Flag8―魔導―(12)
手短にって……散々引き止めてたのは誰だ……。
もう今更過ぎるのでわざわざツッコミはしないが、それはそれで癪なので目で抗議をいれておく。
「この学院は……どうして魔術学院なんですか?」
「さあ? どうしてだと思う?」
俺の問い掛けに対して学園長は、さっきの俺の抗議はなかったかの様に何の悪びれもなくそう言った。
‡ ‡ ‡
『魔導学院の方が適切だと思います』
『そうだな、私もそう思う。だが私の祖父は魔導という術を知るために魔術学院としたらしい。……まったく、ひねくれている上にややこしいことこの上ないな』
『学園長の性格は遺伝性だったんですね』
『どうだろうな……』
『わからないんですか……』
『私にもわからない事くらいあるさ。とは言っても、ここを魔術学院と呼ぶことに対しての違和感は、この世界出身である私にもわかるがな』
『なら、改名すればいいじゃないですか』
『……そうだな、それも良い。いつか……機会が有ればな』
ふと、昨日のやり取りを思い出す。
結局、学園長は俺に何を伝えたかったのだろうか。昨日の学園長の言い回しは何処と無く遠回しな言い方をしているような印象があった。
……とにかく、その真意――深意だろうか。どちらにせよ、今はわからなくとも、いつかはわかると信じておこう。
俺は昨日の学園長の言葉と、使えるのかわからないコーヒーの無料券を、学院に居ては珍しく穿く私服のスボンのポケットにしまい、寮の自分の部屋を後にしてリアトラの大通りへと繰り出した。
大通りへと出ると、平日の午前中であるのにも関わらず人で賑わっていることに驚く。
あっちの世界も都会ならば普通の光景なのかもしれないが、青見原町は都会の方ではないため、残念ながら俺の人混みに対する耐性は低い。
そのせいもあって何度も人波に流されそうになるも、苦八苦しながら何とか人混みを掻い潜り、演習場のある通りまでやってきた。
人の波に馬車(とは言っても足の多い馬が引っ張っているものだが)の通る道路に押し出された時は死ぬかと思った……。
この通りは演習場があるせいか、商店よりも飲食店が多いため、先程居たところほど人が多くはない。
人混みを抜けただけと言えど、どっと疲れた気がする……。
この際、使えるのかわからないが、コーヒー無料券もあることだし、休憩がてら《オラシオン》に行ってみよう。
……しかし、行こうにも何処にあるのかわからない。学園長はこの通りにあると言っていたが、そんなに簡単に見つかるものだろうか?
適当に歩き回ってみようか……? けど、休憩する為なのに探し回った結果、却って疲れるのも嫌だな……。
「はぁ……仕方ない、か……」
だからと言って動かなければ意味がない。少し探索して見つからなかったら素直に演習場に向かおう。
そう考えを纏め、少し歩いた時、突然何らかの物体が勢いよく目の前を通り去った。
その物体は、俺が歩いている左側の通路から車道を跨ぎ、右側の通路に面する店の壁にぶつかり、止まる。
「人……?」
その物体は紛れもなく人間で、若い男に見える。現在は壁にぶつかった衝撃のせいか、気を失い、伸びている。
しかし、あの速度で壁にぶつかったのにも関わらず、遠目で見ただけではあるが、不思議と外傷は見当たらなかった。
突然の光景に度肝を抜かれたが、道行く人の誰も男には目もくれず、目の前の出来事に動揺している様には見受けられなかった。
こういうことは日常茶飯事なのだろうか?
ルーナはリアトラの治安は比較的良い方だと言っていたが……。
とりあえず、男が飛んできた方向を確認して何故飛んできたのか確かめてみよう。
そうして直ぐに目に飛び込んでくる『喫茶オラシオン』という文字。
「…………」
……休憩するのやめようかな……。
いやいや、流石に学園長が紹介する様なところだから大丈夫だよな…………けど、あの学園長だからこそ物騒なところってのは有り得る……。
…………よし、入ろう。
もしかしたら魔術の話と同じで何か深意があるかもしれないし……きっと、うん……多分…………だったら良いなぁ……。
やっぱりやめようか、と自分のことながら不甲斐ない程に足踏みしてしまうが、不安がある反面、何故男が飛んできたのかと言った好奇心もあり、少し迷った結果、好奇心が勝ち、俺は意を決して足を踏み出した。
オラシオン入り口の取っ手に手を添え、押して中に入る。
すると同時に軽い透き通ったようなベルの音が店内に響いた。
店の内装はシックなアンティーク調で、独特のゆったりとした印象を受ける。
店内は外観に比べると意外と広く、入って手前にカウンター、左の奥の方にテーブル席が広がっており、ベルの音を聞きつけたのか、カウンターの奥のにある扉の方から『いらっしゃいませ!』と元気の良い高い声が聞こえた。
テーブル席に目を向けると、老人が読書に耽っていたり、主婦が数人でテーブルを囲って世間話をしていたり、タンクトップに作業ズボンの様なものを着た対格の良い男達が早めの休憩を取っていたりと、以外にも客層は広いらしい。
俺はテーブルとは対照的に空いているカウンター席に座り、店員がやって来るのを待つ。
待っている間にも数回ベルの音が響き、タンクトップに作業ズボンの様なものを着た男達が数人追加で入ってくると、既にテーブル席に座っている似ような格好をしている男達の近くの席に座った。
男達は知り合いの様で、「よう!」や「うぃーっす」等と言葉を交わしている。
その光景を遠目に眺めていると、漸くカウンターの奥の扉が慌ただしく開いた。
「遅くなり申し訳ございません! ご注文は如何なさいます……か……?」
カウンターの奥の扉から出てきた人物の言葉は、初めは勢いがあったが、段々と尻窄みに勢いが無くなって行く。
「どうしてここにいるんだ……?」
無理もない。その人物は金髪蒼眼で、大人びた美貌とは裏腹に活発な性格の、俺には理解し難い趣味を持つ女の子。
「レディ……」
我が一年C組のクラスメイトだったからだ。
「そ、それはこっちの台詞だよ! どうしてツカサ君がここに!?」
「あー、それは……」
学園長に、と言おうとしたところでふと気付く、さっきまで賑やかだった店内が、しんと静まり返っていたことに。
何があったのかと思い、テーブル席の様子を伺うと、何やら体格の良い男達が全員、突き刺さすような視線をこちら……いや、俺に向けているご様子。
『協定違反者が現れたぞ。違反者には罰を……罰を与えねばならん……』
『これは私怨ではない、天罰だ!』
『君!? 君って言った?! あれで君だって!? 俺もう何を信じれば良いかわかんねぇよぉぉおお』
『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス』
そんな声が微かに聞こえたのは気のせいであってほしい。
「どうしたのツカサ君?」
「……いや、何でもない」