Flag9―影―(7)
「気にするな、コーチ。口が滑っただけだ」
「絶ッ対ぇ嘘だ」
「何だ?! コーチもツカサの言うシリって魔法を知っているのか!?」
「魔法……? エルちゃん何言ってんだ? シリってのは只単にツカ――」
「シャイニングリーゼントォ!!」
「ど、どうしたのだツカサ? 急に叫びだして……。そしてシャイニングリーゼントって何だ?」
「知りたいか……エル?」
「う、うむ……どうしたんだツカサ……少し怖いぞ……?」
「本当に……本当に知りたいか……?」
「し、知りたいぞ……」
「そうか……なら言うぞ……」
「い、いや! やっぱりちょっと待ってくれ……心の準備をさせてくれ!」
「何してんだよ、お前ら……。別にそんなの気にし――ァ!? 目が! 目がァッ!?」
……よし。目付きの悪い馬鹿(変態)は黙ったし、後はこの無垢な幼女みたいな少女を丸め込むだけだ。
「よ、よし……良いぞ、ツカサ。……言ってくれ……」
「そうか。本当に言っても……良いんだよな?」
誰かさんを参考に、出来るだけ黒い笑みを作るように心掛けながら俺はエルに問い掛けていると、制服の裾が数回、軽く引っ張られている事に気が付いた。
「ノスリ? どうしたんだ?」
その裾を引っ張っていた人物である妹によく似た銀髪の少女に、俺は目を向けながらそう言うと、その少女は気のせいか血色の悪い顔を俺に向けながら、小刻みに震えている手で指を指す。
何も喋っていないのにも関わらず、その行動には目が吸い寄せられ、それは他の皆も例外ではなく、このテーブルに座るほぼ全員の目が吸い寄せられ、指差す先を見遣る。
そうして――
「「「「あっ……」」」」
――そこにはさっき参考にさせて頂いた方が、俺の笑顔なんて比にならない位に素晴らしい笑顔を浮かべていた。
しかし……そのダークレッドの瞳は笑っていない……。
「ふふっ、皆さん楽しそうですね……」
蘇る過去二回の恐怖。
「ああ……ぁ……ッ……」
初めてそれを見るエルの血の気はみるみるうちに引いて行き、言葉に詰まり、
「お、落ち着こうぜルーナちゃん……。ほら、こ、ここは学食の中だし……ほら……な?」
それが二回目のコーチは弁明に走る。
あのノスリは小刻みに震え、レディは「あわわわ……」と挙動不審に陥っている。
「そうですねぇ……確かにコーチさんの言う通り、ですねぇ……」
一方ルーナは少し小首を傾げて何かを吟味。
「それでは、みーんな仲良く……表に出ましょうか」
しかしその果てに生み出された結果は変わらず、逃れられるかと抱いた一縷の淡い期待は淡いままに終わった。
……いや、終わったのは期待だけではないのかもしれない。
いやぁー……短い人生だった……。こんなにも呆気ないなんて……。
「嫌だぁ! 俺はまだ、まだ死にたくない! まだ死ねない!」
諦めの悪いコーチは声を荒げて喚く。
コーチ……そんなにごねたって無理だ……俺達にはもう為す術はないのに。
だってこの状態のルーナは最凶だから。最凶に勝てるとしたら、そんなの最凶くらいだ。
しかしそんなものは居ない。よって俺達はもう諦めるしかないので…………いや、居る。居るではないか! 最凶ではないけど最強が、限りなく最凶に近いけれど最強がこの場には。
「カーミリアさん!」
俺はその最強の名を叫ぶ。
そうしたことによってその事に気が付いたコーチとレディとエルは、ハッとした表情を浮かべ、期待の色を瞳に滲ませた。
「嫌よ」
綺麗なフォーク捌きでパスタを口に運んでいたカーミリアさんは、一度手を止め、そう言い、何事も無かったかの様に食事を再開する。
流石カーミリアさん。全然ブレない。マジぱねぇす。
「頼む……いや、お願いします。このままだと俺達は明日があるかわからないんだ……」
「アタシは明日があるから構わないわ」
「あれだぞ? 罪のないレディとエルまで巻き込まれるんだぞ?」
「おい、ツカサ。俺も無実のは……カーミリアさんどうして手に雷をあばばばばばば!?」
コーチ……お前のことは忘れない……。
「騒がしいわね……ゆっくり食事を出来たもんじゃないわ。それに、元々はアンタが原因じゃない」
カーミリアさんは溜め息をつき、フォークをパスタの器に掛けて再び手を止める。その隣ではケトルが「ウフッ」と悪戯っ子のように笑みを溢していた。
ケトルに抗議の視線を送ると、ケトルは「大丈夫よ」と声には出さずに口だけ動かす。
本当に大丈夫なのかと心配になったが、しかしそれは杞憂だったらしく、ケトルが大丈夫だと言ったすぐ後にカーミリアさんは顔をルーナに向け、語りかけ始めた。
「カタルパ。今は食事中よ。冷めると勿体無いし、今は止めておきなさい」
「そう……ですよね……。すみませんでした……」
おおっ、効果覿面。ルーナはしょんぼりとして、先程まで溢れだしていた圧倒的な威圧感は収まる。ルーナの話を聞く基準はわからないが、カーミリアさんの言葉は聞くらしい。まあ、俺達が原因だから聞かないのは当たり前なのかもしれないけど。何はともあれ、カーミリアさんに感謝だ。
雷を浴びたせいか、未だにふらふらと意識をさ迷わしているであろう変態を除いた俺達三人はここぞとばかりに空気を吸い、生を実感する。
無表情ながらも震えて、俺の制服の裾を掴んでいたノスリの力も弱くなる。
余裕を見せている様に見せて冷や汗を額に浮かべているユーリも固いながらも薄っすらと安堵の笑みを浮かべた。
……が。
「食事が終わったら好きにして良いわよ」
そう言ったのは女王様。パアッと笑顔に……黒い笑顔になるルーナ。沈み行く様に表情が褪せて行くのが、自分の事ながらわかる俺。
「はい! 司さん、食事後が楽しみですね」
哀れみの表情を浮かべる皆々様方。薄情な奴らめ……。
「ところでさー、皆日曜日ってどうするの? 良かったら皆で行かない?」
その上、まるで俺の事は無かったことの様に話し出すレディ。さっきまでフォローをしてくれていたのに……諦めたのか。……そりゃそうか、あのルーナには勝てる気がしない。ちくしょう。
「あー……俺は用事入るかも……」
「コーチ君にしては珍しいね」
「レディちゃん……俺が年中無休で暇なヤツだとか思ってねぇか……?」
「えっ……違うの?」
「いや、強ち間違ってはねぇけど……」
「良いな! エルは賛成だぞ! なあ、ヴァル! ヴァルも行くよな?」
「ええ、勿論。俺は貴女の従者ですから。……ユーリ様も参加しますよね」
「えっ? 僕かい?」
「ユーリも来るんだな? よし決まりだ! エル達は参加するぞ!」
「えっ? えっ?」
「どうする? ラナちゃん」
「あ、アタシは別に……」
「ウフッ! ワタシ達も参加させてもらうわん」
「ちょっとケティ!」
少し拗ねた表情を見せるレディに、申し訳なさ気なコーチ。目を輝かしているエルと微笑みを浮かべるヴァルに、戸惑いながらも少し嬉しそうなユーリ 。更に悪戯っ子のように笑うケトルと一見不機嫌そうな態度を取るカーミリアさん。と、目の前ではよくわからない事が、俺を置き去りにして次々と決まって行く。