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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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Flag11―玄色―(13)

 まあ、私が複雑な気分になっている原因は専ら、どれだけ遠慮していたんですか、と、込み上げてくる、やり場のない文句なんですけどね。


 そんな風に完璧に置き去りにされてしまった私と司さんの距離が半分に縮まった頃、既にコーチさんは隻腕を振るおうとしている司さんの真横で、いつの間に持ち換えていたのでしょうか、左手に槍を携えた状態で迫っていました。


 そして勿論、何の考えも無しに槍を持ち換えていた訳ではありません。コーチさんは空になった右手を握り締めて拳を作り、半身を捻ったような構えを取っています。


 とはいえ、何かの考えがあるのでしょうけれど、無策、無謀にも見えるコーチさんのその行動は、見ていて不安でなりません。


 そんな事を考えているから、私もコーチさんに対して顔向け出来ないのでしょうけれど。……ひょっとすると、自己を顧みていないというのは私の方だったのかもしれません。


「らぁっ!」


 コーチさんは右腕を振り抜き、司さんの頭部へと拳を叩き込みます。黒い鎧に、皹を始めとする何らかの変化は無いものの、橙色の髪をした男性達に向けて魔力を放とうとしていた司さんの体は大きく傾きました。


 それにより、制御を失った魔力の塊は当初の目標とは大きく離れた方向へと飛んで行きます。


 しかし、その方向は真上で、壊れかけている天井部の結界を少し削っただけでした。


『ォォォオオオオオ!』


「くそっ……」


 司さんから向けられた咆哮に、コーチさんは苦い顔を浮かべます。


 出遅れてしまった分、私はそれを黙って見ているわけにはいかない所……なのですが、残念ながらこの場に居るのは司さんとコーチさんと私だけではありません。


「〝ビロウ・フレイ〟!」


 手を伸ばし、何やら不穏な動きを見せていた黒髪の魔導人形に向けて、私は火属性の中級魔法を放ちました。


 その判断は間違ってはいなかったらしく、私の放った炎に気付いた魔導人形は、己と橙色の髪をした男性の前に黒い靄を発生させ、炎を防ぎます。


 しかし手を休める訳にはいきません。防がれる様子を目にした私は、直ぐ様、続けて同様の魔法を、挟み込む様に発動しました。


「チッ……」


 それを此方へ向かってくる形で避けた橙色の髪をした男性は、走りながら私に向けて風の槍を一本――いえ、背後から私の足と腹部を狙ったものの計三本を放ちます。


 私が二本目と三本目の槍に気付いたのは正面にから向かってくるであろう風の槍を避けようと、少し身体を捻った時。もし気付かなければ気付くのは刺された頃だったでしょう。


 しかし幸か不幸か、悔しくも、巧妙な計算の元に展開された三本の槍を私は避ける事が叶いません。


 魔法で防げない事は無いのですが、今から魔法発動しても、恐らく私では間に合わないでしょう。


 ですが、ここに残ったのは私の意思ですし、それなりの覚悟も持っています。……少々雑で無理矢理なってしまうのは致し方ないのかもしれませんね。


「はぁっ!」


 声を出して気合いを入れながら、私の取った方法は、炎の鎧を纏う事でした。


 しかし普通に纏うだけではありません。私は、通常〝火鎧〟として運用する場合では有り得ない、現実的では無いであろう量の炎を生み出しました。


 その炎は周囲の空気を焦がし、ぱらぱらと肌を刺激する雨水の姿を奪います。魔力の消費も少なくはなく、少々強引な方法ではありましたが、お陰で三本の風の槍を燃やし尽くす事が出来ました。


 ですが、問題が解決した訳ではありません。むしろ大きな問題が近付いてきたと言っても差し支えないでしょう。


 橙色の髪をした男性と私の間には未だに距離があります。それを埋める為でしょうか、橙色の髪をした男性は再び魔法を発動しました。


「〝クルエル・ウィンダ〟」


 その声に合わせて、風の最上級魔法の魔法陣が展開したのは私の後方。なるほど、逃がすつもりは無い、と。


 ……陽動に使うにしては少々勿体無い魔法のような気もしますが、ユーリさんに聞いた話では常識の通じない相手との事ですし、今は気にすべきではないですね。


 恐らく横に避けたとしても追い付かれてしまうでしょう。……接近を許すと、そこで私は終わり。


 なら、行うことは一つだけ、ですか。


 膝を曲げ、体重の掛かる方向を切り換えながら、膨大な風の通り道から逃れるように私は膝にかかった負荷を右方へと解放します。


「〝スペリア・フレイ〟」


 そしてそう呟き、橙色の髪をした男性に向けて炎を放出しました。


 ここで橙色の髪をした男性がどう動くかが問題です。左には橙色の髪をした男性自身が発動した魔法がありますし、正面には私の魔法、避けるならば右側なので、右側に動けば更に距離を取ることが出来ます。


 一番良いのは正体不明の力を使ってくださる事なのですが……流石にそうは動いてくれませんよね。


 出来るだけコーチさんから引き離すためには正面衝突を避けられないこの状況で、一番の問題は近付かれた時点で私の負けが――死が、決まってしまうという事。


 学校で行うような模擬戦のチーム戦であれば、脱落を前提にした作戦も考えられますが、そうはいきません。……ダメですね。こんな時に怖じ気付いては。


 チッ、と。今日既に何度か聞いた舌打ちの音が、また聞こえてきました。


 その事により、いつの間にか中に浮いていた意識が我に帰ります。偶々で、運が良かったとは言えど、自分の不注意を相手に気付かされるとは皮肉なものですね。


 しっかりと雑念を排除し、私は目の前で起こる光景を目に映します。ですが、そこで橙色の髪をした男性の取った行動は、私の予想とは外れていました。


 魔法陣からは溢れ出ている赤い炎は、真っ直ぐと前方へと手を伸ばし、立ち塞がるもの全てを掴もうとしています。そこへ、掴まれる事もお構い無しに橙色の髪をした男性は駆けて行きました。


 右側へと避けると予想していた私は、望んでいた結果と言えど、少し動揺してしまいます。


 とは言え、黙って何もしないわけにはいきません。


 ユーリさんの話では、連続で正体不明の力を使う事は出来ない。その上、既に魔法を発動しているので、ここから追加で魔法を使うことも出来ない筈です。


 ……まあ、既に魔法を使っているのは私も同じなのですが――橙色の髪をした男性は何らかの理由で魔力付加や属性強化を使えないようなので、私の方が分があると見て良いでしょう。


「〝火鎧〟」


 赤く燃えたぎる鎧を纏って、私はの前に広がる魔法陣に――そその先に居るであろう橙色の髪をした男性を見据えて拳を握って構えます。


 橙色の髪をした男性は、力を使っている筈ですので、炎に飛び込んだといえ、無傷でしょう。


 既に酷い傷を負っていましたが、常人では考えられない程に頑丈なのでて手加減するわけにはいきません。


 嫌な間が、異様に長い一瞬が、私を襲います。


 その刹那的な感覚を共有する私の瞳では、未だに目の前で激しく揺らめく炎の変化は確認する事が出来ません。

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