ユヌブリーズの休日(6)
「ああ! なるほどね!」
コーチ君はいきなり、わざとらしく大きい声でそんな事を言い出し、笑いだす。何だろう、何もされていないのに何故か腹が立つ。
「つまりお前は俺に負けたのを認めたって事じゃねぇか」
「負け? 一体僕がいつ負けたんだ?」
「だってさ、さっきは力加減も出来ない位に焦ったってことなんだろ? 俺はまだ余裕があった。つまり俺の勝ちだ」
「どうしてそんな理屈が通る? 別に僕は負けたなんて認めていないじゃないか」
「ぷぷぷっ、どっすか? 敗北者の気持ちはどっすか? 楽しいっすか? こんなのに負けた気持ちどっすか? ん? お? 何も聞こえないっすよ? 早く聞かせて下さいよぉ。ねぇ、今の気持ち教えてぇ、早く早くぅ」
「〝吹き飛ばせ〟」
演習場を暴力的な風が駆け抜ける。僕らの以外にも人が居たような気がしたが構わずに放った。どうせ死にはしないだろう。
「あっぶねぇ……なっ!」
風により舞い上がった砂塵の中から、鋭い目付きで、少し煙たそうな表情でコーチ君はそう叫びながら飛び出してくると、彼は自信の契約武器の槍を振り下ろして来た。
「その割には君も本気でやり返してきているじゃないか」
僕は脚に風の属性強化を纏わせ、横に身体を捻りながら地面に手をつけ、重心を手に移動する。そして地から足を離し、捻った身体を戻しながら腕の力で空中に飛び上がる事で《執行のジェス=クロワイド》を避け、更にそこで脚に纏わせていた風の魔力の刃を打ち出した。
「〝光鎧〟! 本気はどっちだよ、馬鹿野郎!」
しかし魔力の量を増やしているのか、コーチ君は光の鎧で僕の風の刃を受けきると、白銀の槍を薙いでくる。
「何の事かな?」
僕は薄っすらと笑みを作って、そんな白々しい台詞を僕らしく吐き出して白銀のレイピアで迎え撃つ。
キンッ、と高い音を上げながら僕らの武器は弾き合う。
それでも相手に魔法を使わせる暇も与えず、また、僕自身も与えられずに何度も同じ音を繰り返して上げていると、何を思ったのかコーチ君が話し掛けてきた。
「ちょっと待て!」
隙あり。
「お、おい! あぶねぇじゃねえか!?」
「防ぐとはね。……けど、気を散らす方が悪いんだよ」
「だ、だから話を聞けってうおっ!?」
「今面白くなってきたところじゃないか! 器用な真似をしているけど、いつまで持つかな……?」
「お前こんな時にそんな顔すんのな!? 涼しそうに笑ってるけど言ってる事がすっげぇ物騒なんだけど!?」
「くっ……君も中々しぶといね」
幾ら隙を狙っても受け止められる……これが契約武器の能力を使わずとも学年の上位に入るコーチ君の実力か……面白い!
「そりゃ防がなきゃ斬られるだろうが!」
「良いね……もっと楽しませてよ……」
「だぁっ! 話し聞けって!!」
コーチ君は攻防に生じた僕の隙を突き、思いきり槍を振り下ろしてくる。しかし僕も反応し、レイピアで受け止めたものの、鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。
「良い、凄く良いよ! だけど僕だってそう簡単にやられるつもりはないからね!」
鍔迫り合いになった状態で、僕は契約武器の能力を発動しようとする。
「くそっ、ああもう、とにかく今は中断な!」
だが、その状態から押され、僕は意図とも簡単に体勢を崩されてしまった。
「…………?」
しかし、コーチ君は追撃もせずに僕の元から離れて行く。
そんな事をされては、僕も戦い続ける訳にはいかない。何故そんな事をしたのかと、不満を抱いたものの、コーチ君が向かう先を見たことで納得し、僕も彼の後を追い、僕もコーチ君の隣に並ぶ。
「ようツカサ、来ると思ってたぜ」
コーチ君が話し掛けたその“彼”は、男性であるにも拘わらず、女性の様に角のない輪郭に、茶色混じりの黒色をした大きな瞳と少し幼めの目鼻立ち、更に女性顔負けの綺麗な黒い髪とまるで雪の様に白く透き通った肌、“彼女”と呼ばれても不思議ではない、何かの間違いではないかと思ってもおかしくはない容姿していた。
「君の言う通り本当に来るとはね……」
ツカサ君の容姿も確かに驚きだが、彼がここに来ると予想し、的中させたコーチ君にも驚きだ。
しかし、コーチ君は「俺の勝ち越しだな」等と言い出す。
「それは勝ち負けに含まれていない筈だよ」
確かに驚きはしたが、だからと言って僕が負けたわけではないし、勝負をしていたわけではない。
「はんっ、『果たしてどうだろうね……ふっ ……』とか言ってすかしてた野郎にゃ言われたかねぇな」
「そもそも僕らは純粋に戦いで勝敗を決めようとしていた筈だよ」
「ぷっ、言い訳お疲れ様です」
「言い訳だと?」
「言い訳じゃねぇか。どうであれお前は俺に負けたのには変わりねぇだろ?」
コーチ君はどうやら中々に頑固者らしい。……なるほど面白い。
「ほぅ……つまり僕が程度の低い屁理屈を言う馬鹿に身をもってどれだけ愚かな事をしているのか教えれば良いんだね?」
「はっ……ははっ、おもしれぇ冗談じゃねぇか……負けを認めないクソ貴族様よぉ……」
暫しの間、視線を交差させ、お互いに同じ様にゆっくりと得物の切っ先を相手に向ける。
そして同時に相手へと駆け出した。
僕は風を体に纏い、コーチ君は光を纏う。
白銀の細剣と槍は音を立てて弾き合い、肉薄し、僕の血を滾らせた。
高速の世界で行われる駆け引きは、先程よりも激しく、自然と笑みが溢れてしまう。
「〝風よ〟」
繰り出される白銀の槍をいなし、弾いてコーチ君と少し距離を取り、自信の得物から生み出した風を前方へと放つ。
「チィッ! 〝ビロウ・リット〟!」
コーチ君も僕とほぼ同じタイミングで魔法を発動させ、僕たちの間では風と光がぶつかり、爆ぜ、砂塵を上げる。
「〝風よ〟」
視界が悪く狙いがつけにくいが、僕は直ぐ様追加で風を放つ。
風の塊は砂埃を巻き込みながらコーチ君の元へ向かって行くと、コーチ君はそれを属性強化を施しながら白銀の槍で受け、少し吹き飛び、着地すると共に、巻き起こる砂塵の中、彼も仕返しとばかりに光の初級魔法を放ってきた。
光の魔力の塊は避けるまでもなく、僕の足元に着弾し、僕の足へと砂をかける。……なるほど。余裕、か……。
「良いねぇ、〝吹き飛ばせ〟」
僕は《宣告のフルール=アッティア》の剣先を、僕の愛剣と親い槍を両肘で挟んで首後ろに通し、不敵な笑みを浮かべている彼に向けると、僕も彼に似たな笑みを浮かべ返しながら風の奔流を発生させた。
更に大量の砂が舞い上がり、余計に視界が不明瞭になるが、構わずその中を駆け、細剣を振るう。
「中々やってくれるじゃねぇか……」
「おや、君が所望したんじゃなかったのかい?」
細剣は槍に受け止められてしまう。中々こちらの攻撃が通らずに歯痒い。その上、コーチ君を見る限り少し砂を被っているだけで無傷だ。
「そんな変な趣味なんざねぇ……よっ!」
「くっ……! そうかい。まあ、君の趣味なんてどうでもいんだけどね!」
「俺にとっちゃ重要な問題だ!」