Flag9―影―(5)
「話を戻すけど、私が言いたかったのは貴方には十分に利用価値があるってことよ」
「ありがとうございます……?」
「貴方って素で人を振り回すのね……マイペースと言うかなんと言うか……」
あれ……? 何でティアナ会長は頭を抱えてるの? ……何か間違えた?
「あのー……どうかなさったんですか……?」
「気にしないで……少し疲れただけだから……話を戻して良いかしら……?」
「はい……」
ティアナ会長は疲れたと言うよりは何かを諦めた様な表情を浮かべて話を戻す。戻した先の話題は、さっきティアナ会長が言った『明るい話題』と見て良いだろう。
「貴方の差別についての問題なんだけど」
全ッ然明るくねぇじゃねぇか。むしろ暗い。少なくとも今のティアナ会長みたいにを微笑みを浮かべて話す様な話題じゃない。ティアナ会長は俺にマイペースと言ったが、俺からすれば、ティアナ会長の方がよっぽどマイペースだと思う……。
そのティアナ会長はというと、俺の目には真っ黒にしか写らない笑みを俺に向けながら、どうしたの? と更にそれを助長する問いを投げ掛けてきた。
「何もありません……それで、解決策でもあるんですか?」
「確実に効果がある、なんてものは無いわね。けど、方法が無いわけではないわ」
「その方法とは……?」
「貴方は使い魔召喚って知っている?」
「知らないです」
「ずっと苦しみ続けなさい」
「えっ、酷っ……」
「はぁ……貴方は何をしにここに居るのよ……。少し位そう言うのも知っておきなさい。良い? よく聞きなさい……」
ティアナ会長によると使い魔召喚と言うのは、二年の初めに行われる大規模な魔法行事で、異界の生物を召喚して契約を交わすことが目的らしい。
また、召喚した生物と契約をするには危険を伴う可能性があるため、召喚を行うか否かは本人の意思によるそうだ。
ちなみに、魔法行事と言っているが、実際、召喚魔法と言うのは魔術との区別があやふやらしい。なんでも、契約武器や使い魔を召喚する時には魂魄を媒体にしているそうな。
話は本筋に戻るが、ティアナ会長の方法と言うのは、俺が使い魔召喚を行うことらしい。
「まず、貴方を見下している人間は大きく分けて三種類居るわ。一つは貴方の周りの環境……さっきも言った英雄、貴族、七英雄、実力者が揃っており、尚且つその面々と貴方が友好的な事が気に入らない勢力ね。簡単に言うと嫉妬しているのよ。貴方の周りの人々は貴方を守ってくれているけれど、残念ながらそれはこの種類の勢力と貴方との間の亀裂を大きくするのを助長しているわ」
確かに……この国で七英雄及びその血族は尊敬はされており、彼ら彼女らへの畏怖の念や、憧れといったものは非常に強い。
「とは言え、それは今回偶々表層に出てきただけで、転校生として貴方がやって来てた時から存在していたのでしょうけど」
それってその勢力の人達は今みたいなタイミングじゃなくても遅かれ早かれ何かして来たって事だよな……。まさか恨みを買っていたとは……。
「二つ目は貴方を悪い意味で特別視している勢力よ。その勢力の頭の中では、貴方は《牢獄の住人》であり、この世界の人間よりも愚かで劣っているとでも考えているのでしょうね」
つまりよくある理由か……。噂とかだけで人を判断したり、少し違うってだけで差別する。……やっぱり快い話ではないな。
「そして三つ目。その場の雰囲気や流れに身を任せて、何となくで貴方に嫌がらせをしている勢力。要は自分の意思が少なかったり、良い話ではないけれど、人間関係上で弱い立場に居る連中ね。だけど、属する人数は三つの中で一番多い。私はこの勢力が一番重要だと思うわ」
「どうして一番重要だと……?」
「身分制度のない国で、その国の意向を決定するものはなんだと思う?」
「……民の意思、でしょうか?」
「そうよ。けど、大まかに分けても人それぞれ性格が違うように、その意思というものもそれぞれ違うわ。なら、その時優先される民の意思はどういったものかわかる?」
「一番多いもの……つまり、ティアナ会長は俺に友好的な人達を増やす……と言うか、非友好的な人達の勢力を少数派にしろ、ということでしょうか?」
三つ目の勢力が重要だとティアナ会長が言ったのは、一つ目や二つ目の勢力に便乗するように存在している彼等は、一つ目や二つ目が三人だとすると、五人、の様に、一つ目や二つ目をこちら側に引き込むと同時に得られるにも関わらず、一つ目や二つ目よりも多い人数が得られるからなのだろう。
「ええ、そうよ。そこでうってつけなのがさっき言った使い魔召喚。そこで上手く行けば、貴方は一つ目の勢力に力を誇示出来る上に、二つ目の勢力にも変わらない人間である事を示せる筈よ」
「変わらない人間か……」
「どうかしたの?」
「俺とこっちの人が本当に変わらないのか、違いがないのか、正直なところ、よくわからないんです」
俺もこちらの人達と変わらず、魔法を問題なく使えているが、実際、何かの検査をしたわけではない。だから見た目こそ変わらないが、根本的に違うのかもしれないし、もしかしたらその違いと言うのが、大昔の戦争の原因になるような違いだという可能性だってある。
ティアナ会長は俺の言葉に対して「くだらないわね」と呟く。
「貴方の言う違いは一体どんなものなのかしら。外的? それとも内的? どちらにしろくだらないわね。少なくともこの世界には、種としては違うけれど意思の疎通を図れる生物が人間以外にもいる。それでもいがみ合う事なんかせずに協力しているわ。少なくともこの国では出来ているじゃない。どう? 貴方の思う違いなんてきっと些細なものでしょう?」
「確かにティアナ会長の言う通りですけど……それを言ってしまうと、こんな会話をしていること自体少し矛盾している様に思うんですが……」
「ええ、しているわよ。馬鹿馬鹿しい事にね……。こんな過ちは今まで幾度も繰り返して来たことの筈なのに、どうして理解出来ない輩がいるのか、理解し難いわ。……まあ、結局これも同じで、話したって意味のない議論なのかもしれないけどね……貴方はどう思う?」
あっちの世界でも、今も昔も言えること。この世界との共通点。皮肉にも、一番始めに明確に気付いた共通点。
「俺は……いつかは分かり合えたら良いと思います。少しずつでもいつか必ず……」
だけど、レディと話した時に知った……いや、気付いた事もある。
「……酷く曖昧ね」
「それでも俺は良いんですよ」
「その上、自分勝手な理論ね……。はぁ……使い魔召喚までの期間をどうするかとか、他の対策とか話そうとか思っていたのが馬鹿らしく思えてきたわ。むしろ、何の対策も必要なんてなかったのかもしれないわね。……もう良いわ。教室にでも戻りなさい」
「それはそれで問題があるような……」
「だって私は貴方が大丈夫なら別に構わないもの」