Flag10―趨勢―(2)
けどまあ、いつも通りの女王様具合で安心した。最後にカーミリアさんと言葉を交わした一昨日は様子がおかしかったが、伝言を聞く限り元気そうで何よりだ。
「きっと照れ隠しだよ! それでね、ケトルは『ウフッ! 明日になってもツカサちゃんに元気がなかったらワタシが抱き締めてア・ゲ・ル!』って言ってたよ。良かったねぇ」
「さっきも言ったけど十分元気だ! 元気になったから! その必要はない!」
あの豪腕で抱き締められなんかしたら色々な意味で死んでしまいそうだ……。つーか、レディ笑顔で「良かったねぇ」なんて言ってるけど絶対良かったとか思ってないだろ。嫌がらせか? 嫌がらせなのか!?
只の冗談だと信じて、ニコニコとした表情を俺に向けているレディにとりあえず愛想笑いを返しておく。
その後は何を思ったのか、コーチがいきなりルーナのベッドにダイブして「はぁん……なんて良い香りなんだ……。お日様の香りだー」等と気持ち悪いことを抜かした為、袋叩きに合うといった事が起こったが、コーチがボロ雑巾みたいになった事以外、特に何も起こらず食事は無事終了し、皆で片付けを済ました。
ちなみにコーチに何故あの様な事をしたのかと問うと「人間……何か光が無いと生きていけねぇんだよ……」と無駄に作りの良い顔で言いやがったので殴っておいた。お前の光ってやつは随分とマニアックなんだな。
「それじゃあ行くか」
無駄にタフでマニアックな変態がそう言うと、皆返事をしながら立ち上がり、一様に玄関へと向かって行く。
「行くってどこに?」
「ノスリちゃんとこに決まってんだろ」
当然の事の様にそう返された俺は、どうして? なんて言いそうになり抑える。きっとそんな事を言ってしまうと呆れ顔のコーチを更に呆れさせるに違いない――いや、既に手遅れだったらしい。溜め息を吐いたコーチの視線が痛い。
「あのさ」
既に溜め息を吐き出しきったであろうコーチは、そんなありふれた言葉で話を切り出す。何の違和感も無く皆の注目を集めた話への導入部分は、自然過ぎてむしろ不自然にすら感じてしまう。
「何だ?」
少し素っ気ない言い方になってしまったかもしれない。けど気にしない。これは例えるなら山と言えば川と返すような合言葉。まあ、合言葉なんて言うほど重要なものでもないのだけれど。言い換えるなら通過儀礼? 社交辞令? いや、これも少し違うかも。とにかく、このやりとりの重要性は低いという事。だからコーチもきっとそんな事は気にしないだろう。
「お前が何抱えてるかなんて知らねぇけど、何でもかんでも自分のせいだとか考えてねぇか? そりゃ、倒れる直前までノスリちゃんの近くに居たのに気付けなかったってのは悔しいだろうけど、近くに居たのはお前だけじゃないんだよ。だから、自分ばっか責めるのはやめろ」
思った通り気にした素振りも見せなかったコーチは真剣な表情でそう言った後、「これノスリちゃんに聞かれると話が重いとかって怒られそうだな」と軽く笑って、俺の肩をポンッと叩く。
「まっ、そう言うこった」
そしてそう言うと、皆が微笑みながら待っている玄関へと歩いて行った。
……違う。違うんだよコーチ。俺はそんなにお人好しじゃない。お前が、お前らが思ってる程良いやつじゃないんだよ。俺は人を利用して自己満足な言い訳を繰り返しているだけの最低な奴なんだよ。
どうして俺がここに、この場に居るのか。皆は何も俺に訊かないでいてくれている。ルーナは知っているけれど、何も言わずによくフォローに回ってくれていた。
そんな皆を俺は騙しているみたいで嫌だった。けれど、それを続ける位なら罵られた方がマシだ、なんて立派な事も言えなかった。
出会ってからそんなに時間が経っている訳じゃないけど、きっと皆が好きだったんだ。
皆と一緒に居るのが心地良くて。この場所を手放したくなかった。だから余計に何も言えないでいた。
それでも……俺の精神というやつは、現状維持なんて事を出来きる程強くはなかったらしい。
だから結論。許しが欲しかった。
「皆……俺は――」
早く来い。そんな風に微笑みを向けている皆に、今は少し面子が足りないけれど、我慢が出来なかった俺はそう切り出す。
今しかないと思ったんだ。
今言わなくちゃ、永遠にそんな機会は訪れない様な気がして。……皮肉にも、そんな言い訳染みた勘は強ち間違っちゃいなかったんだけど、運命って奴は残酷で、俺に機会は与えても、時間までは与えてくれなかった。
それは俺が皆に向けて言葉を発した時と同時に起こった。
突如何とも言えないような変な感覚が学院の北の方、野外演習場の辺りから広がって行く。
その変な感覚は魔力だったと直ぐに理解した。
その異変に気付いたのは俺だけじゃなかったらしい。……当たり前か。
「悪ぃツカサ、その話は後にしてくれ!」
玄関に居たコーチを始めとする皆は、何事かと窓際に移動し、空を見上げる。
俺も釣られて見上げると、何処と無く、半透明な膜のような物が空を覆っていた。
「結界……だね……」
怪訝な表情でユーリが呟く。
「どうして結界なんかが?」
「それはわからないけど、あんまり良い予感はしないね……」
疑問を呈したレディに対して、空を軽く睨んでいたユーリはそう応える。
「どうする?」
そう言ったのはコーチ。現状を把握するために動くか、それともこの場で待機するかという事だろう。
しかし、コーチの質問への返答は皆同じで、それも玄関へと向かって行くという行動だけで答えを示した。
「なあ……」
廊下に出た所で皆に問う。
「何処に行くつもりなんだ?」
「「「「「「あっ……」」」」」」
間抜けがここに七人。
皆で苦笑いを交わした後、仕切り直し、校門へと向かうことに決まった。
その理由は、何が起こっているのかわからない今、結界の種類を確かめるのが危険性が一番低いのだとか。
その上、校門の方向は結界が広がった場所とは真逆の南。適切な判断だと納得出来る。
そうして校門へと着くと、コーチが軽く透明な膜のようなもの……結界に軽く手を触れる。
「出て行けねぇな……。鳥も入ってこれてない所も見ると、こりゃ多分、内部外部共に干渉不可だ……」
それはつまり閉じ込められたという事。それが起こっている範囲は、門に沿って結界が展開しているのを見るに、中等部高等部を含めたこの学院全体と見て良さそうだ。
「〝吹き飛ばせ〟!」
俺達から少し離れた所では、ユーリが風を纏った自身のレイピアを結界へと突き立てているが、結界はびくともしていない。
「かなりの強度ですね……ユーリ様、破壊するのは難しそうですか?」
「……今の僕では不可能だ……いや、僕だけじゃない、これはエルシーの全力でも無理だと思う」