Flag10―趨勢―(1)
ベッドに横たわり、最近はもうすっかり見慣れてきた真っ白な天井を見詰める。
一昨日ノスリは倒れ、病院に運ばれた。
検査の結果、大事ではないらしいのだが、少しだけ検査入院をすることになったらしい。
何故、“らしい”なのかと言うと、昨日の放課後にノスリの事を学園長から聞いたからだ。
ちなみに退院は明日の朝らしく、魔飽祭には間に合う……と言うか、意地でも来ると言っていたそうだ。
一安心……と言いたい所だが、大事ではないと聞いてからも、今一何かをする気にはなれない。そのせいか、昨日の授業の記憶も殆どない。
一昨日の学園長やレイラ女史の表情はいつもでは有り得ない位に、尋常ではない程に焦っていた。……にも関わらず大した事ではないなんて言われたって、信じきれない。
ひょっとしたら、俺がノスリの事を気に掛けるなんて御門違いの事なのかもしれない。異常な事なのかもしれない。けど、どうしても他人事の様には思う事が出来ない。それはきっとノスリが來依菜に似ているからなんだと思う。
我ながら……最低だ。
特に何をするわけでもなく天井を見詰め続けていると、部屋に備え付けられているチャイムが鳴った。
面倒だったので無視していると、もう一度チャイムが鳴る。その後数回鳴るが無視し続けていると、チャイムの音が耳障りな程に連続し始めた。
「うるさい……!」
そう言いながら部屋の扉を開けると、そこに居たのはコーチ。いつものように目付きが悪い癖に人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「おお、やっと出てきた。暇か? 暇だよな? 出掛けるぞツカサ」
「…………」
扉を閉めるも失敗。扉の間に足を入れるという、しつこいセールスマンが行いそうなやり方で阻まれてしまった。
「無視すんなって。ツカサの事だからどうせあれだろ? ノスリちゃんの事気付いてやれなかったとか、何も出来なかったとか、そんな事考えて沈んでんだろ?」
完全な正解ではないが、大方間違ってもいない。大体合っている。
どうやら俺は本当にわかりやすいらしい。
「勝手に一人で沈んでると悪循環しか生まれねえよ。皆待ってんだから行くぞ。さっさと着替えてその時化た面少しでも直してこい」
コーチは俺が何かを言う前にそう言い、扉の間に挟んでいた足を退けると、自分から閉められない様にした癖に今度は逆で、俺を部屋に押し入れ、強引に扉を閉めてしまった。
「痛……」
無理矢理扉を閉められたせいで肘を扉の枠にぶつけてしまったらしい。
「本当に強引だな……」
なんてボヤいて、着替えて鏡の前に向かう。
鏡に写った自分が予想以上の時化た面をしていた事にショックを覚えながらも、少しでもマシになる事を願ってこの季節特有の冷たさの水を顔に掛け、俺は部屋を後にした。
「……あんま変わってねぇな」
部屋を出るやいなや、コーチがそう口にする。
殴ってやった。
「いってぇ! 何しやがんだコラ! 俺は元気付けてやろうとしただけじゃねぇか!?」
「ご期待通りその意思を受け取ってやっただけだ」
「どうしてお前が元気だと俺が不幸になんだよ!?」
「そりゃ予想もつかないだろうな」
これはコーチが自覚もなく痛め付けた俺の肘と心の仕返しなのだから。ちなみに景気付けとしての一発も兼ねている。
「沈むぞ!? お前と入れ替わりで沈むぞ!? 良いのか!?」
「何の脅しだよ……」
コーチは俺が殴った場所である肘を擦りながら「それじゃあ行くぞ」と歩き出し、俺はその後ろを付いて歩いて行く。
そうして着いた場所はルーナの部屋だった。
「えっ? ここ?」
コーチは俺の疑問に答えてくれる様子は無く扉を開けて中に入ってしまったので仕方無く俺も後に続く。
「ツカサ連れてきたぞー」
「あっ、こんにちは司さん。丁度出来た所ですから、お二人もそこに座ってください」
相変わらず質問をする暇なんて与えて貰えず、俺はルーナに言われるがまま料理が並べられていたテーブルの前に座った。
テーブルを囲っているのは俺やコーチだけでなくレディ、エル、ヴァル、ユーリも居る。そこへ大きな皿を持って来たルーナが座ると、ノスリ、カーミリアさん、ケトルを除いたいつもの面子の完成。
「それじゃあ、食べましょうか」
そしてルーナが音頭を取りそう言うと、皆がそれぞれ料理を取り、口に運ぶ。
「流石ルーナ様。美味しいです」
「これはエルが貰った!」
「あっ……僕のハンバーグ……」
「ルーナの作る料理はやっぱり美味しいねぇ。ボクのお嫁さんに欲しい位だよー」
「レディちゃんとルーナちゃんが結婚……だと……!?」
……何だこの団欒は。
「あの……お口に合わなかったり嫌いな料理だったりします……? 司さんが好きそうなものを作ったつもりなんですけど……」
どうしてこんな事になっているのか考えていると、ルーナが不安げな表情を俺に向けてきた。言われてみると確かにテーブルに並べられている料理はハンバーグを始めとする俺の好きなものが多い。
「いや、そんな事ないよ。只、どうしてルーナの部屋でご飯食べているのかなって」
俺がそう言うと、隣に座っていたコーチに頭を軽く叩かれた。
「お前の為に決まってんだろばーか」
「俺の為……?」
「君の元気がなかったからコーチ君が企画したんだよ。まあ、僕は強制的に連れて来られたんだけどね」
「家から通っているのに拘わらず一番早くに着いて、その上ノリノリで準備をしていたのはどこのユーリ様でしょうか?」
「ボク最近ツカサ君とユーリ君の組合せも良いと思うんだよね」
「ルーナこれおかわりある?」
「はい、ありますよ。エルちゃんも好きだと言っていたのでいっぱい作りましたから」
見事な話の脱線具合である。それがいつも通りの筈なのだが、何だか少しおかしくて笑ってしまう。
「おっ、漸く笑ったな」
「俺そんなに笑ってなかったか?」
「ああ。ノスリちゃんが倒れてから全く。ツカサの癖に目が死んでた」
「いや、別に俺普段生き生きした目してないし。目付きが死んでる奴に言われたくないし」
「酷っ!?」
本当に皆マイペースだと思う。それは悪い意味なんかじゃなく、良い意味で。不快なんかじゃく、むしろ心地良いという事。こんな風に感じてしまっている俺の感覚というやつは、ひょっとすると皆のマイペースさと同じくらいに手遅れなのかもしれないけど、自然と悪い気はしなかった。
それはきっと、手遅れなのは俺だけじゃないからなのだろう。
「皆ありがと。元気出た」
俺がそう言うと、「おうよ」や「うむ!」と笑顔を浮かべる。
「そういやカーミリアさんとケトルは?」
「二人共お墓参り。毎年魔飽祭の前日に行っているんだって」
俺の質問に答えてくれたのはレディ。少し寂しく感じてしまったがそれは仕方無い。
「あっ、でも伝言は預かってるよ!」
「何て言ってたんだ?」
「カーミリアさんは『そのままくたばれ変態』って言ってたよ。いやぁ、照れ屋さんだよねぇ」
「それ俺嫌われてないか!?」