Flag10―趨勢―(3)
ヴァルとユーリのやり取りから、完全に閉じ込められたのだとわかる。カーミリアさんやケトルが居たらどうだろうか? ……いやいや、無い物ねだりはやめておこう。
それより理由だ。どうして内部からも外部からも干渉不可な結界なんかが発動している? その上、発動の中心は学院北部にある野外演習場。何故そんな事を?
練習ならそんな範囲に広げる必要なんてないからこれは違う。
もし外部で何かが起こっていたのなら内部からの干渉を不可にする必要なんてない。
逆に内部で何かが起こって、閉じ込める必要があったと考えても、わざわざ外部からの干渉を出来ないようにするのも少し違和感を抱く。そもそも何かが起こって結界を発動して、その後何もないというのは妙だ。
となると何が目的だ? 事前に何も知らされてもないし、結界はエルでも破れない強度だし……いや、待て。この学院に居て、エルの全力を防げる様な結界を使えるのは何人いる? そうそう居ないだろう。そして、そんな事が出来るならきっとその人はそれなりの実力者の筈だ。そんな人が悪戯にこんな事をするかどうか考えると、その可能性も低そう。では、結界を発動したのは学院関係者ではないのか?
けど……学院の部外者がこんな結界を発動したと考えると、物騒な発想しか思い浮かばない。
「エル」
しかし、間違っているのかも、なんて迷っている暇はない。最悪の場合は考えておくべきだ。もしそれが勘違いで有ったとしても、それは良いことだし、悪いのはこんな紛らわしい結界を張った奴。
だから俺はエルを呼び一先ず確かめてもらう。
「どうした? ツカサ」
「この結界を張れる様な人がこの学院の何処に居るのか調べて欲しいんだ」
エルは契約武器の能力で一度合ったことがある相手の位置を一定範囲内ならば確認することが出来る上に、この学院で知り合いじゃない人は居ないと言われる程顔も広い。
つまり、エルはこの学院の事ならば殆どの事を把握出来るのだ。
俺の頼みに直ぐに頷いてくれたエルは自身の影から契約武器の杖を取り出すと、足下の影を広げて行く。
「……居ない」
そして少しするとそう呟いた。
その言葉に、全員の顔が雲って行く。
それは即ち結界を発動したのは部外者であるという事。
「エルちゃん! それは勘違いとかじゃないのか!?」
「痛いぞコーチ……。本当だ。エルの攻撃を防げる様な結界を張れるのは多分一部の先生だけだけど、その先生達も今日は休日だから丁度居ないみたいだ」
「わりぃエルちゃん……」
肩を強く掴んでしまったらしいコーチはエルに言われ、慌ててエルの肩から手を離す。
「けど、一体何が目的なんだろうな……」
「良い予感はしないね……」
そして疑問を口にしたコーチに、ユーリが苦々しい表情で返答する。
「だよな……どうする?」
さっきと似た台詞で、しかしさっきよりも真剣味が増した重さの感じられる言葉で、コーチは再び皆に問うた。
「どうするって言っても……どう動くべきかわかりませんよね……?」
コーチの質問に対して暫しの間誰も言葉を発さず、少ししてからルーナがそう言葉を溢す。
「そうだよねぇ……」
「確かにそうだね……」
「だよなぁ……」
「ですよねぇ……」
苦笑いを浮かべるルーナに、レディ、ユーリ、コーチ、ヴァルの四人はほぼ同時に溜め息を軽くつくという動作までもが似たような反応で同調の意を示した。
あれ? コーチの質問って動くか動かないかじゃないの? 皆動くの前提で話しているけど……まあ、別に俺もそのつもりだったから何かを言える立場じゃないんだけどさ。
ならいっそ、適当に校内を練り歩こうじゃないか、なんて危険な事極まりなさそうな程適当な意見が出てきた時、それは一瞬で却下された。
「どうやらそれは無理みたい…………今、一人死んだ……。今居る場所から動かないし……呼び掛けても何も答えてくれないから多分間違ってないと思う……」
他の人達が居る所を確認していたらしいエルは、悔しそうにそう告げる。
「ば、場所は!?」
「や、野外演習場……」
荒っぽくなってしまった俺の語調のせいかエルは少し怯みながら呟いた。
「ごめん、エルは悪くないよ。それで野外演習場に他に人は居る?」
野外演習場って事は結界を発動した奴は動いていないのか?
「居るよ。四人……けど――」
その瞬間、俺達の視界に写る校舎の向こう側、野外演習場に近い校舎だろうか、その辺りから爆音と共に煙が上がった。
「――今、全員……死んじゃった……」
大きな黒い瞳に涙を浮かべて、エルは消え入りそうな声でそう呟く。
「影の奥で叫び声が聞こえたんだ……凄く慌てていて、声が震えていて……けど、何も出来なかった……」
堪えていたのだろう。小さな声でそう言葉を溢すと、遂には黒く大きな瞳に浮かんでいた涙は溢れだし、白く透き通った肌を這って地面に小さな丸い模様を描いた。
唯一皆の居場所がわかり、連絡を出来る手段を持っているエルだからこそ何も出来なかった事を実感してしまう上に悔しいのだろう。
「――っ! ……また、死んだ……。今度は高等部の北と東の校舎の中……さっきの爆発で集まった人達だと思う……どうしよう……どんどん増えていくよ……」
続れる涙をもう抑える事もなく、エルはぐしゃぐしゃになった顔で俺達を見る。
誰も何も言葉を口にせず、永遠に感じられそうな時間が過ぎるかと思った時、俺は皆に話し掛けていた。
「なあこれさ、皆を助けに行ったら俺達英雄じゃないか?」
「だ、ダメだ……! ……ダメだよ。そんなの……」
「けど、エルだって本当は何かしたいんじゃないのか?」
「で、でも……」
何か言おうとするエルを強引に制して、俺は皆に笑みを向ける。
「と言うわけだからさ、俺は行かせてもらうよ。別にエルに同情しているわけじゃないけどさ、ある程度この状況を理解出来ているは俺達だけだと思うし、それで何もしないってのは後味悪いだろ?」
「……なら、私も行きます」
溜め息を一度つき、「司さんを一人で行かせるのは心配ですし」と呆れたように笑ったルーナは同調の意を示した。
そこへ反応したのはレディで、「えっ? ルーナを行かせる方が心配だよ! それならボクも行く!」と言う事なのでレディの参加も決定したのだが、こっちの方が心配になる。あんたらは保護者か。まあ、俺も強く言える立場じゃないんだけど。
「どうだ? エル。行く気があるのは俺だけじゃないみたいだぞ?」
一先ず俺以外にも二人の参加が決まった所でエルに問う。
「……行くよ」
俯いていたエルは少しの間黙っていたが、涙の跡を袖で拭うと、小さな声ながらもはっきりとそう答えた。
その黒い瞳にはまだ少し涙が残っているものの、そこには確かな意志が宿っていた。
すると、そんなエルに感化されたのか、更に二人が名乗りを上げる。
「エル様が行くのでしたら、俺もご一緒させていただきます」
「……君達だけに任せておくと被害が増えそうだから僕も行くよ」