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精霊さんが用意してくれた動くカカシ

 お月様が照らす夜中の雑木林(ほぼ跡地)。

 焦燥感に駆られながら一心不乱にわたしは魔術を放っていた。


「ファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッファイアーボールッ!」


 ああ、100日の修行で無我の境地へと至ったはずなのに。

 わたしの小市民ハートは壊れかけの洗濯機みたいにガタガタと悲鳴をあげている。


 ヘルマン伯爵はギヨームお父様と協力関係にある。しかし、ゲームでの彼は、ロシュフォールを裏切り、わたしの体を弄ぶ外道。つまり、明確な敵。彼の存在そのものが、バッドエンドに導くフラグ。


 そんな人が近くにいるだけで、ぞくぞくと鳥肌が立つ。

 肉食獣がうごめく大森林に、たった一人で放り出されたような恐怖が心を蝕む。



 すると、遅れてやってきたウィン先生がやってきた。

 しかし、ちょっと様子がおかしい。

 ゆするように体をそわそわさせている。背中でも痒いんだろうか?


「……こんな夜中に呼び出して話ってなんですか」


 不安そうで、それでいて何かを期待するような眼差し。

 とりあえず、わたしはさっさと本題を切り出す。


「ウィン先生、わたしに付き合ってください!」

「つ、付き合う!?」

「はいですわ!」


 くわっと目を見開いたウィン先生に、わたしは勢いよく抱き着いた。


「ちょ、えっ!?待って下さい、まだ心の準備がぁ、あくまで師匠という適切な距離をですね!」

「もっと強くなりたい、だから修行に付き合ってくださいまし!」

「……」


 がっくりと脱力したウィン先生が、ほっと息を吐いた。


「びっくりしました、なんだそっちの話か」

「そっちって、他に何がありますの?」

「い、いえ、こっちの話です気にしないでください」


 一体、わたしが何を言うと思ったのだろう?

 深呼吸して息を整えた彼女は、わたしが魔術を放っていた場所へ目を向ける。


「無駄打ちしても強くはなれませんよ」


「で、でもこうしてないとあのエロ狸に襲われる気がして落ち着かなくて!」


「え、エロ狸!?ちょっと修行のやり過ぎで頭がおかしくなってるのかもしれませんね。一旦お屋敷に戻って話し合いましょう」


「嫌ですわぁ!あんな穢らわしい性獣と同じ屋根の下だなんてごめんですの!」


「よしよし落ち着いて」


「ぶにゅ」


「ウィン先生がわたしの後頭部に手を添えて、強く抱き寄せる。


「強くなりたいなら焦っては駄目です。一歩ずつ着実に経験を積んでいくことが大切です」


「でも……わたしには時間が」


「急いては事を仕損じると言うでしょう。成長をするためには立ち止まって考える時間も大事。闇雲に魔術を放っても得られるものはありません」


「ううっ、はいですわ」


 まったくその通りだ。

 あせったところで、いますぐ強くなれるわけじゃない。

 少しずつ努力を重ねてこそ、強さとそれに伴う自信が育まれる。


 そんなことすら見失ってしまうとは、わたしはなんて浅はかな女なのだろう!

 それに比べてウィン先生ときたらロリっ子のくせに、前世のバレー部の熱血顧問ばりにいぶし銀な余裕を漂わせている。ああ、わたしも彼女みたいな余裕のある大人の女性になりたいなぁ。


「ふっ、それにヴィオレッドがこれ以上成長したら私の役目がなくなってお仕事がなくなりますし」


 全然勘違いだった。

 めちゃくちゃ金に汚い大人なだけでした。

 相変わらず本音が駄々漏れてる。


 ウィン先生はわたしを抱きしめながら、唸るようにつぶやく。


「うーん、強くなるなら魔術訓練だけでは足りないですね。やはり実践に勝るものはありませんから。良い稽古相手がいればいいんですけど……」


「じ、実践ですか」


「私でよければ相手をしますが?」


「だ、だめですわ!女の子相手に魔術は放てませんわ!」


 こんな可愛い子を火だるまになんてできるわけがないっ。

 あ、あれ?

 というか、そもそもわたしって誰かと戦ったりできるんだろうか?


 前世でも殴り合いの喧嘩どころか、暴力を振るったことも、振るわれたこともないんだけど……。


「戦闘で相手を選んでいる余裕はありませんよ」


「それはそうですけど……いきなりはちょっと、小市民なわたしには目標が高すぎるような」


 流石に嫌いな男性でも燃やすのはなぁ。


「侯爵家の貴女が小市民なら私の立場がないのですが……でも困りましたね。まさか攻撃を出来ないとは盲点でした」


 これはちょっとマズイんじゃなかろうか。

 正直、わたしの善悪の感性は日本にいたころとたいして変わっていない。

 いくら貞操のためだからといって、練習で誰かを傷つけるなんて。

 でも、練習すら出来なかったら、絶対にいざという時に腰が引けちゃう。


 予想外すぎる問題にぶち当たったわたしは頭を抱える。


「うぅ、燃やしても良心が痛まないちょうどいい練習相手が要ればいいのですけれど」


「そんな相手都合よくいるわけ……」


 (……く……くるよ……)


 その時、精霊の声が聞こえてきた。

 ふわふわと淡い光が二つ、近寄ってくる。


「……くるってなんですの?」


 (たたかい……はじまるよ……)


 (練習……できるよ)


 ウィン先生は精霊の声を聴きとれるわたしをうらやましそうに眺めた。


「精霊はなんて言ってるんですか?」


「うーん、なんか練習がどうとか……でもまだ完璧には聞き取れないから要領を得ないですわ。精霊さん、練習ってなんですの?」


 (戦う……相手)


 (燃やしても……いい人)


 どういうことだろう?

 練習相手……燃やしても良い人って、

 はっ!

 も、もしかして!


「精霊さん達が練習相手を用意してくれましたの!?」


 ウィン先生が驚いて目を見張る。


「えっ、精霊ってそんなことできるんですか?」


「間違いないですよっ、きっと魔法で人間っぽいものを出してくれるんですわ!ね、精霊さん?」


 (あ、あの……)


 (……ち、ちが)


「ええっ、血が滾りますわね!」


 ((……))


 精霊さんの心遣いにわたしは喜びのあまり、ウィンクをして、ぐっと親指を立てる……そして、ソイツがやってきた。


 周囲の景色に溶け込み、ゆったりと動く人の影。

 姿形は見えないけれど、気配察知を極めたわたしには分かる。

 あれはっ……透明のままそーっと近づいてくる謎の魔法生物っ!


「そこの貴方っ、尋常に勝負ですわっ!」


 何もない空間に指を突き付けて叫ぶと、ビクッとソイツが肩を跳ね上げた。


 キャーッ、なんてリアルな挙動なのだろう!

 しかも、気配から感じ取れるシルエットは、男性っぽい雰囲気を演出している。

 きっと、男性が苦手なわたくしのために精霊さんが気遣ってくれたんだぁ!


「ありがとうございますわ精霊さん!これなら心おきなくぼっこぼっこにできますわぁぁぁ!!!」


 ((……))


 ついに異世界での初戦闘がはじまる。






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