Flag10―趨勢―(4)
相変わらず見た目に合わない丁寧な口調のヴァルは穏やかな笑みを、相変わらず素直ではないユーリは鼻に付く様な仕草を伴ってそう述べた。
「良いのかヴァル? ユーリも。無理に着いて来なくても良いんだぞ?」
「俺はエル様の従者ですから」
「僕は被害が増えて後味が悪くなるのが嫌なだけだよ」
「……二人共ありがとう」
収まっていた涙を再び瞳に浮かばせて礼を言ったエルに対して、ヴァルは微笑み、ユーリは照れ臭そうに鼻を鳴らす。
これで俺を含めた六人の意向が決定した。
……のだが。
「駄目だ。行かせられねぇ」
そう言ったコーチは俺達の行く手を阻むかのように、校門から高等部の校舎へと真っ直ぐ続く道に立ち塞がった。
「どうしてだよ」
「どんな危険があるかもわからねぇような場所に黙って行かせられるわけねぇだろ。特にツカサ、お前は自分の実力がどんなもんかわかってんのか?」
それは遠回しに俺の実力が足りないと言っているのだろう。
「わかってるよ。俺だって理解した上で言っているに決まってる」
「なら悪いことは言わねぇ、やめろ」
「嫌だ」
「嫌で済まされる問題じゃねぇんだぞ!」
コーチは俺の胸ぐらを掴み、見下ろし睨む。ネクタイが絞まり少し苦しい。
「勝手にすぐ死ぬとか決めつけんな! 確かに俺はお前と違って強くないけど、お前と違って契約武器の能力も使える! 嘗めんじゃねぇ!」
俺に実力が足りないのを自覚していても、こんな風に指摘されるとやはり腹が立ってしまう。
だから俺もコーチの胸ぐらを掴み返し、睨み返すと、首が少し絞まったらしくコーチは苦しそうに表情を歪める。
「ああ、悪かったよ。確かにお前は契約武器の能力を使えて強くなったよ。 けど、お前の実力ってのはそれだけだろうが! その能力はどれだけ持つ? お前の魔力はどれだけ持つ? 持たせる事が出来る? お前は今出来る全力でどれだけの間戦っていられる? 十分も持つか? 無理だろうが!」
「じゃあ! 何もするなって言うのか? 知ってて全部何もなかった事にしろってのか!? それこそ無理に決まってんだろうが! 今こんな事をしている間にも人が死んでいるかもしれないんだぞ!? コーチ、お前はそれを放っておけってって言うのかよ!?」
「ああ、そうだよ! ツカサ、俺はな! お前と違って命に順位を付ける様な奴なんだよ! お前みたいに見ず知らずの奴を助けられる程お人好しじゃねぇんだよ! そんな余裕なんて持ってらんねぇ! お前みたいに特殊な奴じゃねぇ! 俺にとっては知らない奴なんかよりもお前らみたいな知り合いの方が大事で! それを守るだけで手一杯になるような奴なんだよ!」
そう言い切り、肩で息をするコーチは俺の胸ぐらから手を離すと共に俺の手を振り払い、それによりバランスを崩した俺は少し後ずさり、俺とコーチの間に距離が出来た。
「じゃあ、守ってくれなくて結構だから」
そんな言葉を口にしていた。多分、悔しかったってのもあったんだと思う。けど、それ以上に頼りない奴だと言われているみたいで悲しかった。
言葉を吐き捨てた俺は同時にコーチの横をすり抜ける。コーチはその場から動かず、何も言い返しては来なかった。
「行こう」
俺はコーチの背中の奥に見える五人に呼び掛けるが、どうしたら良いのかわからないのか、皆戸惑いの表情を浮かべて立ち止まっている。……そりゃそうか。
空に青白く発光する七芒星の魔法陣を描き、そこから現れた己が得物の黒い柄を掴み、取り出す。一振り。
意志を示すように刀を手中に収めた俺は何も言わずに魔力付加を施して校舎の中へと走り出した。
少し走っていると階段に辿り着いたので駆け上がり、最上階まで一階ずつ確認する。
「良かった……」
手前の南校舎には死体もなく、誰も居ない事に胸を撫で下ろした。
しかし、校舎はこれだけではないので、俺は気合いを入れ直し、再び走り出すと中央校舎の十字路に行き着いたので一瞬思考し、左へと向かう。
この校舎も何も無いことを願いながら、今度は最上階から一階を目指して確認しつつ駆け降りて行く。
しかしそんな甘い願いが叶う筈もなく、二階に差し掛かった時、見慣れないものが目に入った。
……黒い煙? いや、黒い靄の様な何かと表現した方が良いかもしれない。
その黒い靄らしきものは人形を象っているものの端々は蠢いており異様で気持ち悪く、目が変になってしまいそうだ。
更にその人形を象っている何かは手を振り上げており、振り上げている先には小さく縮こまって震える三人の男子生徒が居た。
「〝ディレクト・ブライズ〟!」
走っては間に合わない距離だと悟った俺は迷っている暇もなく真っ直ぐ進む雷の上級魔法を人形の何かに向かって放つ。
紫の雷は真っ直ぐ突き進むと、腕を振り下ろそうとしていた人形の何かを上手く巻き込み、巻き込まれた人形の何かは形を崩し、黒い靄となり霧散した。
それに遅れて三人の男子生徒の元へ辿り着くと、泣いてはいたものの傷は見当たらなかった事を確認して安心し、そこでふと気付く。
「あれ……?」
そう俺が声を洩らした所で向こうも気づいたらしく、驚いた表情を浮かべる三人組。
その三人組は全員三年で、特徴はそれぞれ、強面気味で図体の大きい生徒、かなり細身で少し不健康そうにも見える生徒、そしてどうやったらそうなるのかわからないほどに真っ直ぐ天に向けて聳え立っているモヒカンをしている生徒、と今となっては馴染み深いかもしれない見た目をしている。
「世紀末三兄弟……?」
「何で兄弟になってんだよ!?」
「俺ら二人には世紀末要素ねぇだろ!」
「ウヒヒッ」
相変わらず連携の取れツッコミをしてくる。元気もありそうで何よりだ。
「つーか何でこんなところにお前が居るんだよ!」
怖かったからだろう、図体の大きい男が震える足でよろけながら立ち上がり、自棄糞気味なのか食い入るように俺に問い詰めてくる。
答えたいのは山々なのだが、捕まると何だか面倒そ……時間が掛かりそうなので、俺は図体の大きい男が伸ばしてくる手を軽くあしらい、校舎の確認を再開するために走り出した。
「とりあえず中央校舎と南校舎は大丈夫そうだったから、そこを通って校門のとこまで避難して! そこは今のところ安全みたいだから早く!」
恐怖心を少し煽る様な口調でそう言いいながら三人組から逃げた後、階段を通って一階へと向かう。
少し……いや、結構雑だったなと反省。
けど冗談は言えども、あまり気分的にも談笑を続けられるような気分ではなかった。
階段を数段分、飛び降りながら省略し、踊り場を抜けて一階へ。その間に己が自然に思考していた事は必要ないので捨て去る。
一階の床に足が着くとほぼ同時に思考の残骸は未だに残るものの、頭の切り換えは大体終えることが出来た。
「なっ……」
……しかしどうやら、その必要はなかったらしい。