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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
149/179

Flag11―玄色―(5)





   ‡  ‡  ‡





 今から八年前のある日の事。あの日のことは、僕は今でも忘れない。


『ユーリ、お母さんは仕事で今日は帰って来ないけど、あまりお父さんに迷惑は掛けないようにね』


『仕事って、今日もエルのとこ?』


『そうよ。まあ、エルちゃん達と会うわけじゃないんだけどね』


『じゃあ! 僕も行く!』


『だーめ。話聞いてた? お母さんは仕事ととして行くんだから、ユーリは今回はお留守番。わかった?』


『……わかった。今日は父上に魔法教えてもらう……』


『“今日は”なのね……』


 今日のような、春が近い日の朝の出来事。いつもの光景と言っても差し支えない、そんな日常的な、何も変わらない一日の始まり方だった。


 只、違ったのは、以降母上は帰って来ることなく、来たのは母上が事件に巻き込まれて死んだという知らせだったという事と、後にその日がハルバティリス王国に住む人々を恐怖に震え上がらせた事件が始まった日と呼ばれるようになった事くらいだ。


 たったそれだけ。僕にとっては、それだけだった。けれど、たったそれだけの事で、色々なものが狂ってしまった。それはまるで、実感なんて無かった僕に実感させようと誰かが強いてきているのではないかと思えるほどに。


 そして全てを狂わせた事件について発表された国による見解は、何らかの魔法や魔術によって錯乱した人々が殺し合いを行ったのではないか。ということであった。


 しかし、発表されたのはそれだけであり、以後、犯人が捕まったという話も聞いていない。


 ……さて、少し話を戻そうか。


 事件は初日から大量の人が死者が出た。僕の母上であるエノーラ=カリエールも例外ではなく、また勿論、僕の知る人間で死んだのは母上だけではない。


 ある一つの貴族。この世界でも有数な白魔術師の家系であり、同時にこの国でも有名な名家が、たった一日で一氏族ごと壊滅状態に陥った。


 その貴族が……いや、この場合は名家と呼んだ方が適切だろう。とにかく、その名家が、“この国”でなく、“この世界”でも有数と言われるのは理由がある。


 それは何千年も昔、神話の時代。現在でもこの世界に広がり伝わっている神話にまで遡る。


 当時、後に英雄と呼ばれる人々が率い、此方の世界に住む人々の祖先でもある軍勢と、後に《牢獄の住人》と呼ばれる事となる人々の集まった軍勢が世界を二分し、戦争をしていた。


 《牢獄の住人》側であった人々は神の領域に辿り着く事を目的としており、その為に多くの人々を必要とした。それに対して、此方の世界に住む人々の祖先が反対した事で戦争は勃発したと言われている。


 そうして起こってしまった戦争は、《牢獄の住人》側の軍勢の方が規模が小さかったにも関わらず拮抗し、長期に及んだ。


 しかし拮抗しているとはいえ、永遠に続くものではない。戦局はある日を境に大きく《牢獄の住人》側へと傾いた。


 それは仕方のない事だったのかもしれない。《牢獄の住人》側の軍勢は、人数が少ないとはいえ、此方の世界に住む人々の祖先側の軍勢と互角に張り合える、言わば少数精鋭である。個人の力が弱くても、ある程度人数が集まれば強い一人に勝つことは可能であるが、その分、一人陥落してしまえば後は脆い。


 そういったこともあり、軍配は《牢獄の住人》側に上がろうとしていた。


 だが、ある時、《牢獄の住人》側であったある一族が離反し、此方の世界に住む人々の祖先の側に付いたのである。


 その一族とは、多数の優秀な魔術師を輩出している二つの一族の一方である、通称《闇髪(やみかみ)の一族》と呼ばれている一族だ。


 魔術を扱う一族が離反した事で与える影響は言わずもがなであるが、《闇髪の一族》であったのは非常に大きかった。


 それには理由があり、《闇髪の一族》は魔術であっても、特に補助や治療に特化している、一般的には白魔術と呼ばれる魔術を扱う一族だったからである。


 それが此方の世界に住む人々の祖先側に付いた。それは此方の戦力が削られる量が減り、彼方の戦力を削る量が増えるということであり、すなわち、量で押し切る事が可能になったということである。


 それにより、劣勢に置かれていた此方の世界に住む人々の祖先達の軍勢は見事|《牢獄の住人》の軍勢を倒し、彼らを《牢獄の住人》という名の通り、牢獄……別世界へと閉じ込める事で戦争は集結した。


 こう、淡々と大まかな流れだけを挙げて行くと短く纏まってしまうが、無論、この背景には英雄の存在が大きく関わっている。


 その中に一人、《闇髪の一族》の英雄が居た。


 名は、スカディ=コルネリウス。


 彼女は多くの人々の命を救った非常に優秀な白魔術師と言われているが、それだけではなく、武勇にも優れていたそうだ。


 そして彼女こそが、僕の母上が死んだ日にほぼ壊滅状態に陥った“ある一つの貴族”の祖であると言われており、世界的にも広く名を知られている理由である。


 しかし、ある一つの貴族は、現在ではコルネリウスとは名乗っていない。まあ、舞台が何千年も前、それも神話の事なので当たり前と言えば当たり前の事なのかもしれないが。


 では、何と名乗っているのか。それは過去の僕だったならば身近過ぎて、忘れがちになってしまうような名前。




 『スチュアート』。それが“ある一つの貴族”の家名だった。





「懐かしいな……八年前……だったか?」


 言葉とは裏腹に懐かしくなんてなさそうな素振りで、橙色の髪の男は問い掛けてきた。僕の頭を冷めさせようとするかのような、落ち着いた口調なのが余計に腹立たしい。


 しかし皮肉にも、そのお陰で自分を客観視する事になり、取り乱していた僕は幾許かの余裕を取り戻した。

 

「そう……だね。けれど、八年前に事件が起こった事なんて誰だって知っているし、僕の母上が死んだ事だって、ある程度の人間は知っている。それに、僕は母上が死んだあの場に居たわけじゃない」


「……確かにそりゃそうだ。簡単には信じらンねぇな。けどよォ、居るじゃねぇか。あの場に居た人間が、ここに」


 そう言い、橙色の髪の男は僕から少し目線をずらし、僕の後ろに広がる景色へと遣った。


「動くな」


「おいおい、別に今は何かしようってつもりじゃなかったんだけどなァ。そんなに大事か? その闇髪のガキが」


「別に、大事なのはエルシーだけじゃないよ。お前が動くとヴァルとツカサ君にも害があるかもしれない、だからそう言ったんだ」


「あァ、そうかよ。じゃあ俺は動かねぇからテメェが闇髪のガキに訊いてみろよ。俺の事を知っているかって」


「……わかった。その代わりその場所からヴァルとツカサ君に害を与えられない距離まで下がれ」


「チッ……つくづく信用されてねェな」


「信用なんて出来るわけないだろう」


 僕の提示した条件に、橙色の髪の男は文句を言いながらも素直に応じ、倒れている二人から距離を取る。素直なのは余裕から来ているのか、それとも何らかの考えがあるのか。


 しかし、今はまだ判断のしようがないので、僕は警戒心を張り巡らしつつも後ろに下がり、踞り震えているエルシーに声をかけた。

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