Flag11―玄色―(1)
「なあ……どうしてこうなってるんだ?」
「知るか。ツカサがどっかでドジったからじゃねぇのか?」
「ドジってねーよ……ドジって……ねぇよ……多分」
「おい、段々声がちっさくなってんぞ」
「つーか! お前が呆れた感じでカッコつけて現れたは良いも、いきなり魔法ぶっぱなして『この程度か……ザコが……』とか言って挑発したからじゃねぇのかよ!?」
「俺のせいにすんじゃねぇ! 何だよ……いきなりエルちゃんにも怒鳴られるし……」
「怒鳴られたのはコーチが人の話を聞いていなかったからだろ! どうして俺まで怒鳴られたのか知りたい位だ!」
「うるせぇ! ツカサもとっととゴボウ取り出してご自慢のゴボウパワーで蹴散らしやがれ!」
「魔力の関係であまり使いたくねぇんだよ! こいつら何か堅いし! お前だってその眩しい棒を棒らしい使い方しかしてねぇだろうが!」
「俺のモノを眩しい棒呼ばわりすんじゃねぇ!」
「何か言い方キメェ!」
「んだとォ!? やんのかコラ!」
「やってやるよ!」
コーチが俺の前に現れてから、俺は……いや、俺達は更に窮地に立たされていた。
俺達を取り囲む人形の量は気のせいでもなく、さっきよりも確実に多い。一度だけでなく二度三度とコーチが魔法で吹き飛ばしたが、どこからともなく人形は沸き、俺達を取り囲んでくる。
とはいえ二人になったお陰か、窮地であるがさっきよりも何となく気も楽で、また人形との戦闘は均衡を保っていた。しかしそれ故か、さっきからコーチとの口論も絶えない。
そんな時、俺達の足下、詳しく言うなれば影から声が聞こえてきた。
『皆、これからエル達は野外演習場に向かうから』
それだけだった。一応エルの名前を呼んではみたがどうやら届いてないらしい。向こうから連絡は取れても、俺達から連絡を取ることは出来ないので当たり前ではあるのだが、今はそれどころではなかった。
嫌な予感。只それだけ。感覚というものは非常に個人的な物であるが、結界が広がった時にした嫌な感覚は今でも残っており、個人的な物という言葉では納得出来ない位に不安になる。
「コーチッ!」
「どうしたツカサ、叫ばなくても聞こえてるぞ」
「エル達が野外演習場に行くってことは他の校舎にはもう人が居ないって事だよな?」
「多分そうだと思うぞ……って何してんだ?」
コーチの疑問を他所に俺は《暦巡》を取り出して能力を発動させる。刀まで覆う水の鎧の上から雷の鎧を纏って、俺は走り出した。
「俺も野外演習場行くから!」
コーチに声が届いたかどうかはわからないが、コーチならきっと一人でも大丈夫だろう。
立ち塞がる人形は纏った鎧の恩恵で消し飛ばしながら駆け抜ける。目の前にはどんどんと影が現れるが足は止まらなかった。
少しすると北校舎の野外演習場へと続く扉が見えた。この頃には人形は現れなくなった為、魔力の節約を兼ねて施しているのは魔力付加だけ。それでも一応警戒はしながら走って進んでいた。
そうして俺は既に開いている扉を潜る。
その先に見た光景は、手遅れでは無かったが、間に合ったとも言えない光景。……いや、でもやっぱり、手遅れだったのかもしれない。
まず目に入ったエルは縮こまって膝をつき、小刻みに震えており、顔色も悪い。
そのエルを守るように立っているヴァルの表情は勇ましく鋭い目付きをしている。しかしそれでも服はボロボロで、その服の隙間から見える褐色肌には傷が多く、足下も少し頼りない。
「すまない……すまない……」
そして、北校舎へ続く扉に、背をもたれているユーリは、消え入りそうな声で何度もそう呟いていた。
「ユーリ……」
俺がそう声を掛けると、ユーリは顔を上げ目を見張るが、直ぐに悔しそうにその目を伏せてしまった。
「無様……だろう?」
「……あの橙色の髪したアイツ、そんなにヤバい奴なのか?」
俺の目線の先には二人の青年。一人は予想通り、街の演習場でショウシと学園長が戦っている途中に現れたムカンと呼ばれた男。
もう一人は橙色の髪と黄色の目をしており、一見優しそうにも見える男。
ムカンの方は只立ち、目を閉じているが、橙色の髪の男はヴァルに魔法を放っている。
「僕の感覚だけど……この有り様だよ……」
何故ユーリが立っていられない状態なのにも関わらず俺が立っていられるのか、それは恐らく俺がユーリよりも弱く、相手の力を計る能力……感覚と言うべきか、それが劣っているからなのだろう。
「……そっか。じゃあ、行ってくるよ」
そうユーリに笑いかけ、足に雷を纏うと、俺はヴァルと橙色の髪の男の間に割って入り、橙色の髪の男が放った魔法を、水を纏った《暦巡》で弾き、啖呵を切った。
「お前か? 学院をこんなに滅茶苦茶にしたのは」
「あァん? 誰だテメ――」
「〝スペリア・ウォート〟」
橙色の髪の男が言葉を言い切るよりも先に水の上級魔法を発動し、ぶつける。
暴力的な水の奔流は橙色の髪の男を呑み込んだように思えたが、流石と言うべきか、ユーリの言った通り只者ではなかったらしく橙色の髪の男は何事もなかったかのように立っていた。
「いきなり何しやがんだ。クソガキ」
言葉とは裏腹に下品に笑うそいつは見ているだけで腹立たしい。一体何が面白いのか。
「それはこっちの台詞だクソ野郎」
風と雷と光を纏い、《暦巡》を振りかざす。
どうしてこんな事をしたのか。どうしてこんなにも傷付けたのか。
「……らァッ!」
やっと何の壁もなく皆と接する事が出来るようになったのに、些細な事かもしれないけれど、漸くツカサ=ホーリーツリーとしてではなくて柊司として話せるようになったかもしれないのに、それを奪おうとするのか。
俺は刃を振るう。しかし届かない。速度では勝っている筈なのにも関わらず、避けられてしまう。
「……クソッ!」
橙色の髪の男は依然嘲笑を浮かべて俺を見ている。どうして笑っていられる? ふざけるな。
「クズが」
けれど、どれだけ刀を振っても刃は届かず、何度も同じ事を繰り返してしまっている。そんな時、橙色の髪の男はそう呟いた。
「――がッぁ!?」
瞬間、腹部に衝撃が走り、痛みを感じると共に景色が動く。
「大丈夫ですか? ツカサ様」
どうやら俺は吹き飛ばされたらしく、しかし運が良いのか、隣にはヴァルがいた。
「これ位大丈夫だから問題ない。ヴァルの方が大丈夫じゃないような気がするけど……」
「いえ、お気になさらず。俺の武器の能力は護る能力ですから、ちょっとやそっとでは効きません」
「でもヴァル……その傷は……」
「大丈夫です」
そうヴァル強く言われ、俺は口を噤む。傷についてはヴァルが一番知っている。それをわざわざ俺が言うべきではないだろう。例え虚勢であっても。
「何だァ? お喋りとは随分と余裕だな」
もう一度、風と雷と光を纏う。
「喋らしてる余裕そうな奴は……どっちだよ――!」
踏み込み、一閃。
ヴァルと言葉を交わした事で少し落ち着けたのか、今回の緑と紫と黄色の鎧はしっかりとしており、さっきよりも速かった。
「がァッ……」
故に無論、刃は届き、醜悪な笑みを浮かべるそいつの腹を切り裂いた。