Flag11―玄色―(2)
舞う紅。少し鎧についたが気にせず二閃。
例え刃が紅に染まっても手を止めるつもりはない。三閃。
……四閃五閃六閃七閃八閃九閃十閃!
「くたばれぇッ!」
属性強化に付着した血を払いながら思いきり蹴りを腹部にかます。再び汚れてしまう事になったが気にはならなかった。
俺の放った蹴りにより、橙色の髪の男は吹き飛んで行く。……が、器用にも直ぐに空中で体勢を整え、二本の足でしっかりと着地した。
「あーあー、服が汚れちまったじゃねぇか」
何事もなかったかのように愚痴を溢す橙色の髪の男の腹部の傷は浅くはなく、血も滴っており、痛みもそれなりにある筈なのだが、足取りは特に重たいという事はない。
どうなってやがんだ、と内心毒づき吐き捨てて、残りの魔力の量を頭に入れて思案する――いや、問題ない。
再び同色の鎧を纏い、歯を食い縛り、地を蹴る。
「しつけえなぁ、クソガ――」
「るせぇっ!」
橙色の髪の男の言葉を塞ぎながら、俺は《暦巡》を前方に突き出し、それ以上何も言えないように串刺しにする。
心臓を狙ったひと突きは、少し刃先をずらされたようで左に逸れたものの、それでも橙色の髪の男の右胸部に深々と突き刺さった。
橙色の髪の男の口から洩れた血が、右腕に付着し、魔力の鎧を伝う。
「……ペッ、テメェ……殺す気満々じゃねぇか」
口に残っていた血を乱暴に吐いて言葉を発した橙色の髪の男は、丈夫な事に《暦巡》の刃を握り、引き抜いて俺ごと放り投げた。
……有り得ない……! 俺はずっと属性強化の鎧を纏いながら刃を押し込もうとしていたのにも関わらず、何をしようが刃は動かなかった。それに加え、軽々と、易々と、意図も簡単に引き抜かれてしまうというのはどういった仕組みなのか。
放り投げられた先で、俺は倒れそうになりながらも何とか体勢を正し、視界に橙色の髪の男を写す。
「それで生きているのは誰だよ。それに、お前らは人を殺しすぎてる」
「何だそりゃ。だから殺すってのか? それは正義って観念から色々とずれてるんじゃねェのか?」
「お前に正義を語る資格なんてない」
「ああそうだな。だが、テメェのその物騒な思考回路も正義とは呼べるような代物じゃあねェな」
「わかってるよ、それ位」
俺がそう言うと、何が不満だったのか、橙色の髪の男の顔から、笑みが、消えた。
「テメェ、狂ってんな――」
瞬間、俺の視界から、橙色の髪の男の姿が消えた。
「テメェの顔見てると、ダリィ事思い出した。……ウゼェ」
声が上から聞こえてくる。そんな錯覚を感じたかと思うと、後を追って来たかのように、遅れて痛みが俺を襲った。
「ぅッ――!?」
突然の事により遅れていた思考が、漸く少し、大量の痛みを伴って追い付いてくる。どうやら橙色の髪の男の声が上から聞こえたのは錯覚ではなかったようで、俺は今うつ伏せで倒れてしまっているらしい。
力の入らない体で、辛うじて頭を持ち上げると、さっきと同じ場所から一歩たりとも動いていない橙色の髪の男の姿が目に入る。
けど、何か違う。それは生気の感じられない、機械的で――そう、無表情。そして無感情。そんな顔で、俺を眺めていた。
…………だけど、まだ何か。目に写る景色に違和感が。悲鳴を上げてしまいそうな苦痛を堪え、俺は両の眼で…………えっ?
どうして俺は、右半分だけしか見えていない?
痛い。
――どうして見えない?
痛い。
――何処が?
痛い。
――身体中が。
痛い。
左目が。
そんな筈はない。そんな訳が、そんな事は有り得ないと、震える指先で、痛む体を無理矢理動かして、左目に右手を添える。
…………。
…………。
…………。
…………。
どうして……触れない?
どうして右目に何も写らない?
顔を動かし、頬に土が付く事なんて気にせず、気にしていられず、恐る恐る右下を見る。
「ッ――!?」
無い、無い? 無い。無かった。
そこには無かった。
ある筈だった右腕が。
あった筈の右肩よりも、先が。
「――ぅぁぁぁぁァぁぁぁぁぁァァぁぁぁああああああああああああアああああああああああアああああああああああああああアあああああアあああああああああああああああああああああああああアあアああああああアああああアあああああああああああああああああああああああああアああああああああああアああああああああああああああアあああああアあああああああああああああアああああああああああああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああああああああああああアあアああああああああああアああああああああああアあああ!!!!?!!!!!!!!?!!!!!?!」