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TWINE TALE  作者: 緑茶猫
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ユヌブリーズの休日(1)


 見詰め直した世界は案外美しくって、色褪せたと思っていたものは、只僕が見ていなかっただけだ。


 色褪せた世界に生きるのが罰だと思っていた。


 本当はそれは思考を停止しているだけで、贖いは色鮮やかな世界でしか出来ない事だったのに。



 そんな簡単な事に気付くのが、僕は遅過ぎたんだ。






   ‡  ‡  ‡





「おはようございます、お坊ちゃま。旦那様が書斎でお呼びです」


 朝一番に耳に入った音は、聞き飽きた、機械的な、いつも通りの、女中のそんな声だった。


 いつも通りとは言っても、今日は要らぬおまけ付きではあるのだが、こればかりは仕方ない。


 無駄に染み付いた生活習慣は女中が来る少し前に、僕を夢から現実に引きずり起こす。


 少し前までなら何も感じなかった筈のその生活習慣が最近では疎ましく感じて、二度寝なるものをしてみようか、なんて事が頭を過るが、行動には移さない、少なくとも今日はやめておこう。


 けれども僕だって学生の端くれ、休日の朝位、もう少し自由にして欲しいものだ。


 それがこの世に生を受けた時から叶わない事だとわかっていても、とうの昔から知っていた事だとしても、昔の自分が生み出した結果であったとしても、無駄にした時間が多すぎたとしても、今まで通り何も変わらず望まないのか、今までとは変わって望むのなら、僕は確実に後者の“今”を選ぶ。


「ありがとう、もう起きている」


 扉の外から声を掛けてきた女中に素っ気なくそう返して、僕は腑抜けた表情を促している瞼と意識をはっきりとさせた。


 さっさと着替えを済まし、佇まいを直して、自分らしく堂々と自室の扉を開き、見飽きた無駄に広い廊下を闊歩する。


 向かう先は気が進まないが避けては通れない道。ならばその道を僕らしく堂々と踏み拉いてやろう。


 それが虚勢だと嘲笑われるかもしれないとしても、何もしないよりは十分マシだ。


 今見ると吐き気がしそうな程、酷く馬鹿馬鹿しく見える、見栄を張っているようにしか見えない扉を僕は数回叩き、声を発す。


「父上、ユーリです」


「入れ」


 温かみなんて微塵も感じられないそんなやり取りを経て、自動的に開かれた扉を潜って父の書斎へと足を踏み入れる。


「呼ばれた理由は理解してるか?」


 緑の髪を後ろに流した僕の父であるその男は、厳つい顔付きに見合った低い声で僕に問い掛けと言う名目で咎め立てた。


 ふざけた答えでも返してやろうかとでも思ったが、今はその時ではないと判断し、さぞ気まずそうに感じられそうな声音で返答する。


「魔闘祭の事でしょうか……?」


「名も知れぬ生徒に負けたらしいな。しかもそれが下賤で卑しい《牢獄の住人》を自称する様な頭のおかしい生徒だと聞く」


 嗚呼、馬鹿馬鹿しい。吐き気がする。これが母上の愛した男だと思うと、悔しくて、悲しくて。もしかしたらこうはならなかったのかもしれなかった事を思い出すと、逃げ続けた問題の一つと向き合い直すと、自分自身に憤る。


 立ち向かうことを教えてくれた彼の事を愚弄する言葉を今すぐにでも否定したい。


 だけど、今の僕はあまりにも無力で、これは過去の自分からの当て付けか、なんて言葉で逃避しそうになる。そんな矛盾した事を言い訳に使おうとしている時点でそれは全てにおいて自分が悪いのに。


「我々は何だ?」


 今更聞き飽きたと気付いた質問を父上は、低い声で威厳と共に僕に押し付ける。


「貴族、カリエールの一族です」


 ここはいつもの様に、然れど今日ばかりは心の中で皮肉な笑みを浮かべて言葉を返す。


「そうだ。そしていつも言っている筈だ。この国の貴族は名ばかりではあるが名ばかりではないと」


 貴族。それは帝国締約戦争……一般的に帝締戦と呼ばれている六十年前に終結したその戦争において、功労を認められた人々に贈られた栄誉。


 貴族というその称号は、人々の期待と尊敬を集める。それ以外にはそれ以上もそれ以下もない。だが、父上の言う通り、その名ばかりの称号がなんの意味もなさないわけではない。


 人々の期待と尊敬を集めていると言うだけで発言力というものが存在する。それは名ばかりの、権限を持たない貴族であっても同じ事。


「にも関わらず、あの没落貴族に感けているらしいな。あの様なものに時間を割いてどうする。没落貴族等、何の利用価値もない。無意味だ。あの没落貴族に付き従う従者も本当に物好きだな」


 不愉快だ。無駄に目敏い。いや、しつこい。こうしてこの人は僕を雁字搦めに縛り付ける為に、あの機械的な連中に僕を監視させているのだろう。


 けれど、それもいつも通りだった。


 何も変わらない、今となっては日常風景の一つだった。


 しかもそればかりか、僕の友人を、友人と呼ぶことさえ烏滸がましいかもしれないけれど、それを三人も鼻で笑い、同意を求めてくる。


 だが、この人は僕を見ていない。見えていない。見ようともしていない。


 この人が見ているのは傀儡の僕。見て呉れの僕。伽藍堂の僕。中身なんてどうでもいい。関係ない。必要ない。


 だからこの人は僕の考えなんて、変化なんて何も知らないし気付かない。察せない。


 察する必要なんてない。道具は使えればそれでいい。他のものは不要。それが今のこの人だから。


          ソーテーリアー

「ああ、そうだ。〝救いの手〟は使えるようになったか?」


 何の悪びれもなく、目の前の男はいつもの様に、見下す様に、無価値なものを見る様な無機質な目で問い掛けてくる。


「いいえ」


 端的に、今更になって震えそうになる言葉を誤魔化すように、僕は応える。


「お前はそれしか言えないのか? お前は誰だ? お前は私の息子だろう? 何だその体たらくは?」


 父上は僕に有無を言わせぬかの如く矢継ぎ早に怒りを孕ませた形式上の質問を浴びせてきた。


「申し訳ございません」


 只、僕はそう言うと、頬に衝撃が走り、じわじわと痛みが広がる。


 その後も父上は行き場の無い怒りを処理することが出来ない子供みたいに僕に罵詈雑言をぶつけてきた。




   ‡  ‡  ‡




 まだ少し痛みの残る頬を擦る。


 父上の書斎を後にして、朝食を手短に終えた僕は、外出様にさっさと身支度を済ますと、無駄に豪勢に改築された廊下なんか見向きもせずに通り過ぎて外へ、街へと出ていた。


 頬の痛みを和らげてくれる真冬の朝の風は優しく頬を撫でてくれている様で、そんなことはないのに、温かく感じる。


 景気の良い朝のリアトラの市場を横切っていると、パワフルな奥様方が鎬を削っていたり、店主と価格に関する熱い舌戦を繰り広げている風景が目に入る。


 カリエールの屋敷はとは正反対の様な場所だが、僕にとってはこちらの方が居心地が良い。


 それは極めて庶民派だった母上の影響なのか、それともこうして「おう、坊っちゃん!」や「あらあらあらぁ、ユーリ君じゃなーい」と昔と変わらず声を掛けてくれる人々のお陰なのか。


 そんな人々に会釈を返しながら進んでいると、この人混みでどうやったら見付けられるのかと感じてしまう程離れた位置にある店の軒先から声を掛けられた。


「坊っちゃーん、おーい、ぼっちの坊っちゃーん!」


 無視してやろうか。


 そんな考えも頭を過ったが、そんな事をする方が面倒な事になりそうなので無駄に大きかったその声の主の元へと向かう。


「おうおう、坊っちゃん! おはよーさん!」

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