Flag11―玄色―(7)
相殺して消え去る風と魔法は見送らず、僕は言う。
「まあ、負けるつもりも、死ぬつもりも全く無いんだけどね」
益々、橙色の髪の男の表情が歪む。……なるほど、母上っぽい物言いだったかもしれない。
だけど、この位が僕らしくて丁度良い。
「チッ……〝ガング・ウィンダ〟」
僕は魔力を身に纏い、男の作り出した、口調に反して恐ろしく精密な風の槍を僅かな距離で見送る。
ヴァルとツカサ君をあんな状態にまでした何らかの力は、今までの様子から、ある程度離れていれば当たることはないと思われる。
故に、距離を取って戦おうと思ったのだが、そう甘くはなく、橙色の髪の男の繰り出す魔法は相当な練度だった。
とは言え、だ。予想もあくまで予想。合っているとは限らない。そもそも、ヴァルやツカサ君を一瞬であんな状態にした正体自体わからないのだ。それが魔法であるのか魔術であるのか、はたまた別の何かなのか、それさえもわかっていない。
なら、どうしようか。なんて自問をするけれど、思考時間は一瞬で、結局は単純だった。
「〝吹き飛ばせ〟」
広範囲に突風を広げ、橙色の髪の男の足止めをする。
「〝ディレクト・ウィンダ〟」
僕はそこへ、真っ直ぐ進む一本の風の塊を放ち、更に全身に風の魔力を纏って走り出した。
「チィ――ッ!」
逃れられないと理解したのか、橙色の髪の男は舌打ちし、僕の放った風の塊に手をかざす。
すると、風の塊は男に当たる直前に、透明な何かにぶつかったかのような動きを見せて消え去ってしまった。
だが、慌てない。この際に生まれた隙に、男まであと五メートル程の場所まで近付いていた僕は、愛剣を握っていない左腕を振り、鎧の一部を風の刃として放つ。
それに対して男は先程とは同様に防ごうとはせずに肩に傷を作りながらも避けた。
どうやら、連続では使わない、もしくは使えないらしい。
得た情報を呑み込みながらも、同時に、身体は休めず、追撃に入る。
「〝ガング・ウィンダ〟」
僕は風の槍を放ち、肩に傷を作ったばかりの男の動きを見ると、男は今度は魔法を使ってそれを防いだ。
……妙だ。ツカサ君の時は避けようとはしなかったのにも関わらず、今回は防いでいる。……いや、今回だけではなかった。ヴァルが地属性の上級魔法を使った時は、さっき僕の〝ディレクト・ウィンダ〟を防いだ時と同じ様に防いでいた。
となると、違いはなんだろうか? 正直あれだけ体を刺されたり斬られたりしているのにも関わらず、動きが鈍っていないというのは不死身のように感じてしまう。
しかし、防いだ。今、防いでいる。
そこで、ふと、あることに気付いた僕は、注意深く男の傷を見た。
本来、戦闘中に隙になる事はするべきではないのだが、今は特別だ。もしかしたら、勝てるかもしれない。
「〝ディレクト・ウィンダ〟」
僕はもう一度、風の塊を一本放つ。
対して男は身をよじり避けた。
しかし、僕はそこへ三度同じ魔法を発動する。
「ケッ……! そんなバカスカ使って大丈夫かよ。数打てば当たるモンでもねェだろうが」
「心配なんて呑気だね。だけどご無用だ。〝スペリア・ウィンダ〟」
「チッ……!」
大量の風の刃を伴う風の上級魔法を使い、僕は“無理矢理”男に透明な何かを使わした。
僕が男の傷を見て気付いた事、それは一つ一つの傷の大きさだ。僕が見た限り、男の身体には深さは関係無く、大きな傷は一つもなかった。
それともう一つ、男は不死身染みてはいるが、傷が直っていっているわけではない。
そして更に言えば、男は今まで一度も魔力付加も属性強化も使っていない。これはそれらを使わずに攻撃を防いでいる所から、何らかの理由により、使えないと見てよさそうだ。
以上の事から浮かび上がる可能性は、男が防ぐのは体の一部を失うような恐れのある攻撃であり、それ以外は防がない……いや、防ぎたくても防げない、という事だ。
ならば、僕にだって正気は十分ある筈。
「〝クルエル・ウィンダ〟」
風属性の最上級の魔法であり、現在僕が出来る風属性の最大規模の魔法だ。それを、僕は〝スペリア・ウィンダ〟を透明な何かで防いだばかりの橙色の髪の男へと向ける。
青白く輝く、五芒星の描かれた魔法陣からは、先程の風なんて比にならない程、酷く暴力的で、自分勝手で理不尽な風が吹き荒れる。
それが橙色の髪の男に近付くにつれて、その一瞬の間に、理不尽な風の一端は確実に、男の身に傷を増やしていく。
僕が魔法を発動したのは、橙色の髪の男が後手に回り、男の持つ何かで防がせた直後。
「だって、当てるのは一発で良いんだからさ」
故に、僕の予想が正しければ、男には防ぐ術は無い。
風は届く。確実に。それは紛うこと無き事実だろう。……けれど、風を通して見える橙色の髪の男の姿に僕は形容し難い不安を覚えた。
だから少しだけ、僕は足に力を入れてほんの少し、後ろへと――跳んだ。
直後。
「テメェやっぱ、あの女と同じで嫌いなタイプだわ――」
些細な違和感。行動に移したのはそんなちっぽけな理由にすぎない。けれど、それが僕の運命を、分けた。
「――〝原因不明の大竜巻〟」
風の中で差し出した男の手の平に魔法陣が浮かぶ。
そこから沸き上がるのは膨大な量の、逆巻く雷を纏った水。
それは、僕の風を呑み込んで迫り、更に、僕を巻き込んで、空間を蹂躙した。
「ぐ……ぁっ……」
全てが止み、水と風に纏っていた魔力ごと皮膚を切り裂かれ、雷に全身を焦がされた僕は、立っている事はままならず、地に伏していた。
けれど、少しだけ下がっていたお陰だろう、直撃は逃れられ、致命傷を受けるという事態は避ける事が出来た。
だが……まさかこんな作戦とも呼べない方法で、無理矢理すぎる手段で僕の魔法を避けようとは、誰が思うのか。普通、少しでも負う傷を減らそうとでもするところだろう。
しかし、呆れ混じりに浮かんだ思考は、相手が普通では無かった、と、根本的に否定される。
「チッ……しぶてぇ奴等だな……」
何とか起き上がった僕に、どう見ても僕よりも酷い傷を負っている橙色の髪の男は悪態をついた。
「粘り強いってのは……上等、だね……〝ガング・ウィンダ〟」
魔力を身に纏い、傷む体を動かして、僕は風の槍を放つ。
「〝ディレクト・ウィンダ〟」
けれど、避けられ、追加で魔法を放つも、それも防がれてしまう。
「〝風よ〟!」
いつになったら倒れてくれるんだと、少し怖じ気付きそうになるけれど、考えるから駄目なんだと無理矢理正当化した僕は、考える事はやめ、ひたすらに攻めに徹した。
「……しつけェな……〝ガング・ウィンダ〟」
「ぁッ……!」
……しかし結末は、意図も簡単に、たった一本の風の槍を突き刺されるという事だけで、無様にも僕は膝頭を地に着けるという結果だった。
敵は一人じゃないのに、黒いフードを被った男は何も手を出さず、ずっとこちらを傍観しているだけなのに……それなのに……僕は……。