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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
142/179

Flag10―趨勢―(8)

「無理は駄目だよ、エルシー。辛かったら見なくても良いんだ」


 少し強い口調で僕がそう言い、漸くエルシーは足を止めたが、俯き、無音の世界でやけに長く感じる数秒が過ぎた。


「……ねぇ、ユーリ、ヴァル」


 そうして徐に口を開いたエルシーの声は何処か自嘲めいており、今にも泣き出しそうでも笑い出しそうでもある。


 僕らが無言で呼び掛けに応じて見守っている中で、彼女はそんな不安定な声音で言葉を紡いだ。


「もしエル達が、友人が、知り合いが、ここに横たわっている人達の顔を見なかったらどうなると思う? きっとその無念さも! 抱いた希望も絶望も! 最期に望んだ誰かの幸せも! 全部! それが伝わらない人達によって綺麗な顔に変えられて、それぞれの家族の元へ運ばれちゃうんだよ?」


 俯いている彼女の表情は髪に隠れて見えない。


「中には家族が居ない人だっている。だからこそ、エル達がその想いを汲み取るの、伝えるの。例えそれが哀しい事でも、そうしなくっちゃ、きっと命を失った人達はずっと哀しくって、悔しくって、永遠に浮かばれないままなんだよ。だからエル達は見なくちゃいけない。じゃないと弔ったって意味がないでしょ?」


 言い切り、顔を上げ問い掛けてくるエルシーは笑っていた。ぐしゃぐしゃな顔に無理矢理作った笑顔張り付けて、涙でそれが剥がれていると知りながらも笑っていた。


 あの日から、何もかもが一気に変わってしまったあの時から、何も変わっていないと思っていたけれど、そんな事はなかった。少しずつではあるが変わっていた。


「そうか……。なら、僕も一緒にしっかりと見なくちゃならないね。……いや、僕“ら”だったね、ヴァル」


 僕は隣に居るヴァルに笑いかける。


「エルざま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ご立派に゛なら゛れでぇ……お゛え゛は……お゛え゛はぁ……」


 ……いや、うん。嬉しいのはわかるけれど、少し落ち着こうかヴァル。何を言っているのかわかりずらいし、どうしてエルシーよりも君が泣いているんだ。


「……ふふっ、あっはっはっはっはっはっ! 何だヴァルその顔は。変なのー!」


 しかし、意外にもそれが功を奏したのか、エルシーは声を上げて笑った。


「べん゛な゛がお゛っでぇぇ……」


 とはいえ、それと同時に余計に泣く事になった人が生まれてしまったけど。……まあ、余計に泣いた人も冗談だとわかっていると思うし大丈夫だろう。


「そろそろ行こう」


 待つこと数分。ヴァルが泣き止み、気のせいかさっきよりも頼もしい眼差しのエルシーがそう言ったことで再び僕らの足は進み始める。


 僕らの行く道は相変わらず生易しい現実ではなかったけれど、それでもエルシーはさっきまでと同様に、道に横たわる彼らの顔をしっかりと見つめて、小さな声で「ごめんね」と呟いていた。


 中には血塗れで目を背けたくなるような、そんな最期を迎えた人もいて、涙を堪えられなかったりもしていたけど、足を止めたりはしなかった。


「この校舎はこの人で最後だ」


 悔しそうな声で、エルシーは言う。


 やはりと言うべきか、悲しいことに予想通りに、北校舎の見回りは早々に終えた。


「これからどうするんだ? エルシー」


 僕がそんな質問をすると、彼女は何かを悩んでいるような顔をする。……昔から変なところに気を使うのは悪い癖だと思う。まあ、それは彼女が心優しいという証拠なんだろうけどね。


「迷うならまず言ってから迷ってくれないかい? 言わないでずっと一人で迷っているのは時間の無駄だろうし、もし、何かを遠慮していても、僕らからしたら遠慮するほどのものでもないかもしれない」


「ユーリ様の言う通りですよ、エル様。それに俺はエル様の従者ですから、エル様のしたいようになさってください」


「二人共……良いのか……?」


「少なくとも言うだけはタダだよ」


「当たり前です」


 エルシーの今更な質問に僕らが返答すると、彼女は覚悟を決めたような顔をした。


「出来れば野外演習場に行きたい」


 なるほど。それが迷っていた理由か。確かに人が死に始めた場所には何があるのかわからないし、そんな危険な所に行こうなんて事を言うのは誰だって渋るだろう。


 けれど。


「本当、今更だね」


「へっ?」


 エルシーは素っ頓狂な声を上げて驚いているが、僕からすれば溜め息ものなのである。


「エルシー、言っておくけど、僕らはここに居る時点で既に覚悟はしているんだよ。何故コーチ君はツカサ君に怒ったんだい? 何を理由に僕らはコーチ君を説得したんだい? それは君も理解しているだろう? 僕らは誰かに言われてなんかじゃなくて、自分の意思でここに居て、今は自分の意思で君に一任しているんだよ」


 言った後、少し言い方がきつかったかなと反省。しかしその分効果はあったらしい。エルシーは僕とヴァルの顔を見て頷いた。


「エル達は今から野外演習場に向かう。異存は無いよね」


 僕らの返事も聞こうとはせずにエルシーは前を向く。一見横暴にも見えるけど、彼女らしくて良いと思う。それに、既に僕らの意志は伝わっているのだから再確認なんて不要だ。


 そうして、念のためにツカサ君達にこれからの予定を告げた後、僕達は野外演習場へと繰り出した。


 そこで僕らが目にしたのは意外にもたった二人だけ。


 一人はエルシーと同じ黒い髪に黒い瞳で、真っ黒なフードコートを着ている寡黙そうな青年。


 もう一人も青年で、こちらは穏やかそうな顔立ちをしており、その瞳の色は僕と同じ黄色。そして髪は橙色をしている。


 その髪と瞳の色は奇しくも僕の母と同じで、こんな時であるにも関わらず僕が母を連想してしまうのは自然であった。


 ……しかし、そんな僕とは違い、異常な反応を示したのが二人。


「う……あっ……う……」


 膝から崩れ落ちたエルシーは顔面を蒼白させ、何かを言おうとしているようだが言葉になっておらず、呼吸も荒い。


 そんなエルシーを庇うように立っているヴァルは、エルシー程呼吸は荒くはないものの、左眉から横に走る古い傷痕を跨ぐように大粒の汗が伝っており、彼にしては珍しく、非常に険しい表情で青年達を睨んでいる。


 しかしそんな二人に対して、特にヴァルは鋭い視線を向けているにも関わらず、僕の母を彷彿とさせる容貌をした青年は笑った。


 それは穏やかそうな顔立ちからは想像もつかないほど不自然で、寒気が走るほど醜悪な笑みだった。


 これが夢だったならば、どれだけ良かった事だろう。虚構の一部であれば、どれだけ良かった事だろう。しかしこれは紛れもなく現実だ。


 纏わり付く悪寒に負けて、崩れ落ちた膝に広がる痛みは本物であると僕は知っていた。


 混み上がるこの感情が“恐怖”である事を僕は知っていた。


「よう。久し振りだな」


 何故なら、得も言われぬ恐怖を生み出すその声が、僕らに向けられたものであったのもまた、現実だったのだから。





   ‡  ‡  ‡





「どうしたんだいルーナ? そんなに校舎を見つめてさ。心配ならあの時『私も行くっ!』て言えば良かったのに」


 私が少し考え事に耽っていると、意地の悪そうな、けれども全然そんな事はなく、むしろ人の良さを感じさせる笑みを浮かべたレディちゃんが話し掛けてきました。

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