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敵との邂逅

 修行を終えた夜。

 わたしは、早速ウィン先生のベッドへと潜り込んだ。


「はぁ~、素晴らしき解放感……」


 辛い修業を乗り越えた幸福が、もうあんなことはしないで良いんだと言う喜びが、体中から溢れてくる。


「ウィン先生、わたし頑張りました」

「え、偉いですよ」


 きっと人生最高の快眠になるだろう!

 隣で横になるウィン先生をぎゅっと抱きしめる。

 この感覚も久しぶり……。


「あれ?」


 何か違和感を感じる。

 そう、ウィン先生の体がやたらと固い。

 カチコチに強張っており、心配して顔を覗くと、頬を真っ赤にして目を逸らしていた。


「ど、どうしたんですか?」

「……ちょっと、離れてもらえますか」

「なんで?」

「ヴィオレッドが近くにいると、息苦しくて」

「そんなぁ!」


 がばっと上半身を起こしたわたしは、あんぐりと口をあけた。


「いままで、そんなこと言わなかったのにぃ……」

「申し訳ないです……ただ、ちょっとこれまでとは状況がちがって」


 チラチラと瞳だけを動かして、わたしの顔を覗いては逸らすウィン先生。

 ショックから立ち直れないわたしは、すんすんと自分の体を嗅ぐ。


「もしかして、臭かった?」


 修行でこびりついた臭いで不快にさせたのかも。


「ち、ちがいます。いい匂いですよ」

「じゃどうして!」

「……うっ」


 口を噤んだ彼女は悩ましげに、三つ編みを解いた緑色の髪を掻き上げた。


「ごめんなさい、ただの冗談ですよ。少し、揶揄(からか)ってみただけです。おいで」

「ほっ、なんですの、意地悪ですわ」


 腕を伸ばしてきたウィン先生の胸に顔を添える。

 てっきり知らない間に嫌われたのかと思ったよ。

 でも、なんでそんな冗談を急に言ってきたんだろう?


 さらさらと彼女がわたしの頭をなでる。


「ヴィオレッドは将来苦労しそうですね」

「なんでですの?」

「なんとなく、異性関係とかでトラブルが起きるような……そう思って」


 ……流石ウィン先生である。

 的確にわたしの悩みを見抜くとは。

 占い師の才能があるんじゃなかろうか。


 しかし、わたしはふっと息を吐いた。


「安心してくださいまし。絶対にそんなことにはなりませんので」

「なぜ言い切れるのですか?」

「だって、わたし《《男性には興味ないので》》」

「……え?」


 エロゲ世界の男性なんてどうせ野蛮だ。

 だから最初から距離をとって関わらなければ、トラブルに巻き込まれることはない。


 すると、わたしの頭をなでる手が、ぴたっと止まっていた。

 どうしたんだろうと見上げれば、ウィン先生が瞼を見開いて震えた声をだす。


「それって、どういう意味ですか?」

「うん?」


 何か聞き返されるようなことがあっただろうか。


「そのままの意味ですわ。男性とお付き合いしたいとか、そういう感情は持っておりません」

「……嘘」


 それっきり黙ってしまう彼女。

 なんかよくわからんが、まあいいか。

 修行でつかれたし、そろそろ眠くなってきた。

 細いウェストをきゅっと抱きしめて。


「修行でずっと孤独でしたから、ここから100日ウィン先生と一緒に寝て、癒されたいですわね」

「!?」


 そう呟き、わたしはなぜかまた固くなった彼女の感触に包まれながら、瞼を閉じた。



 ◇



 あの悪夢は見なかった。

 そのことに安堵する。たぶん、精霊魔術が上達したことで、精神的余裕が生まれてメンタルが爆上がりしたおかげだろう。


 (最高の夜でしたっ!)


 人生に差した一筋の光が見えるようだ。

 ご機嫌麗しいわたしは、ルンルンと鼻歌まじりで、ステップを踏みながら廊下を行進する。

 久しく感じていなかった、不安のない時間。

 できることなら、一生このままでいたい。

 けれど、そんな安易な気持ちはすぐに打ち砕かれた。


「お嬢様、お客様がお見えです」

「だれですの?」


 初老の紳士、執事のジェフからなされた報告にわたしは耳を疑った。


「ヘルマン伯爵閣下でございます」

「……ヘルマン?」


 どこかで聞き覚えのあるような?

 脳に稲妻が走る。


 げげっろ!?

 ヘルマンってヴィオレッドの凌辱エンドルートに関わるキャラじゃん!


 幾通りも存在するシナリオの一つ。

 ヒロイン主人公達がロシュフォール侯爵家の汚職を学園で暴いた際に登場するのがヘルマン伯爵。


 ヘルマンはロシュフォール家と結託して王国を裏切る悪党。

 しかも、ロシュフォール家の悪事がバレると、裏で繋がっていたのを隠蔽するために口封じで両親を暗殺するこすい奴。


 わたしは遊び半分で慰み者にされて、彼の子供を身ごもる苗床オチ。


 キャラエンドのエピローグシーンでは、ハイライトの失った瞳で泣きながらヴィオレッドがお腹をなでる場面で終了するのだ。


 そんな変態が憩いの我が家に!?


「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ犯されるぅぅぅぅ!?」


「お嬢様!? ずっと思ってましたが、ワシをなんだと思っているんですか!?」


 想像しただけで鳥肌が立ってきちゃった。

 せっかく悪夢から解放されたのに、また脳裏にえっちな光景がこびりつく。


 ムリムリムリっ!

 好きでもない上に、責任も取ってくれないおじさんと子供をつくるだなんてハードル高すぎ!

 ああ、やっぱりゲームのシナリオは風呂の壁に生えた黒カビのようにしつこくつきまとう!


「こうしちゃいられないわ!ジェフ、ウィン先生に話があるからいつもの場所に呼んできてちょうだい!」

「ちょっと、まだ修行明けで安静なさったほうが……」


「そんな悠長なこと言っていられませんわ!誰よりも早く、強くならないといけないんですわぁ!!!」



 きっと親馬鹿ギヨームお父様のこと。

「ぐへへ、そちも悪よのう」「いえお代官様こそ」なんて会話をしながら、重箱の下へ金貨をしのばせているんだ!

 子供のわたしが何を言ったところで大人はまともに取り合ってくれない。

 いざという時に備えて、もっと強くなっておかないと。



 ◇


 中年の肥満男性———ボルド・ヘルマンの荒らげた声が応接室に鳴り響く。


「この期に及んで手を切るとはどういうことだ貴様!」


 拳をテーブルに叩き落とすと、でっぷりと太った腹の脂肪が揺れる。


 髪の薄い頭をどうにか誤魔化そうと、右サイドの髪の毛を強引に左側に引っ張り、無理矢理髪がある風に工夫された奇抜な髪型は、ぬてらとした脂汗がにじみでて悲惨な状況になっていた。


「どうもこうもない。我々ロシュフォール家は王国を裏切らないと決めたんだ」


 硬い表情を崩さず、ライトブラウンの瞳でヘルマンを睨みつけるギヨーム。

 ヘルマン伯爵は仲間の裏切りに顔を赤く染めた。


「先代からの取り決めを覆すつもりか!?」


「その通りだ」


「なにを言ってるのか理解しているのか!?貴様の領地は王国と帝国の国境にあり、帝国に真っ先に攻め込まれるのだぞ!」


「もちろん承知しているとも」


「ぐぬぬっ、そ、それだけじゃない、帝国を裏切ったとなれば必ず粛清される。その覚悟があるというのか?」


 ヘルマン伯爵の声は動揺で震えていた。

 ロシュフォール家の説得は、帝国側から依頼された彼の役目である。


 もし、成功しなければ無能の烙印を押されかねない。

 帝国は王国の乗っ取りを成功させた際に、協力者には莫大な褒賞を確約している。

 それなのに、土壇場になってギヨームが盤面をひっくり返した。


 焦るヘルマン伯爵に対して、ギヨームは冷静な口調で語る。


「覚悟ならある。我々は貴族の誇りを持って徹底抗戦を貫く」


「笑わせるな。いままで領民から絞りとって贅沢をしていたくせに英雄気取りか?」


「都合の良いことは分かってるさ。だが、失った時間は取り戻せない。これからの行動で民意に尽くすつもりだ」


 貴族の誇り、領民へ想い。

 かつてのギヨームからは想像もできない言葉にヘルマンは困惑する。


 (な、何故己と家族にしか興味のなかった男が短期間でこうも別人に!?)


 ふっ、とギヨームは自嘲気味にほほえんだ。


「理解ができないかヘルマン伯」


「当たり前だ、平民は貴族が扱う駒にすぎない。我々がいるからこそ、奴らは無能でも生きていけるのだ。それが領民に尽くす?馬鹿馬鹿しい」


「まあ、無理もない。俺だって貴族のプライドなんてとうの昔に捨てたつもりだった。だが、彼女に思い出させてもらった」


「彼女だと?」


「ああ、誰よりも気高くて、優しい子さ」


 恍惚とした瞳でギヨームが遠くを見つめる。


「ふん、誰かは知らんが惑わされよって!これは一時の気の迷いということにしておこう。考えを改めたらもう一度話を聞く。もし、また話がこじれたら……」


 ヘルマンが指を鳴らす。

 ギヨームの頬に薄い傷がつく。

 魔術の前兆すらもなく攻撃をしてみせた。


「これは脅しじゃない。貴様は死ぬことになるだろう」


 得体の知れない攻撃に、ギヨームは一切の怯みすらもみせずに告げた。


「お帰り願おう」


 ◇


「一体あの馬鹿になにがあったのだ!?」


 不機嫌そうに馬車に乗り込んだヘルマンは叫んだ。

 別人のようになってしまったギヨーム。

 帝国を敵に回しても構わないという豪胆さはなんだ?

 その自信と根拠はどこにある!?


「どうされますか閣下」


 まだ肌寒い春の夜。

 馬車の中で乱れた薄い髪を必死に整えるヘルマンに、顔色の悪い幽鬼のごとき男が頭を垂れる。彼はヘルマンが連れてきた護衛の魔術師。


 ふむ、とヘルマンは考える。


「ロシュフォール家の領地は帝国が侵攻する作戦の要所。どんな手を使ってでもこちら側につける」


 その為なら手段も厭わないとヘルマンは覚悟を決めて、ニヤっと笑った。


「たしかあの男はでっぷりと太ったピンク髪の醜い一人娘、ヴィオレッドとかいうガキを溺愛していたな。そいつを人質にとれば態度を変えざるをえまい。いけるかゲドー?」


「我が闇からは、逃れられる光はございません……では失礼して」


『我が身に闇を降ろし、不遜なる彼の者から我を隠せ……ダーク・ハイド』


 詠唱を終えると、護衛の魔術師はうすら寒い笑みを浮かべ、姿がすぅーと薄れていく。


「流石は3級魔術師、見事な手並みだ」


 ヘルマンが満足そうにうなずく。

 魔術師ゲドー、またの名を暗闇の魔術師。

 己の姿を完璧に隠蔽する気配遮断の達人であり、ヘルマンが所有する最高戦力。

 ギヨームの頬を切り裂いたのも、姿を消して潜んでいた彼がやったことだ。


「いけ、いますぐヴィオレッドを連れてこい」

「御意」


 姿の見えない闇が解き放たれた。







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