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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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ユヌブリーズの休日(2)

 向かった先に居たのは学院で僕の担任をしている教師と同じ位の年齢の、頭にねじり鉢巻を巻いた男性で、僕が近付いて来たのを見ると、理解しかねる高いテンションと、とてもいい笑顔で挨拶してきた。


「ああ、おはよう。僕に何か用かい?」


「かーっ、つれねぇなあ。用がないと呼んだら駄目なんですかい?」


「駄目だとは言わないが、もう少し自重してくれると嬉しいのだが」


 変な呼び方をされたせいで、一部の奥様方がひそひそとこっちを見て会話してるし。


「これでも坊っちゃんを見付けた嬉しさを抑えているんだけどなぁ……」


「もっと抑えてくれ……。それに、僕を見付けたからと言って君が喜ぶ様な要素は思い当たらないんだが」


「そうですかい? 最近の坊っちゃんは何か楽しそう……と言うか、昔みたいだから見るだけでも嬉いんですよ」


「昔みたいに……か……そう見えるかい?」


「ええ、エノーラさんが亡くなってから最近まではずっと死んだ魚の目みたいな目をしてましたからねぇ」


「死んだ魚の目って……」


「何だか虚ろな目で、話し掛けても今みたいに話をしてくれなくて正直怖かったでっせ」


 目の前の彼……ディルク=オベラートは笑ってはいるが、その表情に少し悲しさを滲ませている。


「それはすまなかったな……」


「いえいえ、今は坊っちゃんが昔みたいにエノーラさんに似た綺麗な目をしているだけで、それだけで良いんです」


 ディルクは優しい眼差しで僕の目を覗き込んだ後、今度は純粋な笑顔を浮かべた。


「そうか……ありがとう……」


「へへっ! 坊っちゃんにそう言って貰えるなんて光栄でっせ。けど、何かあったんですかい?」


「何か……無かったわけじゃあないね……」


「ああ、ぼっちの坊っちゃんに遂に友達が出来たんですかい!? いやー、喜ばしいですねぇ」


「どうしてディルクの中の僕のイメージはぼっちなんだ!?」


 いや、強ち否定出来ないし、大方当たっているけども、流石に失礼じゃあないか?


「そりゃあ、ぶっちゃけあんな目してる人と友達になりたいなんて言う人いないでしょう?」


「本当にぶっちゃけだな!」


 言葉使いの割に遠慮なんて言葉か欠片も感じない……。まあ、ここはこんな人ばかりで、いつも……昔と最近までと今、僕に対する態度は変わらないから今こうして居られたのかもしれない。


 ここの人達が居なかったらきっと僕はまだ以前のままだったのだろう。


「あれ? どうして笑っているんですかい?」


 ああ、僕は笑っているのか。


「いや、何でもないよディルク。只、ちょっと昔を思い出しただけさ」


「昔を……ですかい?」


「ああ、昔も母上と僕が買い物に来た時、こうしてディルクと話をしたことがあったなって」


 あの時はディルクが母上に振り回されていたけれど。


「そんなこともありましたねぇ……。エノーラさんは子供相手にも本気で値切りに来てましたから当時の俺も困ったもんでしたよ」


「困っていたのかい? 喜んでいた様に僕には見えたけど?」


 小さい頃の思い出を思い出し、また少し声を洩らして笑ってしまう。


「ありゃー! 見抜かれていましたかい。俺が小さい頃からエノーラさんは近所の憧れのお姉さんでしたからねぇ。結婚するって聞いた時は幼いながらもショックでしたよ。略奪愛してやろうかと思ったくらいで」


「僕は君が幼い頃からそんな発想をしていた事にショックだよ」


 年齢が一桁の時にする発想じゃない。


 僕の返答にディルクは声を上げて笑う。彼によると遠慮のない所とかが母上にそっくりらしい。失礼だ。


 けれど、ディルクにつられて僕も声を上げて笑ってしまった。そうやって笑う所も似ているらしい。全然誉めてないけれど、嫌味には聞こえず、何故か面白可笑しい。不思議なものだ。


 別に何の変哲もない、取り立て何ら特徴もないような日常会話だったが、それでも少しだけ、心が軽くなったような気がした。


「いやー、坊っちゃんにそんな目で笑われるとエノーラさんみたいでゾクゾクしやす」


 笑いが引いた。


 その後、ディルクは母上の事に話しだしたのだが、僕に母上の魅力について語られても反応に困る上に、鼻息を荒くしながら意気揚々と自分の世界に浸っていて何だか気持ち悪かったので、放置して市場の通りに戻る事にした。


 市場の通りに戻り、今度こそ通り抜けようとしていると、安売りでもしているのか、奥様方で賑わう……と言うか群雄割拠している店に知り合いの顔を見付け……目が合う。


 何だか面倒な事になりそうなので知らないふりをして素通りしようと思ったものの、腕を捕まれて断念。


 一応抵抗はしたが、如何せん僕の腕力はそんなに強くないため、そして相手が悪かったため、意味は無かった。


「どうして僕の腕を掴むんだ、ヴァル……」


 掴まれている腕は痛くはないが、僕の腕を掴んでいる目の前のクラスメイトも離してはくれなさそうなので、予想はつくが取り敢えず話を聞いてみる事にした。


「良いところにユーリ様が居たので思わず」


 厳つい顔立ちと髪型からは想像も出来ない言葉使いと口調でヴァルは答える。


 ヴァルは人当たりの良い笑顔で言っているのだが、可哀想なことに見た目が見た目なので、何も知らない人がこの図を見ると、きっと僕は危ない人に絡まれている様にしか見えないのだろう。


 だが、そこら辺に居る奥様方や店員は焦った様な表情や怪訝な表情は浮かべていないので、ヴァルが無害な人だと知っているようだ。


「それで……要件は?」


「買い物を手伝って頂けたらと」


 やはりか……予想は通りではあるのだけれど……。


「手伝うって……今からあれに突っ込めと……?」


 僕が指差した先は、朝の安売りに駆け付け、何とも勇ましく奥様方が犇めき合っている店の一角。


 もはや立派な戦場である。


「ええ、残念ながらエル様は最初に行ったっきり、着いてきてくれないので……」


 ヴァルは少ししゅんとして、エルシーの事を考えている様に聞こえるとても良い台詞を言っているのだが何故だろう。僕にはヴァルが悪魔にしか見えない。


 第一、いきなりこんな所に放り出されたら誰だって二度と来たくないって思うだろう……。


「というか、エルシーが来てないからって僕が参加する理由にはならないだろう」


 すっかり忘れていた。何故か僕が確実に参加する体で話が進みかけていたが、僕はまだ話を聞いている所であり、表明はしていないのである。


「安心してください。あそこまでは俺が連れていきますから」


「いや、辿り着くかどうかではなくて問題は辿り着いた後だろう!? 引っ張るな! そ、それに君は――」


「はいはい、話は後で聞きますから行きましょう」


「だから引っ張るなって言っ――うわぁっ!?」


 無惨にも悲鳴を上げてしまいなから戦場に放り出された僕は、身も心もボロボロになりながらも、何とか戦利品を手に入れて帰還することが出来たのだった。


「お力添えありがとうございます。お陰で良いものを手に入れられました」


「ヴァル……どうして君はそんなに元気なんだ……」

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