表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TWINE TALE  作者: 緑茶猫
119/179

ユヌブリーズの休日(8)

 その上、コーチ君は「じーさん! あんたすげぇよ!」などと老人に言ったと思ったら何故か凄く熱く語りかけているし。何だその全て素晴らしいって……いや、間違ってはいないだろうけれど、僕は膝の裏が……じゃなくてどうして老人と仲良くなっている? 熱い握手を交わしている?


「ユーリ」


 またしてもツカサ君が僕の名前を呼ぶ。無茶言うな。


「君が出来ないなら僕にも出来ない」


 きっと確実にツカサ君の方が僕よりこんな時の対応に慣れている筈なのにどうして僕に言うのか不可解だ。彼の中の僕のイメージは一体どんなものなのだろうか?


 文句でも言ってやろうかと思ったが、彼らのやり取りをみていると、やはりツカサ君が何とかしてくれそうなので傍観に徹する事にした。


 コーチ君とツカサ君の間で繰り広げられる悶着を、飽きないのだろうかと考えながら眺めていると、老人の奇妙な動きに気付く。


 注意深く見てみると、老人は微笑みを妖しい笑みに変え、持っていた杖を軽く地面に打ち付けたと思うと、ツカサ君の背後に移動していた。


 そしてツカサ君がその事に気付くと、老人はその口角を更に吊り上げて嬉しそうな、されど邪悪な笑みを浮かべる。


 これは面白い事になりそうだ。何をする?


 見た感じ老人は悪人には見えないのでツカサ君が危ない目に遭う事はないだろうが、それでも老人が力の一端を使ったのだ。きっと何かの目的があっての事だろう。



 尻を揉んだ。



 ……は? 何この無駄な力の使い方。ツカサ君ではないけれど、敢えて……いや、そうしないと気がすまない。彼みたいな言い方をするならば。


 僕の期待を返せ。


 嬉々とした表情で染々と言葉を紡ぐ老人と、未だかつて見たことが無い程に目が笑っていない笑顔を浮かべる同級生。……一体何なのだこれは。


 一応、傍観に走っていたもう一人の同級生の様子を窺うと、笑っているだろうと思いきや、真剣な顔付きで二人の様子を眺めていた。


 どうしたのだろうかともう少し様子を窺い続けていると、彼は僕に気付いたのか、少し横目で僕を見た後、呟く。


「男の娘か……」


 ……何だろうか。意味はよくわからないけど、ツカサ君は逃げた方が良い様な気がした。


 その当の本人であるツカサ君は、自身の契約武器の能力を利用し、緑、白、紫の輝きを放つ属性強化を身に纏っている。


 風、光、雷の三属性と見て問題なさそうだ。僕と戦った時は二属性だったが、三属性も出来るのか……一体あれは何属性まで混ぜられるのだろうか?


「あいつ……本気だ……」


 コーチ君の呟きが耳に入る。


 なるほど、少なくともツカサ君のこれは本気なのか。是非手合わせしてみたいものだが、これはこれで面白くなってきたので今は干渉しないでおこう。ツカサ君の本気と老人の力、中々に見物だ。


 僕の視線の先で、そのツカサ君は老人に向けて走り出すも、勢い余ってだろうか、通りすぎてしまった。……だが、速い……。


 速度に長ける三属性を合わせるとここまでも速くなるのか。凄い。ゾクゾクする。血が滾る。


「……ツカサの奴マジの舌打ちしてんじゃん……どうするユーリ?」


「今のツカサ君と一度手合わせしてみたいね……」


「お前人の話聞いてねぇだろ……」


 いきなりコーチ君に問い掛けられ、正直に答えると何故か溜め息をつかれる。僕は正直に答えただけなのに、何故だろう……。


 目をツカサ君達に戻すと、ツカサ君が今度は通り過ぎることもなく老人に掴み掛かろうとしているところだった。


 だが、ツカサ君の指が老人に触れる直前、老人がさっきツカサ君の背後に回った時の様に杖を地面に打ち付けると老人の姿が消え去り、少し距離を置いたところに現れる。


 やはりあの杖は契約武器……だが、あれが仮に瞬間移動をするものだとすると、最初の風の説明がつかない。それに風により移動速度を速めている様にも見えない……となると、杖、もしくは風については何らかの魔導具によるものだろうか……? しかしそんなもの見たことはおろか聞いたこともない。


 だとするともっとも順当なのはやはりあの杖が瞬間移動か、それに準ずる能力を持ったもので、風は純粋な実力であると言うことになる。


 この老人は一体……。


 考え事をしていたせいで無意識の内に外してしまっていた視線を、戦っていた二人に再び戻すと、いつの間にかツカサ君が老人から杖を奪い取っていた。


 正直な所意外な展開。決してツカサ君を侮っていた訳ではないが、ここに居る誰一人として、老人に敵うとは思わない。それはきっと、例え僕とツカサ君とコーチ君の三人がかりであっても。


 杖と刀、その二つを掴むツカサ君に対して右手に雷の属性強化を施す老人。一見地味な行動だが、その纏った雷にはムラがなく綺麗で無駄がない。


 そうして――


「――〝転移(トランスファー)〟」


 そんな言葉を、口にした。


 それと共に浮かび上がる青白く輝く《ヘキサグラムの魔法陣》。それは一瞬の出来事で、気が付く頃には老人はツカサ君の背後に現れ、その静かな雷を纏っていた右手で、彼に触れていた。


 ツカサ君は地に伏せ、表情を驚愕に染めたまま呆け、老人が笑いながら杖を拾うと、悔しそうな表情に顔を歪める。


 何やら老人によると、彼の契約武器の能力は魔法の発動を置き換える能力らしい。通りで発動時に魔法陣が見えないわけだ。


 だが、今それは僕にとって大した問題では無くなっていた。


 少しして、老人は地に伏すツカサ君に助言を与えている。恐らくあの老人は――


「礼には及ばんよ。良いケツのおなごに出会えたのじゃ」


「「ぶふぅっ!!」」


 考えが吹き飛んだ。


 一斉に吹き出してしまう僕とコーチ君。幸いツカサ君には聞こえていない様だ。込み上げてくる笑いを押し付けて考え事をしようにも……駄目だ。集中出来ない。


 可哀想だとか思ったら駄目だ……。わ、笑うな……堪えろ……。


 その込み上げてくる衝動を必死に堪えながらその原因兼被害者を横目で見ると、彼は老人からの助言が効いたのか、正しく甲冑と呼べるような属性強化を纏い。先程よりも見違えた動きで老人を目指していた。


 だが、彼のその腕は届くことはなく、空を掴んだ。


 老人は何処かへ消え、戻ってくる様な感じもしない。何処か別の場所に転移したのだろうか。


 ……適切な助言と、それをする為の観察眼。やはり、と言うか、一つしかない。


 ツカサ君は悔しさや呆れが伝わってくる様な表情を順に浮かべ、最終的に少し笑みを見せた。


『良いケツのおなご』


 ……あっ、駄目だ。


 彼を見ていると頭に過る。こちらに批判的な視線を向けている彼には悪いが近付いてこられると尚一層。


「楽しそうだな、お前ら」


 僕とコーチ君は笑ってしまうのを隠そうと堪えるも、端からわかっていたことだが無駄に終わる。


「ぷっ、大変だったなツカサ……ぷぷっ……」


「ふふっ……だ、駄目だよコーチ君、笑うのは。ツカサ君が可哀想じゃないか……ふふっ……」


「良いケツしたおなご……」


「ぶはっ! ……ひ、卑怯じゃないかコーチ君。さ、流石にそれは……ふふっ、あはははははは!」


 いくらなんでも、ツカサ君が目の前に居る時にそれは威力が強すぎる。


 そんな風にツカサ君をからかっていると、ツカサ君が《暦巡》を振り下ろしてきた。


「おおっと手が滑って《暦巡》が大切な友人達の元へー! 更に手が滑って属性強化までしちゃったー! うわー能力で《暦巡》にまで属性強化出来ちゃったー!」


 凄く棒読み。白々しさが溢れている。いや、白々しさしかない。


「うっわ、わざとらし!」


 だけど……。


「良いね。面白い、受けて立とう!」


 どれだけ変わったのか見てみたい。まさかコーチ君と共闘したり、呆気なかったり、魔力切れで直ぐに倒れたりするとは思わなかったけれど、それでも不思議と悪くはない時間だった。



 だが……あの老人は、あれほどの老人が、どうしてこんな時にこんな場所に居たのだろうか。


 それだけが少し……引っ掛かりとして残った。





   ‡  ‡  ‡





 僕がこんなにも笑うとは思わなかった。


 僕がこんなにも強くなりたいと思っていたとは思わなかった。


 それはいつか失った昔の様に、取り戻したかった日々の様に、取り戻そうとした日々の様に。


 まさかこんな風に感じる出来事が起こるとは思わなかった。


 失われた日々は戻っては来ないけど、今の日々が本当に昔の様だとは限らないけれど。例え昔に近いものでもいい。今度は失わせない。二度と過ちは繰り返さない。


 そして昔失ったものも、取り戻す。


 まだまだ課題は多い。それも今日実感した。時間も掛かるかもしれない。まだ昔みたいにはなれないかもしれない。昔以上になれないかもしれない。


 けれどそれでも良い。それで今よりも変わるのなら、少しでも変えられるのなら意味はある。


 僕は無力だ。それを知っている。


 僕は非力だ。それも知っている。


 あの時、僕は立ち止まった。


 道の先が見えなくて、果てしなくて、遠くて。世界から目を逸らした。


 只々、足下を見るだけで、回りの景色も、道の先も歩んできた道のりも、何も見ようとしなかった。


 それが楽だったから。


 見たくなかった。耐えられなかった。……逃げられなかった。


 一度立ち止まったなら、もう一度立ち止まる事は楽だ。楽する方法を僕は知っている。だが、その時広がる虚しさも知っている。


 だから僕はどれだけ遅い歩みでも良い、もう二度と立ち止まらない。


 そう、僕は刻んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ