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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
150/179

Flag11―玄色―(6)

「エルシー」


 名前を呼ぶと、彼女は体をビクッと震わして、ゆっくりと、恐る恐るといった様子で顔を上げ、怯えた表情を僕に見せる。


「ユー……リ……?」


 エルシーの問い掛けに、そうだよ、と返すと、彼女の硬かった表情はほんの少しだけ和らいだ。


「ヴァル……は……?」


 しかし、直ぐにそう問われ、答えに迷ってしまう。


「……大丈夫だよ」


 暫時迷った挙げ句、僕はそう言葉を返して、エルが僕の後ろの景色を見ないように注意しながら、それ以上追及されないようにエルシーよりも先に疑問を呈した。


「ところでエルシー、さっきの橙色の髪の男を知っているかい?」


 けれども、そう質問したところで、さっきの気遣いも結局は僕自身でふいにしてしまう事に気付き、己の愚かさを痛感する。


「橙色の……うぁぁぁぁああああ!?」


「エルシー、落ち着いて」


「ユーリ! ヴァルは!? ヴァルは!?」


 僕の制服を掴んで強く問い掛けてくるエルシーに、僕は何と答えれば良いのだろうか?


 きっと、ヴァルは今危険な状態だ。いや、ヴァルだけじゃない、ツカサ君もだ。それを今のエルシーに伝えて、彼女が正気を保っていられるとは思えない。


 なら……。


「エルシー、ごめんね」


 ちっぽけな、そんな言葉だけで、今までの事も含めて無かった事になんて出来ないだろうけど、ちっぽけな言葉の中に出来る限りの心を込めて呟いた。


「〝ブライズ〟」


 だけど、その上から、更に最低な事を重ねる僕は、やっぱり度し難い愚か者だ。


 一瞬だけ声を洩らした彼女の、酷く軽いその体重が、僕の体を通して伝わってくる。そんな彼女を抱き上げて、演習場の隅にゆっくりと下ろした。


 刈り取った意識がどれくらいの時間で戻ってくるかなんてわからないけど、そんなに直ぐには戻らないだろう。


「待っていてくれるなんて律儀と言うか、随分と、優しいんだね」


 エルシーを巻き込まないように彼女から離れた位置に移動し、橙色の髪の男の方へと足を向ける。


「……どうして闇髪のガキに訊かなかった?」


「こんな状態になるんだ。訊く必要なんてなかったんだよ」


「ハッ、テメェの方がよっぽどお人好しじゃねェか」


「そうかもね。だけど気が付いたんだよ。お前は忌むべき対象なのかもしれないし、母上の死の淵に居たのは不快だけど、母上は既に、八年前に死んでいるんだ。その母上の最期の事をお前に訊いたって過去が変わるわけじゃない」


 橙色の髪の男はふーんと鼻を鳴らして、少しだけ唇を歪ませて笑った。


「まァ、俺としてもそれについちゃ、基本的にどォでも良い事だけどよ、一つ、訂正して貰おうか」


「何だい?」


「忌むべき相手ってのは相手が違うんじゃねェのか?」


「なら、お前はあの場で何をしていた?」


「んー……あー……殺そう、とはしていたが手は出さなかったってとこか?」


「……そうかい。じゃあ、質問を変えるよ。お前があの事件の術者か?」


「術者、だァ? ……本当にテメェらは何も知らねぇんだな」


「どういう事だい?」


「そのままだ、言葉そのまま無知だと言ったンだよ。テメェらガキって奴は何時の時代も何も知らない。滑稽だな」


 憐れむような表情を浮かべて僕を見る橙色の髪の男は、「なァ、知っているか?」と言葉を続ける。


「テメェの母親を殺した奴が誰かを」


「興味ないよ。さっき言った通り、母上は既に死んでいるんだ――」


「ソイツが、殺した奴が生きていたとしても、か?」


 楽しそうに口角だけを歪ませて、僕が返す言葉を待っていましたとばかりに遮って、男は歪な笑みを見せた。


「お前は……知っているのか?」


 訊くべきではないと、相手の言うことを鵜呑みにするべきでないと、わかっていながらも、僕は訊ねてしまう。真相を。


「勿論だ」


 それこそ、過去が変わる筈でも無いのに。


「……聞こう」


 相手の思うつぼだとわかっていながらも知りたいと思ってしまう。あの日の事を。僕が弱かったばっかりに、目を背けてしまった日の事を。




「“エルシー=スチュアート”。それが、テメェの母親を殺した相手だ」




 けれど、そうして告げられた真実は、あまりにも残酷なものだった。


 嘘だ! と叫んでも、嘘じゃねェと返される。


「考えてみろ。あの場で生き残っていたのはそこに倒れている顔に傷があるガキと、テメェが大事にしている闇髪のガキの二人だけだ。そこでテメェの母親を殺した奴が生きていると言われてみろ、誰だって殺したのはその二人のどっちかだって容易に想像がつくだろうが」


「お前は……どうなんだよ……」


「はぁ? 俺は手を出してねェって言ってンのに、そんなおかしい事言うわけねェだろ」


「そんなの、証拠がないじゃないか……」


「証拠かどうかわかんねぇが、そこで倒れてるボウズのガキの顔面の傷がいつからあるか思い出してみろ」


 力のない反論に対してそう言われ、思い出し、口にする。


「……八年前の……あの日……」


 ヴァルの左眉から外側にかけて広がるの古い傷跡。あれは紛れもなく、あの日に負った傷の跡だ。


「あれも闇髪のガキが負わせたモンだ。ボウズのガキがあの日どんな怪我をしたのかも知ってンだろ? 対して闇髪のガキはどうだった? 無傷だっだろうが。そこまでわざわざ言ってやってんだ。それでもテメェはまだ嘘だって言うのか?」


 僕は少しだけ、視線をずらして闇のように真っ黒な髪をした少女を見る。やはりあどけない表情で眠る彼女が誰かを傷付けるようには見えない。


 ……深く息を吐く。橙色の髪の男は怪訝な顔をするが気にしない。


「そう、だね。お前が言っている事は嘘じゃないかもしれない。けれど、そうそう簡単に信じられる話でもない――だから、僕は自分で確かめる」


「テメェ……馬鹿じゃねぇの?」


 橙色の髪の男は呆れた声でそう溢す。もっともな反応だと、僕自身も思う。無理もない、結局、一番安易な考えを選んでいるのだから。


 テメェは紛れもなくあの女の子供だ、と、男は言う。不快そうに顔を歪ませて。


 思わず、不謹慎ながらも笑ってしまい、男は更に顔を歪ませる。


「何、笑ってンだ」


「失礼、お前が不愉快そうに口にしたのが誉め言葉だったから可笑しくってね」


「……チッ、テメェ、自分で確かめるって事がどういう事かわかって言ったのか?」


「おや、それはつまり見逃してはくれないって事かい?」


「テメェが大人しく端で震えているってなら、見逃す、かもしれねェな」


「そりゃあ、無理なお願いだね。結界を解除してくれるつもりはないんだろう?」


「……そうかよ」


 それを皮切りに、僕は《宣告のフルール=アッティア》で風を打ち出し、男は魔法を発動する。


 時間がない。倒れている二人はきっと、危険な状態だ。待ってなんていられない。だけど勝てないかもしれない。死んでしまうかもしれない。


 それでも、今やらないと、きっと僕は一生後悔するだろう。

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