Flag11―玄色―(11)
無茶言うぜ、と嘲笑もして、どぉすっかなー、とも溢しつつも、自身の武器である槍を一振りして、困った顔をしているのに、コーチさんは足を進め始めました。
「ち、ちょっと! コーチ君、待ちなよ!」
少し声を荒らげて、槍を掴んでいるコーチさんの右腕の、その手首をレディちゃんは掴みます。
「ごめん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
司さん達の様子を伺っている時からかけていた私の回復魔法により、立てるまでに傷が塞がったユーリさんは、そう言い、レディちゃんの後を追うようにコーチさんの元へと行きました。
「けどレディちゃん、俺達以外に頼れる人が居ないんだぞ? 結界は上の方は壊れかけてるけど、形を保ってるし、外に助けを呼ぶってのも無理がある」
「だからって無闇に飛び込むのはやめておくべきだと思うよ。アレを食らって無事でいられるとは思わない」
コーチさんの言葉に返したユーリさんの『アレ』が指すのは、今まさに左腕を振った司さんの、その隻腕の切っ先から溢れ出る魔力の塊。魔法でも何でもないそれは、演習場に植えられている木々や緑を無情にも一瞬で荒野へと変えていきます。
「……一つ、思い付いた」
しかし、ユーリさんの言葉に暫しの間、口を閉ざして、災害のような光景をじっと見ていたコーチさんは、そう呟きました。
「……何だい?」
少し喧嘩腰にも聞こえる二人のやり取りからは、また少し違った緊張感を感じます。ですが、それでも最近はハラハラさせられるような事はありません。それは少しずつではありますが、二人の軋轢が薄まりつつあるからなのでしょう。
何故それを今私が実感したのかというと、たった今提案されたコーチさんの考えが、自分勝手なものであったという事と、ユーリさんがそれに対して反論したからです。
その考えとは、端的に述べるならば、コーチさん以外がここから離れる、という内容でした。
全く馬鹿げています。コーチさんとしては、端的に纏めるにあたって私が排除した――司さんが放つ魔力の塊を避け、結界にぶつけて壊し、外に……先生達の居場所がわからないので王宮に助けを求めに行く――なんて事を重要視しているのでしょうけれど、私達からすれば、コーチさんが一人で残る、という方がよっぽど重要です。
コーチさんは、「ほら、俺は光属性が長けてるし……」なんて言っていますが、論外です。
「コーチさんはバカですね」
言ってやりました。
困った顔をするコーチさんは、レディちゃんやユーリさんにも文句を更に重ねられ、どんどんと頼りなさが増していきます。
……とは言え、私としても全員が残る、というのは賛成できません。
理由としては、その間にヴァルさんとエルちゃんを放置する訳にはいきませんし、結界の破壊が成功した時、直ぐに動ける人が必要だからです。
単純に結界の破壊だけならば、もしかすると発動したと思われる橙色の髪をした男性を司さんが倒せば出来ますが、現状を見るに、それがいつになるのかわからないため、その可能性に賭けるべきではありません。
「二手に別れましょう。レディちゃんとユーリさんはヴァルさんとエルちゃんを連れて、倒壊する可能性がある校舎は通らずに校門を目指してください」
「ちょ、ルーナ!? 何勝手に決めてんのさ!」
「……ユーリさんは既に手負いです。コーチさんは聞く耳を持ってくれそうにはありませんし……それに、私にも、意地というものがあります」
そう言うと、ユーリさんは目を伏せ歯を食い縛り、レディちゃんは意味がわからないよ、と呟きました。……優しい人達です。
「私は、皆さんにずっと黙っていた事があります。それは一つだけではありませんが、時間もないので今は一つ、言わせてください」
唐突な私の我が儘でしたが、皆さん言葉は無かったものの、真面目な顔で、私を見てくれました。
「私は最初から、司さんがこの学院にやって来る前から、司さんが異世界から来た事を知っていて、ずっと黙っていました」
何だそんな事か、そんな顔を皆さん浮かべてくれていますが、私の話はまだ終わっていません。
「司さんがこの世界にやって来た時、司さんが初めて出会ったこの世界の人間が、私です」
何故でしょう、何だか少し恥ずかしいですが、今更この気恥ずかしさに身悶えする訳にはいきません。顔が少々熱くなった気がするのは、気のせいです。
「そして、この学院に来るように誘ったのも、私です。こんな事になるとは思わなかった、なんて言うつもりはありませんが、こんな事に巻き込んでしまったのは私の責任です。この中で、いえ、この世界で、司さんと一番付き合いが長かったにも関わらず、何も気付けずに、司さんをこんな姿にしてしまったのも私の責任です。ですから、ここには私が残ります。……これが、私の意地です」
言い切ると、真面目な表情のくせをして、紅く顔を染めた酷く格好悪い状態であると気付きます。
我ながら決まらないなと、誰かさんに影響されてしまったのかな、なんて思っていると、ふわり、と同性でありながらも、思わずときめいてしまいそうな、優しい笑みを浮かべたレディちゃんが、私を抱き締めていました。
「怪我したらダメ、約束だよ」
レディちゃんはとても真剣な声で、耳元で囁きます。
「流石にそれは――」
「その時は責任、取って貰わないとね」
……やられました。私の言葉の途中で離れたレディちゃんの表情はいつも通りで、口調も悪戯っ子のように飄々としています。
じゃあ、待ってるから。そんなさっぱりとした言葉を、再び真面目な声音で残したレディちゃんは、「すまない」と終始謝りっぱなしだった気がするユーリさんを引っ張って行き、ヴァルさんを担がせると、レディちゃん自身はエルちゃんを抱えて校門へと向かいました。
「……ルーナちゃん、良いのか?」
そして、そんな二人の背中が見えなくなると、コーチさんがそう問い掛けてきました。
「……コーチさん?」
「は、はい……何でこざいましょうか、ルーナちゃ……ルーナさん……」
「『良いのか?』とは、何に対する『良いのか?』なのでしょうか? 危険だから? 後悔しないか? それとも、コーチさんの事ですから、俺の我が儘に付き合ってくれても良いのか? という意味でしょうか?」
何故口調を変えたのか不思議でなりませんが、コーチさんらしいと言えばらしいとも言えます。ですが少々お人好しが過ぎますね。まあ、それについては誰かさんも同じなのですが、今はそれは置いておきましょう。
「怒ってる……?」
「どう見えますか?」
「怒ってるよね!? そんな質問してる時点で怒ってるよね!?」
「まあ、相変わらずのバカさ加減には呆れていますね」
「……何か怒られるよりも精神的に来るものがあるんですけど……。ルーナちゃん最近はっきりもの言うようになったよね?」
「そうですか? 良い事ですね」
「いや……うん、そうだけど……俺からしたら手放しには喜べねぇ……」
司さんと橙色の髪をした男性との戦闘に、どのタイミングで割り込むか様子を伺っているにも関わらず呑気な言葉を並べている私に対して、コーチさんは苦笑いを浮かべます。
「ですが、感謝もしています」