Flag10―趨勢―(10)
「――黒い……柱……?」
しかし真っ黒ではありません。何処か混濁とした、何もかもを呑み込んでしまいそうな深い黒で、何だかおどろおどろしい印象を受けます。
「ルーナ……これ……魔力だよ……」
「ですがこれは……」
「うん……何属性なんだろうね……」
個人差や例外もありますが、普通、個人の発した魔力はある程度距離が近くなければ感じることも、属性に変換されていなければ見る事も出来ません。
つまり今見えている魔力は恐らく何らかの属性なのでしょう……けれど、私達にはこれの属性が何なのか皆目検討がつきませんでした。……この距離でも嫌と言う程わかる位に濃い魔力であるにも関わらず、です。
「ねぇ、ルーナ」
「何です? レディちゃん」
「最後に避難してきた人達から結構時間経ってるし、もう校舎の中に取り残された人は居ないよね?」
「ええ、恐らく」
私とレディちゃんのやり取りを聞いていた、はたまた聞こえていた人達でしょうか。教師や生徒の方が「本気か?」と、やめておいた方が良い、そんな意味を込めて訊ねてきました。
しかし私達の答えは決まっています。
ここに居るのも向こうへ行くのも、他の皆さんとは場所は違えど気持ちは同じつもりですから。
「どうしたのルーナ? 何だか不安そうだね」
ですが、やはり固めた意志の中にも不安は少なからず残っているものです。それがどうやら顔に出ていたらしく、「ボクも一緒だから」と励まされてしまいました。
しかし違うのです。私が不安なのはそんな事ではありません。むしろそんな事には不安は不思議と感じていませんでした。
「ありがとうございますレディちゃん。その……私達はここを離れても大丈夫なのでしょうか?」
私がそう言うと、レディちゃんは理解してくれたのか、少し困った顔をしました。
ここを離れるというのは、精神的な支柱としている私達が居なくなるという事と、ここに何かあった時、こうなった原因が攻めてきた時に対応する人が居なくなるという事です。
一見、学年関係無く居る生徒と教師、それも魔法学院の生徒と教師で中々の戦力があるように見えます。しかし中には手負いの人も多く、戦える人もあまり多くはありません。その上、無傷であっても戦えるとは限りません。
何故ならここに居る人達は逃げてきた人達だからです。逃げるのが悪いことだとは私は思いません。むしろ賢い選択だと思います。
しかし、逃げるタイミングで、その後は変わってしまいます。
例えば少し戦って力が及ばないとわかり逃げるとします。この場合は精神的な影響として悔しさ等が残り、向上していこうという心持ちになるのが一般的でしょう。
しかし、仲間を何人も殺され、心を折られ、命辛々逃げてきたとなるとどうでしょう? これ以降戦おうという気は起こらないのが一般的です。当たり前です。心を折られ、恐怖心を植え付けられてしまっているのですから。
私やレディちゃんが話を聞いた限りではありますが、逃げてきた人達の中には凄惨な光景を目の当たりにした人達も少なくありませんでした。
恐怖に囚われてしまうと中々抜け出せるものではありません。それが今さっき囚われてしまったのなら尚更です。
「大丈夫だ」
しかし、突如そんな声が聞こえてきました。
聞こえてきた方へ目を遣ると、そこに居たのは三人の高等部三年生の先輩方。恰幅の大きい方と痩せ型の方と何だか凄いトサカのような髪型をした、いずれも男性でした。
「一年ばっかに助けられちゃ格好がつかねえからな。たまには先輩らしく格好いいとこ見せねぇとメンツが立たねえ」
「卒業も間近だし、記念に何かしたいと思ってたところだ! 後輩にかっけぇ背中を見て貰うチャンスだかんな!」
「ヒヒッ! …………マカセロ!」
何だか頼もしいような頼もしくないような。しかし彼ら三人に触発されてでしょうか、他にも立ち上がった形が何人も居ました。
「行ってこい!」
三年生の三人組に背中を押され、私とレディちゃんは走り出します。五人の無事を願いながら魔力付加だけでなく属性強化も施して。
背中にあった一抹の不安は全て消えさり、頼もしさで溢れていました。