Flag10―趨勢―(9)
「そんな事、一言も言ってないんですけど……」
「目を見ればわかるよー。ほら、目は口ほどにものを言うってね!」
「何ですかそれ……私が単純な人だとでも言いたいんですか?」
「えっ? うん。単純かどうかはともかく、ツカサ君と同じ位にはわかりやすい人だとは思うよ?」
何を今更言っているの? と、言わなくても伝わってくる表情でそんなことを言うレディちゃんに対して、私は「そんな事はないです!」と直ぐに否定しようとしたところで言葉を呑み込みます。
否定が出来なかったわけではありません。しなかったのです。こう言うと負け惜しみ染みている様に聞こえてしまいますが……いえ、実際負け惜しみなのでしょうけれど、心の中での少し位の反攻は許されても良いじゃないですか。
「それ……司さんに失礼ですよね」
さて、そんな事はともかく、私はレディちゃんへの対応を、レディちゃんには可哀想ですが少し卑怯な方法を取りました。
「それってルーナも認めてるって事だよね」
……返す言葉もありません。ひょっとすると私は案外わかりやすい人だったのかもしれません。
「レディちゃんは意地悪です」
「アハハッ、ゴメンゴメン。責めるつもりはあんまり無かったんだよ」
これは私にとって不毛なやり取りであると判明した為、再び話を逸らしますが、今回ばかりはレディちゃんも追撃してきませんでした。“あんまり”と言ったのが気掛かりではありますが……。
「それで、どうしてルーナはコーチ君の提案を呑んだのさ」
しかしあっさり身を引いた代わりでしょうか、レディちゃんは先程私が否定しようとした部分を避けて、再び質問を投げ掛けてきました。
レディちゃんの中では私が心配していると言う前提で話が進んでいるようですが、ここは私も目を瞑るべきなので出来るだけ気付かない素振りをしておきます。否定してもさっきの二の舞でしょうし、結局は恥ずかしさから否定しているので、間違ってはいませんから。……と言うよりも、今更掘り起こされる方が恥ずかしいですしね。
「その方が得策だと思ったから、ではダメですか?」
「まあ、確かに得策かもねぇ。あのメンバーじゃパニック状態の人を保護して落ち着かせるって役目は、消去法で必然的にボクかルーナに回ってくる。うん、ごく自然な流れだね。けど、ボクが聞きたいのはそうじゃないんだよ。ルーナの個人的な意見……と言うよりかは願望だね。それを知りたいんだ」
飄々とした態度で、人懐っこい笑顔のレディちゃんは相変わらず掴み所がありません。
「知ってどうするんですか……?」
その癖、言い方が悪いですが、悪知恵の働くタイプなので余計に質が悪いです。私がそう質問する事をわかっていながら「どうする……ねぇー……」と笑って思惟する素振りを見せる彼女はさながら小悪魔。もしこれが自覚もなしに行っている事なら彼女の笑顔に泣きを見た男性もきっと多い事なのでしょう。
しかし、相手に話の主導権を握られていてされるがままの私でもありません。陰鬱な気持ちになってしまいますが、たまには私だって先手を打つことだってあります。
「そもそも、レディちゃんはどうなんですか? レディちゃんだって大人しく待機していろと言われて大人しくしているタイプではないじゃないですか」
私がレディちゃんが口を開くより先にそう言った事で、レディちゃんは口元まで来ていた言葉を呑み込み、苦笑いを浮かべました。どうやら私の先手は中々悪くはない所に打つ事が出来たようです。
「ぼ、ボクはアレだよ。そう! ルーナを一人にするのはどうも心配で……こんな良くできた子を放っておいたら襲われるかもしれないし……危険から守らないと……ね? ね?」
「抱き付いて頬擦りしてくる人の方がよっぽど危険ですよ……離れてください」
「いーやーだー離さないー!」
中々離れてくれないレディちゃんを引き剥がそうと私が四苦八苦している光景は中々に滑稽なものでしょう。抱き付かれた時から奇異の眼差しを向けられ、酷く注目を集めていた上にこれとは、恥ずかしすぎて溜め息どころではありません。
「まったく……何するんですか……」
「ゴメンゴメンって! ついつい」
エヘヘと、反省の色を見せない謝罪をするレディちゃんに、漸く私は溜め息が出ました。
レディちゃんがやっとの事で私から離れて、こちらを見る目もだいぶ減ったところで、私は頭が正常に働くようになり、レディちゃんに無理矢理ではありますが話を逸らされたと気付きます。
「でもさ」
相変わらず笑顔なレディちゃんは、私が不貞腐れている理由に気付いてか、そう言い、私の後ろを指差しました。
私の後ろに広がるのは校門。それと避難してきた人達が居ます。
気のせいか、その人達は私がレディちゃんに抱き付かれる前よりも落ち着いた面持ちをしていました。
「これがボクらの仕事ってやつでしょ?」
……なんと言うかもう、勝てる気がしません。勝者の気分を味わっていたあの少しの間も結果的に計算の内にしてしまわれては完敗と言う他なく、何だか先程の変な意地の張り合いというのも馬鹿らしくなってきました。
「レディちゃ――」
「ねぇルーナ」
どうでも良いや、と私は自身で話題を掘り起こそうとしたところで出鼻を挫かれました。どうやら役目はレディちゃんに奪われてしまったようです。
「さっきの話で、どうして大人しく待っているのかってやつだけど、信じられるような気がした……じゃダメ、かな?」
照れ臭そうに笑って「恥ずかしいねー」と正直に口にするレディちゃんはやっぱり卑怯だと思いました。その感情は決してドロドロとしたものではなく、憧れに近いそれです。
「ダメなわけないですよ」
そしてレディちゃんには自然とそう言わせる魅力もありました。これはきっと無自覚なのでしょう。
「さっすがルーナ、話がわかってくれて嬉しいよ。ところでさ、さっきコーチ君とツカサ君は無事だって連絡きたでしょ?」
「そうですね……何ですか? その目は……」
レディちゃんは何か言いたそうな、何かをしたそうな、そんないたずらっ子のような目で私を見てきます。……あまり良い予感はしません。
「べっつにー。良かったねぇって目だよ? それ以外の何があるのさ」
……何でしょう。何だか悔しいです。
「ええそうですね、とでも言えば良いんですか?」
「えぇー! もうちょっと詳しくー。誰にも言わないからさ。ボクとルーナの秘密にするからさ」
「嫌ですよ。どうして――」
その時でした。私がレディちゃんに苦言を呈している最中、それは起こりました。
方角は北。校舎の向こう側。唐突に、突然に、突発的に。
異変は一瞬、何処からか地響きがした、そんな感覚です。しかしそんな事に気を取られる以上に、気を取られる以前にその異変は目に見える形で、最初の異変以上の形で発生しました。