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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
152/179

Flag11―玄色―(8)

 腹立たしい。無力な自分が。こんな状況下でも、昔だったらもしかしたら……と、無い物ねだりをしている自分が。


「あー……昔は神童とか呼ばれていたんだってなァ? テメェの母親もとんだ的外れな希望を抱いていて、可哀想だな」


 何もかもを否定され、嘲笑されて、何も出来ないのが悔しかった。


 僕の視界には偶然か、嫌でも、小さく写るエルシーと、息の浅いヴァルとツカサ君が入っている。


 皆……ごめん。


 声になってくれない言葉を呟くと、目の奥が熱くなり、視界がぼやけた。


 何を考えているのか、橙色の髪の男は僕に手を伸ばしてくる。けれど、ゆっくりと迫り来るその手が僕に触れる直前、視界が――波打った。


 すると、唐突に、目を覆っていたものが拭い去られ、激しく揺れる髪の隙間から橙色の髪の男が吹き飛んでいく光景が微かに見えた。


 一瞬呆気に取られてしまったが、僕は助かったらしい。


「君は……」


 けれども。


「ツカサ君……なのか……?」


 言い知れぬ不安が、僕の中に鎮座していた。


 さっきまで倒れていたツカサ君はいつの間にか立ち上がり、何の言葉も口にしない。けれど、やっぱり僕の瞳に映る彼はツカサ君で、僕を救ってくれたのも彼だった……筈なのに。


 何かが、違った。


 魔力が。大量の魔力が、彼から溢れ出ていた。それは気持ち悪くなる程、濃い魔力で、混濁とした黒い色で、僕の中の不安を余計に酷く掻き立てる。


 溢れている魔力の量は尋常ではない。天に届きそうな勢いで立ち上ぼるそれは、まるで蝕むかのように結界の頂点部分を崩した。


「ツカサ君、返事をしてくれ!」


 何だか、彼が彼でないような気がしてしまった僕は、そう呼び掛けてみるけれど……答えてはくれない。


 只、無言で、割れた結界の欠片が煌めきながら降ってくる中で、彼はその禍々しい魔力をその身に纏った。


「テメェ……どうして動けンだよ」


 遠くで、立ち上がりながら、橙色の髪の男は言う。


 けれど、その瞬間、男の目の前には、ゆらゆらと魔力を揺蕩わせながら左半身を引いているツカサ君が居た。


 そして、鈍い音と共に砕かれた筈の隻腕で自身の契約武器を握り、真っ黒に染まっている刀身を――振るった。


 ツカサ君のただならぬ雰囲気から警戒しているのか、橙色の髪の男は目の前に透明な何かに出して防ごうとするような素振りを見せるが、ツカサ君が刀を振るうと共に放たれた膨大な魔力はそれを許さなかった。


 しかし、膨大な魔力と衝撃を間近で浴びたものの、流石というべきか、橙色の髪の男は思ったよりも痛手ではなかったらしく、空中で上手く体勢を整えて両足で着地する。


「……テメェは一体、何だ」


 そう、男は問うても、返ってくるのは言葉ではなく、振るわれる刀からも伝わってくる、明確な殺意だった。


 振り下ろされる黒い刃を、男は体を捻り、避ける。避けた後の体勢は、かなり無理で、無防備に見えるが、男にとっては大した問題ではないのだろう。


 そこから追撃に来る横薙ぎを、上に跳ぶ事で難なく回避したが、ツカサ君は更に刺突を繰り出す。


 だが、同時に、橙色の髪の男は手を、その腕に向けて伸ばしていた。


 瞬間、ツカサ君が腕を伸ばしきるよりも早く、鈍い音が響いたと思うと、ツカサ君の左腕全体が、あらぬ方向に折れ曲がった。


 それにより刃が届かなくなり、大きく隙を作ったツカサ君に、男は魔法を放つ。


「〝原因不明の大竜巻ノアブライズ・トロンベ〟」


 既に放たれた混合魔法を、それも至近距離で発動されたものを、ツカサ君が防ぐ術はない。


 雷を伴う水の竜巻が彼に牙を向くと、彼は更に赤く染まり、引き摺られ、腕だけでなく、足までもが目を背けたくなる程、折れ曲がっていた。


 けれども、彼を覆う暗澹とした魔力は消える事なく彼に張り付いており、そればかりか、濃度はさっきまでよりも増しているようにも見える。


 滅茶苦茶な方向に折れ曲がっているにも関わらず、契約武器を手離していないツカサ君は属性のわからない魔力に形を与えていく。


 そうして彼は、不気味な黒をした鎧に包まれた。


 ……が、しかし、彼の纏うものの変化は、終わっていなかった。


 一瞬だけ、鎧の形になった時、微かに変化は止まったようにも見えたそれは瀟洒だった見た目を歪ませる。


 彼の頭部を覆っていたものには横に一本の裂け目が入ったかと思うと、隆起し、まるで獣の口のようなものを形成した。


 一方、首から下の魔力の鎧は、当初の形を殆ど保っていない頭部に比べると、変化は少ないが非常に刺々しい印象を受ける。


 そうして変化を終えたツカサ君のその姿は、まるで、現在では滅んでしまったと伝わっている『竜人』のようだった。


 けれども、竜人にしてはいくらなんでも禍々しすぎる。


 身長や体格に変わりはないものの、おどろおどろしく変容してしまった鎧や、暗澹とした魔力に包まれて恐ろしく黒に染まり、もはや刀とは呼べないまでに変わり果ててしまった刃は、力が及ばなくても僕らを守ろうとしてくれたツカサ君の印象とは、大きくかけ離れてしまっていた。


 鎧の纏った黒い竜人は、折れている筈の両足で地を踏み拉き、砕けている筈の隻腕に握られた剣をほんの少しだけ揺らす。


 そうして、間もあけず――吼えた。


 耳を劈くような咆哮は、体に深く響いて気持ちが悪い。これを近くで浴びようものなら吐き気に襲われて胃が空っぽになってしまいそうだ。


 ……そう、感じたと同時に、何処かで理解してしまった。


 形容するのは難しいけれど、やっぱり今の彼は、ツカサ君は、彼では無い、と。


 そんな彼が一歩、足を踏み出したと思うと、その姿は既に橙色の髪の男前にあった。


 そうしてそのまま左腕を振るう。


 橙色の髪の男は大きく見開いた目で苦い顔を作りながら軽く舌打ちし、しゃがんで避けるも、刃から溢れだした混濁は、校舎に当たり、大きく学院を揺さぶった。


 とはいえ、橙色の髪の男にそれは当たっていない。


 左腕を振り抜いた状態のツカサ君に対して男が手を向けると、ツカサ君の体は捩れ、折れ曲がる。今となっては少し聞き慣れた音もした。


 ……が、そんな状態であるにも関わらず、ツカサ君は力ずくに腕を動かして、橙色の髪の男を執拗に付け狙う。


「〝ヒンディ・ウィンダ〟」


 こればかりは守りにに徹さなければいけないと判断したのか、橙色の髪の男は後ろへ下がりながら防御魔法を発動した。


 橙色の髪の男の目の前に浮かび上がった五芒星の魔法陣からは風の膜が広がるが、刃から吐き出された魔力はそれを削り取っていく。


 その様子を見た男は魔法を発動したまま横に体をずらし、魔法陣の横から腕を突き出す。


 するとツカサ君は何かに思いきりぶつかられたかのように吹き飛んで行ってしまった。……これも橙色の髪の男の何らかの力を使ったのだろうか?


 僕の疑問を他所に、ツカサ君は次なる行動へと移っていた。吹き飛ばされた先で、彼は隻腕を横に広げる。

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