【第12章】インストール
アリエス首都バルカスのコミュニケーション作戦センターでイベッタたちのチームと合流した諒一は、意外な人物と再会した。
コミュニケーション作戦はアリエスと日本政府の共同作戦だ。関係者が勢ぞろいしたブリーフィングの場で、日本政府支給の防災服に身を包んだ女性が自己紹介した。
「本プロジェクトで日本政府との連絡窓口を務めます、在アリエス日本国大使館三等書記官、森下亜紀と申します」
諒一とイベッタは、2023年夏、家族3人で訪日した時の出来事を思い出していた。
絵里と亜紀が将来の夢を語り合っていたこと、峠の展望台での記念写真。当時、英語に興味を持って翻訳者を目指していた亜紀は、外交官の道を選んだのだ。言葉の力を信じていた彼女は今、人類史上最も言葉の力が試される舞台に立っている。
ブリーフィング終了後、亜紀が二人の下に歩み寄ってきた。
「川合さん、お久しぶりです」
「亜紀さん、立派な外交官ですね」
「まだ駆け出しですよ」
作戦が始まった。
バルカスからサフィラまでは海路で向かうことになった。機材を積み込んだトラックが埠頭に向かう。待ち構えていたのはシャープな双胴船体を持つ、コーストガードの巡視船だった。
トラックから人類AIの詰まったメディアその他の機材を積み替える。船長との簡単な挨拶ののち、巡視船はサフィラに向けて出港した。
座席につきシートベルトを着用すると、向かいに座った亜紀が話しかけてきた。
「ご存じですか、この船、元々は日本の実験船だったんです」
それが紆余曲折の末、アリエスの巡視船として生まれ変わったのだと。
巡視船は素晴らしい速度でアリエスの多島海を突き進み、サフィラ市に到着した。
サンボック将軍麾下の輸送部隊が機材を輸送トラックに積み替える。
3人と人類AIチームは、LX1と対峙する前線監視所に布陣した。
監視所のコンクリート壁の向こうでは、全長500メートルのLX1が変わらず鎮座していた。
機材のセッティングを待つ間、亜紀がふと、首筋に手をやった。そこには、2023年のあの夏、母由紀子から譲り受けたシルバーのヘアクリップが、30年前と変わらぬ輝きを放っていた。
「……由紀子さんは、お元気ですか」 機材をチェックしながら、諒一が努めて平静な声で尋ねた。 「はい。今は宇宙航空開発機構(JAXA)で、次世代観測衛星のプロジェクトマネージャーを務めています。今回のAA接近についても、衛星データの解析で不眠不休だそうです」
亜紀は少し誇らしげに微笑んだ。 「母が言っていました。『川井さんに会ったら、あの時に教わった数学が、今でも私の仕事の基礎になっていると伝えて』って」
今この瞬間、自分に連なる多くの人々が人類の運命を背負っていることが、諒一にはこの上なく誇らしかった。
「インストールを開始する。最終許可を」
諒一が宣言する。
「アリエス、オール・クリア」
無線のヘッドセットをつけたままサンボック将軍が応える。
「日本、了解。後はお任せします」
衛星電話を通じて官邸の了解を得た亜紀が応える。
「さあ、デリバリーの時間だ」
監視所のカメラ映像はリアルタイムで中継されていた。世界中の人々が息をのんで見つめる中、機材を積み込んだ非武装のドローンが監視所を飛び立った。ゆっくりと慎重にLX1に向かう。これまでにもプログラムリストの紙束を下ろした場所に、人類AI520Bのパラメータを格納したメディアと推論エンジンのプログラムリストを届ける。
「置き配完了」緊張が切れたのか、監視部隊のドローンパイロットが思わず漏らす。
「まだまだ。星5つをもらって完了だ」
LX1からアームが伸びてきた。紙のプログラムリストと、DVDメディア、磁気テープを掴むとLX1に取り込んでいく。
「本当に読み取っているのか?」誰かが呟いた。
「それはすぐにわかるわ」イベッタが応えた。
膨大なプログラムとパラメータを読み込んだ後に誤解があっては大変だ。そこで言葉が通じない人間同士のコミュニケーションの観察に基づいて、ある仕掛けが組み込まれていた。
双眼鏡を覗いていた隊員から報告があった。
「LX1より発光信号。ツーツーツー、ツートンツー、OKと言っています」
メディアの最初にはLED発光のプログラムが仕込まれていた。これで彼らがプログラムを正しく読み取ったことがわかる。
「よし、発光返せ。こちらもOK、だ」
投光器を使って同じ信号が打ち返された。
「今のはどういうことだ?」
仕組みがよく飲み込めなかったらしい将軍が疑問を口にする。
「まずは共通のプロトコルを確認する。異文化コミュニケーションの鉄則ですね」 イベッタは満足そうに頷いた。
「配達は完了だ」
諒一が宣言した。




