【第6章】バイオニック・クラウド
その後2日間にわたって、LX1は押しつぶしたビルから金属や電子機器、ガラスを収奪し続けた。その姿は、破壊というよりも、むしろ採掘、捕食というべきものだった。
サンボック将軍率いるアリエス陸軍は、サフィラ市の外縁からLX1の監視を続けた。黙々と、「ビルを食べ続けた」LX1は、あたかも「満腹」になったかのように今は収奪を止めている。
残骸を分析したアリエス国立大学と米国からの報告は人類のこれまでの常識を塗り替えるものだった。
解析を担当した米国UCLAのスティーブ・フアン教授が記者会見で報告した。
「アリエス連合王国で撃墜された、未確認飛行物体の内部には、金属、半導体、そしてタンパク質からなる有機体が複雑に絡み合っていました。顕微鏡で確認したところ、タンパク質の構造体の中に金属でできた線が走り、所々に微細な半導体らしきブロックが浮いていました」
新聞記者やTVレポーター達が一斉に手を挙げる。指名された一人が質問した。
「教授、それは機械ですか、それとも生物ですか?」
フアン教授は軽く咳払いをするとこう答えた。
「生物、機械という概念を捨ててください。これは生物と機械、コンピュータが究極の融合を遂げたといえる物体です」
記者会見の終了後、解析チームは政府との協議に臨んでいた。そこでは記者会見では到底明かせない、さらに多くの情報が提示された。
フアン教授はこう結論づけた。
「AAは巨大な有機体だろう。そして、ビルから金属、ケイ素を収奪していたということは、こういった元素を大量に必要とする何かがそこにある。おそらく、巨大なコンピュータだ。そして、これほど巨大なコンピュータ、言い換えるとデータセンターならば、その目的があるはず。宇宙で独り計算だけさせる意味はない。ということは、データセンターのオーナーも同乗しているだろう。だが、LX1や作業飛行体には個体の形跡はない。つまり、」
Artifact Alphaは有機物で構成された、巨大なデータセンター。住人は物理的な身体を捨て、電子生命体としてデータセンター内で「生きている」。
政府の極秘事項はいつのまにかリークされ、再び世界の天地はひっくり返った。
母船のための資源採集船であると推測されるLX1は、一通り資源を回収したのかその後動きを潜めていた。まるで満腹となった捕食者が眠り込んでいるかのようだった。
安保理を舞台に駆け引きは続いていた。米国はArtifact Alphaおよびそのオーナーを人類にとっての脅威とみなしていた。
米国の国連代表が演説する。
「皆さん、今、あの採集船を野放しにしておけば、やがて世界のすべてを食い尽くします。我々の文明の決意を示し、地球文明は決しておとなしく食われるがままではないという決意を奴らに見せつけるときです」
そして自国の保有する膨大な核戦力を以てすれば、その破壊は可能であると主張した。
実際、米国の国内世論はSNSを中心に攻撃論一色だった。世界の警察官であることを放棄した米国だったが、手元に使える戦力がありながら不戦敗することは受け入れられないようだった。
特に初動でLX1への攻撃に失敗した米海軍は攻撃論の最先鋒だった。
アリエス連合王国は無論LX1への核攻撃に猛反対した。
安保理に理事としての席を持っていないアリエスだったが、LX1の着陸地であり、現に被害が発生している国として発言の機会を与えられた。
「Lander X1は確かに我が国を侵害している。だが、どれだけの能力を持っているかもわからない相手に対しての攻撃で、我が国が核の戦場として荒廃することは到底受け入れられない!」
アリエスとその周辺国の国民はこの意見に与した。
安保理は大荒れとなり、怒号と罵声が飛び交った。
下品さと強欲さで知られるアメリカ大統領のこの発言も火に油を注いだ。
「アリエスには、人類のために犠牲となる覚悟をしてもらいたい」
だが、アリエスの国民には「アメリカのために」と聞こえたようだ。
核攻撃でアリエスを叩いた後、復興支援と称して米国が乗り込み事実上占領するつもりだ、そういう噂も流れた。
大統領は以前からアリエスの石油資源に目をつけていたから、あながち嘘でもないかもしれない。
米海軍太平洋艦隊司令のジョージ・ゴールドマン大将の会見も決して火消しにはならなかった。
「我々は、決して独断でアリエスの国土に核兵器を使用することはない」
だが、その会見の直後に第7艦隊がアリエスに向かっていることが発覚したことで、彼の発言の信憑性に疑問符がついた。そして米艦隊に対抗するようにアリエス国防軍は厳戒態勢に入った。
強大な外部の脅威に立ち向かうべき時でさえ、人類は一つにまとまることを拒んだのだ。
安保理での暫定的な核攻撃禁止の決議が関の山だった




