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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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ユヌブリーズの休日(3)

「慣れ、ですよ。最初は俺もユーリ様みたいに、これだけで疲れていたものです」


 身も心も朽ち果てそうになっている僕とは対称的に、ヴァルはさっきと変わらず元気……いや、戦利品を手に入れられた喜びからか、さっきよりも元気になっている気がする。


「慣れか……」


 小さい頃、母上とよく市場には来ていたが、母上はディルクの店で値切って買い物していたので流石にこんな体験は初めてだ……。


 まさかヴァルの筋肉質な体はこれで鍛えられていったのか……?


「ええ。あっ、これからこの後何軒か梯子するんですけど、ユーリ様も一緒に如何ですか?」


「いや……遠慮させてもらうよ……」


 こんなのを梯子だなんて僕の身が持たない……。


「そうですか……今日は狙い目が多いのに残念です……」


 そもそも僕が買い物をする必要はないのだが、それでもそんなに残念がられては流石に心が痛む。


「また今度、機会があればね」


 その為だろうか、そんな言葉が、自然に口をついて出ていた。


「ええ、是非!」


 ヴァルはそんな機会が来るとは限らないのにも拘わらず、そう即答した。


「ねえ、ヴァル……君は本当に僕の言葉で喜んでくれているのかい?」


 失礼な言い方だったとは自覚していた。


「ユーリ……様……?」


「い、いや、何でもない、忘れてくれ。じゃあ僕は行くよ。狙い目、買えたら良いね」


 僕は自分から話を振ったのにも拘わらず、困惑しているヴァルを置き去りにして立ち去った。


 僕は振り返りもせず、人混みを掻き分けて進むけれど、思うようには進まなくてもどかしい。


 僕は……また……。


「くそっ……」


 そんな風に悪態をついた時だった。


「キャッ」


 人にぶつかってしまったらしく、正面から軽く衝撃を受け、同時にぶつかった相手はそんな声を洩らして目の前で尻餅をついた。


 そのせいか、“彼女”が被っていたらしき大きなフードコートのフードは脱げてしまい露になった綺麗な空色をした髪の隙間から、同じく空色の大きな瞳と整った幼い顔が覗く。


 更に足元の部分は少しはだけてしまい、ショートパンツとそこから伸びる白く綺麗な脚が見えた。


 彼女は「ごめんなさい!」と何度も頭を下げているが、少しの間、僕は何も言えずにいた。


「君は……ノスリ=アビエスか……?」


 そうして、漸く言葉が出る。


「へっ……? あっ!」


 僕が口に出した人物によく似た彼女は、一瞬呆けた後、急いでフードを被り直した。


 何処と無く、何故か気まずい空気が漂い、お互いに無言になる。


「ねぇ……」


「は、はいっ!?」


 気まずさを脱却しようと話し掛けて見たのだが、彼女は過剰に反応し、余計に気まずい。


「あのさ……」


「ひぃっ!」


 もう一度話し掛けて見たが何故か怯ええられる。僕が何かしただろうか……?


 これでは話が全く進まないと困っていると、意外にも向こうから話し掛けてきた。


「あのー……」


 おずおずと、様子を伺う様に、腫れ物を扱う様な声音ではあるが、フードの奥からしっかりとした瞳で僕を見てくる。……そこまで腹を括らなければ僕に話し掛けられないのなら、そもそも話し掛けなければ良いのに。


「何……?」


「ご、ごめんなさい……」


「どうして謝るんだ? 別に今のは君に非はないだろう? それとも、何かした疚しい事でもした自覚があるのかい?」


「い、いえ! そんな事ないですけど……それならどうして私とぶつかった時、あんなに不機嫌な顔をしていたんですか?」


「……色々あったんだよ。別に君には関係ない」


 思わず突き放す様な口調で返してしまう。別に彼女は関係ないのに……これでは只の八つ当たりだ。


「ごめんなさい……そ、その……えっと……」


「すまない。キツい言い方になってしまったけれど、君に怒ったりしているわけじゃないんだ」


「えっ……? ならどうして……」


 彼女はもじもじと、何か言いにくい事でもあるのか、両手の指を頻りに絡ませる。


「なんだい? はっきり言ってくれないと僕もわからないんだけど」


「そ、その……どうして今も不機嫌そうなんですか……?」


「……何だか身構えている所悪いんだけど、僕は別に不機嫌じゃないよ」


「ごめんなさい……」


 彼女は僕が不機嫌だったりするわけじゃないと聞いても、相変わらずびくびくとしながらそう言った。そんなに僕は無愛想だったのだろうか? 十分落ち着いたつもりだったのだが、少し余裕が足りないのかもしれない。


「謝らなくて良いよ。それよりも僕の質問に答えてくれないか?」


 一度深呼吸をして今度こそ余裕を取り戻す。そして相手を怖がらせない様に出来るだけ柔らかな口調で僕はそう問い掛けた。


 すると彼女にそれが伝わったのか、まだ少し及び腰ではあるが、硬った態度がマシになる。


「なんでしょうか……?」


「失礼な事を訊いてしまうけれど、君は……ノスリ=アビエス……じゃあないよね? 縁者か何かかい?」


「い、いいいいいいえ! ち、違います! 関係ありません! 他人です、他人! 赤の他人です!」


「そ、そうか……」


「ええ、そうです!」


 ……怪しい事この上無いけれど、彼女がそう言うのなら追求するのはやめておこう。何しろアビエスは英雄ではあるが、謎や噂が多く、あまり深く関わるなと言われる程だ。


 とは言っても、所詮は噂。根拠の無い事なんて僕は信じるつもりはない。例えそれが真実であったとしても、今の彼女達が変わるわけでもない。だから結局、僕が知ろうが知らまいが関係ないのである。


 まあ、気にならない訳ではないけれど、本人が言いたくないのならば、それでも良いだろう。


 挙動不審この上ない彼女は、わざとらしく「あっ! そうだ!」と言い、問い掛けてきた。


「あの……全体的に黒髪で、一部が赤い髪の男の子見ませんでした?」


「黒髪……いや、申し訳無いけど見てないね……はぐれたのかい?」


「はい……。気付いたらいなくって……。ここで迷子になられると困るのに……」


 気付いたら居なかったか……それって迷子になったのは連れではなくて、彼女の方なんじゃないのかな……。


 しかしそれをいきなり、初対面の相手に言うのも気が引けるし、それとなく伝えよう。


「じゃあ、さっき君はここで迷子になられると困ると言ったけれど、何か急いでいたり、時間がなかったするのかい?」


「あの……その……」


「言うのが嫌なら嫌で良いよ。とりあえず人探しをすれば良いんだね」


「えっ……ど、どうして手伝ってくれるんですか……?」


「別に親切がしたいわけじゃないよ。只の気まぐれだ。僕が自己満足したいだけって理由じゃ駄目かい?」


「い、いいんですか……?」


「構わない。僕の我が儘みたいなものだし、それに君はここら辺の地理には詳しくはないみたいだからね」


「ど、どうしてそれを……?」


「只の勘だよ」

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