Flag8―魔導―(9)
「……なあツカサ、貴様は魔法と魔術の違いは知っているか?」
学園長は唐突に、なんの脈絡もなく、何を思ったのか、そんな話題を振ってきた。
「魔法と魔術ですか……? そもそもの話、違いがあるんですか?」
「ああ、魔法は“魔の法則に乗っ取って行われる魔導”で、魔術は魔の術、即ち“魔の法則に乗っ取らない魔導”と言う違いがある」
「もう少しわかりやすくお願いします……」
「そう苦い顔するな、これだけで理解出来る人間なんて殆ど居ない。噛み砕いて説明しよう」
学園長曰く、“魔の法則に乗っ取って行われる魔導”とは、“無理の無い範囲で事象を改変する魔導”らしい。逆に言えば、“魔の法則に乗っ取らない魔導”は“無理に事象を改変する魔導”ということになる。
ちなみに「魔導」とは「魔」……つまりは魔力を導いて物事を行うことの総称らしい。故に、魔力を使用して色々な事が出来る道具のことを「魔導具」と呼ぶそうだ。
「なら、『無理の無い範囲』というのは何処までが『無理の無い範囲』なんですか?」
「そうだな……例えば、〝フレイ〟という魔法は何が出来ると思う?」
「小さな炎弾を放つ……位しか思いつきませんね」
「なら、〝ビロウ・フレイ〟は?」
「〝フレイ〟より大きい……詳しく言うと、〝フレイ〟に増加と拡散の性質が追加されていた筈です」
「うむ。なら〝フレイ〟を〝ビロウ・フレイ〟にする事は可能か?」
「魔力を込めることで〝フレイ〟の炎弾を大きくすることは出来ますが、〝ビロウ・フレイ〟にはならなかったと思います」
こんな話をしていると、ルーナに魔法を教えてもらった時を思い出す。結構最近の出来事なのに懐かしい気がするのは中々密度の濃い毎日だからだろうか?
ルーナが暴走して死ぬかと思ったり、変な組織の奴にボコられたり、転校初日でボコられたり、学院一の実力者にボコられたり、英雄にボコられかけたり…………何これ泣きそう。
「どうしたツカサ? 体調悪いのか?」
「いえ……そんなことないです。続きをお願いします」
学園長は怪訝な表情で俺の顔を覗きこんできたが、何事もないかの様に誤魔化す。学園長は今一納得はしていなかったが、直ぐに話の続きをしだした。
「わかった。ちなみにさっきの答えは正解だ。そしてそれが『無理の無い範囲で事象を改変する』ということだ。わかりにくいならば魔法陣を箱、魔力を果物、その合計の重さを威力に見立てて、箱に果物を詰めていく作業を想像してくれ」
「つまり〝フレイ〟を〝ビロウ・フレイ〟に近付けると言うのは箱のギリギリにまで果物を詰めていくってことですか?」
「ああ、そうだ。もしも魔力が大量にあれば効率なんて無視して〝フレイ〟で〝ビロウ・フレイ〟の威力を超えることも出来るが、それは箱一杯の果物の上に、零れることも無視して更に物を乗せていく様なものだ」
「となると、〝フレイ〟と〝ビロウ・フレイ〟の箱の違いは大きさや形、重さ、か……」
魔法は級が上がると、威力も上がる。だが、その分より難しく複雑な魔法陣になる。魔法陣の中心部に見える四芒星や五芒星は基本的に変わらないが、それを取り囲んでいる円の部分に書かれているものが変化してゆくらしい。
ちなみに、何故『らしい』のかと言うと、魔法陣を一瞬で見ただけでその魔法が初級なのか中級見分けるなんて俺には不可能だからだ。
しかし、極端な例を用いれば納得することも出来る。
それは『基本的』とは言いがたいが、《テトラグラムの魔法陣》だったり《ペンタグラムの魔法陣》だったり《ヘキサグラムの魔法陣》の違いだ。
それぞれ順に四芒星、五芒星、六芒星が描かれており、それに比例して難易度も上がってゆく。
《テトラグラムの魔法陣》と《ペンタグラムの魔法陣》の違いは、発動の際に体内魔力に加え、存在魔力を使用しているか否かだが、体内魔力に比べて存在魔力は扱いが難しいので《テトラグラムの魔法陣》からより複雑な《ペンタグラムの魔法陣》に自ずと変化するらしい。
そして《ヘキサグラムの魔法陣》は《ペンタグラムの魔法陣》からより複雑になったものであり、どちらかと言えば、自然的要因ではなく、人工的要因で“変化した”――無意識でなく意識的に“変化させた”ものなので、《テトラグラムの魔法陣》から《ペンタグラムの魔法陣》の様に「自ずと」なんて有り得ないので、使える人は殆どいない。
その代わり《ヘキサグラムの魔法陣》が現れる高難易度の攻撃魔法は、どれも絶大な威力を誇っているらしい。
それを踏まえると、級が上がった時に威力が上がる……即ち箱が重たくなると言うことの説明がつく。
「理解が早いな、そうだ。箱の形が変わると難易度も上がるというのは――」
「複雑な形の箱に、いかに果物を詰めるか……と言うことですよね?」
「……ああ、それで合っている。そこで『無理の無い範囲で』に戻るのだが、これまで同様箱と果物に例えると、言葉そのまま箱に無理なく果物を詰めているのが『無理の無い範囲で事象を改変する』となる。そしてそれが『魔法』だ」
「……なるほど、何となくですがわかりました」
つまり、箱に無理なく果物を詰めるのが『無理の無い範囲で事象を改変する魔導』であり、「魔法」であることに対して、『無理に事象を改変する魔導』である「魔術」は、箱に無理矢理果物を詰める事と表せるということなのだろう。
そして、『無理の無い範囲で事象を改変する』ということを『魔の法則』と呼んでいる。
「けど……俺の理解が正しいなら、魔術にあまり良い印象は持ちませんね……」
「いや、そんなことはない。貴様がどんな想像をしたのかはわからないが、“あまり”なんてものではない……魔術は良いものではない」
学園長はそう言うと、遠くを見るような目で、微かに自嘲する様な笑みを浮かべる。何か心当たりがあるのだろうか。
「と言うと、使うにあたって何か問題でも?」
「……むしろ問題だらけの代物だ。さっき魔術は『魔の法則に乗っ取らない魔導』、『無理に事象を改変する魔導』と言っただろう? そして箱と果物に例えるなら、箱に収まらない量の果物を無理に詰めるということ。ではツカサ、それは物理的に可能か?」
「いえ、箱や果物の状態にもよりますけど、普通に考えると不可能だと思います」
「そうだ。しかし魔術はそれを可能にする。例え初級魔法の大きさの箱であっても、最上級魔法と同じ量の果物を詰めることもな。これは“物理的”に見れば異常な事ではあるが、我々にとっては別段不思議ではない。本来魔導とは不可能を可能に、言うなれば『人工的に奇跡を、自然的に生み出す』ものだ」
そこまで言うと学園長は一度句切り、俺の理解が追い付いているかどうかを確認する為か、俺に視線を向けていたので、俺は学園長に向けて頷く。
どうやら俺の返しは合っていたらしく、俺と同様に学園長も無言で頷き、続きを話し出した。