試合終了の笛がなるまで、全力で!
いやー、ちょっと楽しくなって魔術をぶっ放したら雑木林が半分以上焼け焦げちゃった☆
……なんて、冗談めかして言っても、焼けて半壊した先祖代々の雑木林は戻ってこないわけで。
周囲一帯の雪はとけてもうもうと白い湯気が上がっており、中央には土がめくれた巨大なクレーター。
ウィン先生の防御魔術でなんとか生き延びることができたけど、マジ、がちで反省中。
熱風の余波で、ウィン先生の美しい緑のおさげ髪がチリチリと焦げてしまった。
「ごごご、ごめんなさぁぁぁぃ!毎日お手入れ手伝うから許して!?」
「髪のことはいいんです。また伸びますから……」
興奮した赤い顔でもじもじとする彼女がぽつりとつぶやく。
「あ、あの、これでパンツ一丁の件は帳消しでお願いします」
「……はあ」
いや、最初からやらせるつもりはないけど。
というか、自分で言い出した癖にな。
「それよりもヴィオレッドっ、あなたは天才ですか!?これほどの精霊魔術は私にも不可能です!」
「あわわわ!」
すすで服が汚れたのも気にせずに彼女が抱きついてくる。
はう、先生いい匂い。興奮して真っ赤に火照る顔もお可愛らしいこと。
「私達の出会いは運命です!これから精霊魔術を極めていきましょう、貴方なら絶対に強くなれますよ!」
「はいですわ!」
これは最強のモブへの第一歩。もちろん、ここで油断して手を抜いたりするほど、甘くありませんよ?わたしはカカオ50%のチョコも食べられるビターな女なのだ。
それに、前世で所属していた我がバレー部のモットーは『試合終了の笛が鳴るまで、全力で!』
やたらと熱血系だった顧問の先生と部長のカヨちゃん、見てますか!
貴方達の教えと根性は異世界でもわたしの魂に刻まれてますよ!
ちなみに、我がバレー部は全国常連の強豪校だったのだ。
そして、わたしは3年目でギリギリ、ベンチメンバーになれた努力の出来るナイスガール。
さあ、もっともっと努力して強くならなくちゃ!
◇
「俺のヴィオレッドちゃんはいつもかわいいでしゅね~」
「……はぁいですわぁ」
ギヨームお父様が櫛でわたしの髪を梳いて、甘ったるい声をだした。
子供とはいえ、こんな太っちょを乗せて重くないんだろうか?
ちらりと振り返りギヨームお父様のお顔を拝見すると、目を細めて屈託のない笑みを浮かべていた。
わたしは申し訳ない気持ちで、口を開く。
「雑木林焼いちゃってごめんなさい……」
すると、ミュージカルの看板女優みたいな動きで、ソフィーお母様が扇をピンっと斜め上に掲げた。
「オーッホッホ!可愛いのに魔術も天才なんてウチの娘は満天の星よりも輝いておりますわー!先祖代々の雑木林でしたけど、ヴィオレッドちゃんに焼かれたなら、ご祖先も草葉の陰で喜んでおります!」
「うんうん、その通りだとも!」
もろ手をあげて大賛成するお父様。
それでええんか、ご先祖様や。
草葉の陰で泣いてそうだけど。
「それより、修行でお肌に傷がついたら大変ですわ。やっぱり、魔術なんてやめましょう」
すかさず、緑のおさげ髪の師匠、ウィン先生が眉を釣り上げた。
「なにをおっしゃるのですか。お二人は娘に甘すぎます!」
おおー、やっとまともなことを言ってくる大人がここに。
「たしかに、ヴィオレッドはぷにぷに可愛くて天才なのは確定です」
いや、確定なんかい。
「で・す・が!いくら才気に溢れていても、真剣に修行に取り組まなければ凡庸な魔術師どまり。私は弟子にそんな道を歩ませるつもりはありません。ヴィオレッドは歴史に名を残す大魔術師になるのですから!」
あの、わたしはあくまでモブとして、この世界を生きるつもりですよ。
「ふっふっふ、この子についていけば精霊魔術の研究も捗り、お給料も貰える。私は一生安泰。絶対に終身雇用契約を勝ち取ります!」
ぐっと拳を握り、輝く瞳で天井を眺めるウィン先生。
また、心の声がだだ漏れてるー。
うさんくさい眼差しでウィンクしてくる彼女に、わたしの周りには駄目な大人しかいないと悟った。
しかし、未来の貞操を守るためにもウィン先生の発言には乗らなければならない。
「お父様、お母様!修業は絶対にやめませんわ。たとえ。大怪我を負ってでも完遂する所存ですの!」
反論する二人。
「貴族の女の子はお菓子とお茶を優雅に嗜んでいればいいんだぞ」
「平民とは違うのよ。頑張らなくても全部人に任せればいいの。大貴族の跡継ぎと結婚して一生愛されるのが女の幸せよぉ!」
くっ、そんな選民思想だからヴィオレッドが陵辱エンドになるんでしょうが!
「ねえ、お父様、お母様。まさか汚職なんてやってないよね?」
「お、汚職だなんて、まさかそんことはしてないじょ!」
「そ、そうよ!にゃにを言いだすのかにゃん!」
いや汚職に過剰反応しすぎ。自白してるようなもんじゃん。
クーデターを起こされたら、貴方達の可愛い娘が悲惨な最後を迎えるのに。
カチンときたわたしは、貴族の心得的なもの(ラノベ知識)をこんこんと語り、娘に叱られて根をあげた二人はしぶしぶ精霊魔術の修行の継続を認めてくれた。
◇
その日の夜、偉大な一歩を踏み出したわたしは自分へのご褒美に屋敷に用意したウィン先生の部屋にお邪魔した。
「もう、一緒に寝たいなんて、どうしたんですか?」
「うふふ、こうしてくっついていると落ち着くのですわ」
「ヴィオレッドは寂しがり屋さんですね」
と、言いつつも温かくベッドに迎え入れてくれるウィン先生。
ぐふふ、相変わらずいい匂いがします。
前世から、友達とこんな風にお泊まり会をするのが、わたしは好きだった。
あれこれととりとめもない会話を寝落ちするまでしていると、幸せな気持ちになる。
ただ本音を言うとそれだけじゃない。
実は記憶を取り戻してからというもの、度々バッドエンドの悪夢を見るようになって一人で寝るのがちょっと怖い。
だから、少しだけ慰めて欲しかった。
ベッドの中でべったりとくっつくと、戸惑ったような顔をした彼女の柔らかい手が、わたしの頭を撫でた。その温かい癒しが、わたしをまどろみへと誘う。
「私もヴィオレッドに会えたことに、本当に感謝しております。貴方に会うまで辛い人生でしたから」
「……はぁい」
眠気に抗いながら、うとうととするわたしは、ギリギリの意識で返事をする。
「救ってくれて、ありがとうございます」
「……わたしも……せいせいのこと……だぁいすき」
「す、好きって貴方ね……はぁ、寝てしまいましたか」
その日、わたしは久しぶりにチョコパイをほうばる楽しい夢をみることができた。
◇
——深夜
「最近のヴィオレッドちゃんには困ったものだな」
ベッドに腰を沈めるギヨームは大きなため息をついた。
ソフィーも物憂げにつぶやく。
「急に魔術の修行だなんて……怪我をして欲しくないですわ」
「訓練ではあやうく死にかけたらしい。本当に心配だよ」
ヴィオレッドは二人にとって初めての子供。
なかなか子宝に恵まれず、跡継ぎのために側室か養子を迎えるか迫られたギヨームだが、その選択は採らなかった。ソフィーが23歳の時、ヴィオレッドの妊娠が発覚した。
だからこそ、ヴィオレッドが生まれた時は感涙し、神に感謝した。
そして、決意した。
どんな卑怯な手段を用いても娘を守るのだと。
「汚職か……痛いところをつかれたよ」
「……子供のいうことですもの。きっと意味なんて理解しておりませんわ」
「そう、だといいのだがな」
不安と罪悪感の入り混じった溜め息が部屋を満たす。
波乱の時が刻一刻と近づいている。




