、それを紛らわせるための感覚に添った存在だったから、ですか?」
「じゃあ、逆に訊くが、どうしてテメェは恐れていない? 死ぬような状況に立っていて、どうしてそんな振舞いが出来る」
「そんな事が今関係あるんですか?」
「あるから言ってンだろうが。テメェなら、その目が本物なら……いや、ちげぇな、本物を持ってるテメェなら、理解出来ている筈だ。テメェと俺は同種だってよ」
「貴方と私が……同種……?」
「ああ、もし今は違っても、テメェはいつか俺と同じだったと理解する。だからだろ? そんな風に、傷つけられる事を悟っているのは」
橙色の髪をした男性はそう言い、わざとらしく口元を歪ませます。
「悟ってなんて……」
「言い方が違ったか? テメェは嫌われる事を酷く恐れている。自分の事が、隠そうとしている事が誰かに知られるってのを。だが、テメェのその態度は、恐れている奴のそれじゃねェ。テメェはどっかで諦めているンだろ? 隠していた事が公に晒されて、殺されるような事があったとしても、それは仕方のない事だと」
笑った。今度は自然に。けど、わざとらしく笑った時と同様に、嘲笑っているような、不快な笑い方だった事には変わりありませんでした。
私の顔の動きには反応を示さず――いえ、気にせず、橙色の髪をした男性は続けて私に問い掛けてきます。
「七英雄……だったか? この国や周辺で崇め奉られてるのは。笑っちまうよなァ? 英雄様、英雄様って呼ばれている癖に、誰も詳しい事は知らされていないってよォ。その正体が不都合だと判断されて、国に自分である証を揉み消されているんだぜ。憐れだよなァ」
「……それは、そうするべきだと当時の方々が判断したのでしょう?」
「だが、そのせいで一生を狂わされている奴がいる――そうだろ? 呪われた魔術の一族の最後の生き残り、ステラ=フォールの末裔」
「どうして……その事を……」
ステラ=フォールが呪われた魔術の一族であるという事。それはこの国が国民に対しても、他国に対しても、一部を除いた人々以外の全員に隠している真実であり、その英雄の末裔である私が、隠して生きていかなければならない理由でもあります。
「それ位テメェの目を見りゃわかる。そんな目をした奴は、《血瞳の一族》以外に居ねェ」
《血瞳の一族》と、言いました。橙色の髪をした男性が口にしたその名称は、この世界で、世界中から忌み嫌われた一族の呼称。伝説上の存在であった《牢獄の住人》とは違い、存在を認識されており、長い時間の中で迫害を受け続けた末に、純血混血関係無く、たった一人を残して滅ぼされてしまった一族です。
そして、私の母方の祖母は、その一族の『たった一人』でした。
古代の戦争において、最後まで《牢獄の住人》側に与したとされた、二つの魔術の一族の片方である《血瞳の一族》と呼ばれている一族は、闇のように黒い髪が特徴の《闇髪の一族》と呼ばれているもう片方の魔術の一族に対して、血を映したような暗赤色の瞳をしているのが特徴の魔術の一族です。
まあ、正直な所、私達は……いえ、私は、でしょうね。私自身『呪われた』とか、『血を映したような色をした瞳』なんて事を認めているわけではありません。
……しかし、世間一般の認識では、やはり私達は悪で、敵で、忌むべき存在で……呪われた一族、だったのでしょう。
現代まで伝えられている事が、全て嘘だとは言いません。ですが、誇張されているのも事実です。……とは言え、そんな事を主張したって、耳を傾けてくれる人なんて、殆ど居ないのでしょうけれど。
「いい加減、認めろよ。俺は過去にテメェと同じ目をした奴を見た事がある。知らねぇ振りすンじゃねェ」
「……だからって……貴方と私が同種だって理由にはなりません」
いまいち考えの読めない言葉を口にする橙色の髪をした男性にそう返すと、橙色の髪をした男性は緊張感の欠片もなく、一度溜め息を吐きます。
「なら、テメェは何で、俺は何だ? テメェって存在が、他人の害悪になる可能性は、その他人よりも低いって言うのか?」
「……確かに、貴方の言うように、他人より、私が他人の害悪になる可能性はきっと高いでしょう。ですが、貴方みたいな殺人鬼なんかと同じではありません」
「いや、同じだ――化け物」
私が言い切ると直ぐに、冷徹な表情で放たれたその言葉に、私は何も返せませんでした。
過去の記憶が、思い出さないようにしていた記憶が、そのたった一言の言葉で蝕むように、されど一瞬で、頭の中に広がってきます。
化け物。
そう、最初に私に言った彼は、きっと大した悪意も持たず、その言葉を、その言葉が指す意味を選んだのは偶然だったのでしょう。
現在、《血瞳の一族》は、その特徴として挙げられている事は、多くの人々に知られど、存在していない事になっています。
しかし、だからと言って、差別意識のようなものがなくなっているわけではありません。
故に、子供の中での悪口……というのはあまり好きな言い方ではありませんが、それに準ずる言葉の一つとして、《血瞳の一族》が挙げられます。
これは勿論、その言葉を扱う、当の本人としては、存在しない事になっている――本物を見た事がないため、本物の《血瞳の一族》を指しているわけではありません。
そのため、あの時、私に化け物だと、《血瞳の一族》だと言ったのは、現在伝わっている、血を映したような色をした瞳という特徴に、私の目の色が、彼の中の感覚に近かったからなのでしょう。
軽はずみに、彼は口にしました。幼かった故、特に深い意味は無かったのだと思いますが、幼かった故に、私に対するその言葉は、瞬く間に彼の友人を通して、私も属していた当時の集団に属していた方々全員にまで広がりました。
そして、きっかけが冗談から来るような小さな事であったとしても、その時確かに、私に対する嫌がらせは始まったのです。
始めの頃は、最初に言われた言葉も言葉だったので嫌ではありましたが、まだよくある子供の冗談の範疇に収まるものでした。
しかし、少し時間が経過した時、私が鈍感だったのでしょうか? 笑ってしまいますね。気付けば、私の居場所は既に無く、そこにあったのはただの差別でした。
そこで使われていた言葉は――化け物。
残念ながら、彼だけでなく、彼ら全員の感覚に、私の目の色が、血を映したような瞳という特徴に合致していたのでしょう。そりゃそうです、本物なのですから。
毎日のようにぶつけられる言葉は、日に日に私の精神を荒く削っていきました。