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再会

 場は、騒然としていた。

 目の前で起きている事実が、誰も予想だにしていない事態。


 人間が、いや、生物が踏み込んではならない、踏み込めるハズのない領域――神の領域に、人間が踏み込んでいるのだ。


「馬鹿な……神の力と張り合っている……?」


 なおも続く、イッキと、無数の手との攻防。

 誰の目にも強烈に映るその姿が、かつてドレイヴンの見た『厄災』と再び重なった。


(この人間――やはり)


 ブシュッ!


 イッキの腕から、鮮血が飛び散る。


 実際に、イッキの腕にはかつてないほどの負担がかかっていた。

 細かく切り刻まれ、千切れそうになるほどの負荷。


 だが、そんな痛みもイッキは関心がない。

 あるのは、この腕の先にいるもの――


(神奈! おまえは、俺のすべてを奪った。今度は、俺が――!)


 チリチリと、なにかが焼ける臭いがする。


「イッキくん……!」


 リコにはそれがイッキの肉が焦げる臭いだと、すぐにわかった。


「――うわッ! ま、待つんだリコ!」


 押さえつけられていたイヌ種の男を払い飛ばし、リコが駆け出した。



「くく……さすがに、一筋縄じゃいかないか」


 イッキの脳裏に浮かぶのは、友人、家族――目の前で死んだ妹、そして、親友でもあり幼なじみでもあった、レイジの顔。


(よくも、よくも、よくも――!)


「いっ――た……ッ!」


 そのうめき声は、イッキのものではない。

 そこで、第三者の気配を感じたイッキが後ろを向く。


「……え、へへ……」


 リコがイッキを掴み、一緒に引っ張っている。


「なにしてるんだ……? 神の力だ、死ぬぞ⁉」

「わかって……るよ……! わたしなんか、これっぽっちも……役に、立てないって……!」


 痛みに歯を食いしばり、リコが顔を上げた。

 その瞳は真っすぐにイッキを見つめている。


「だけど、それでも……わたしだって、サクラを助けたい……! わたしにだって――譲れないものがあるの……ッ!」


 神に逆らう――おそらくそれは、少し前までのリコからは考えもしない行動。


(イッキくんの、せい、だからね……)


 ふふ、とかすかに笑う。


「大切な幼なじみだもん! だから――」


 リコの必死の表情に、イッキはかつての自分の境遇を思い出した。

 なにもできず、ただ目の前で大切なものを奪われ、蹂躙され続けた。


 力がなかった――は言い訳にならない。

 ただ行動しなければ、消えない後悔のみが残る。


 それはイッキが一番理解していることだった。


「…………」


 イッキはなにも言わず、意識を再び『神の手』一点に集中させる。


 イッキは、リコの目的であるサクラを助けたいわけではない。

 リコもまた、イッキのために協力しているわけではなく、純粋な「幼なじみを助けたい」という願いで動いている。


「くく……」


(そうだ、それでいい。俺はただ、俺のすべてをかけて、神奈――おまえに、復讐を果たしたい。それだけだ!)



「……ふふ、邪魔、しなくていいの?」


 リンネが笑い、隣のドレイヴンを見上げる。


「神の力の前に、生物は皆等しく無力。ただあの人間と、イヌ種の馬鹿者が灰になるのを見守っていればよい」

「そう、ならなかったら?」

「ふん、そのようなことあるハズもないが、だが、その非現実的なことが仮に起これば、あり得ないことが起きてしまえば事態は、いや、世界は、限りなく――剣が峰に立っている、ということだ」

「まあ……それは大変だこと」

「もし、あの人間に肩入れしているのならば、後悔することになるぞ、リンネ。必ず、な」



 バチッ……。


 拮抗に変化が生じたのは、それからすぐのことだった。


 ぐ、ぐぐ……。


 徐々に、わずかではあるが確実に、『神の手』が、イッキによって引っ張られている。

 だが、それを喜ぶどころか悲観しているのは、他ならぬサクラだ。


「やめて! 離して! リコ……! リコぉ……!」


 直接触れていないリコが、触れているイッキよりもダメージを受けているは明らかだ。


「ぜったい、いや……! サクラには、謝って、もらうもん……わたしを、大嫌いって、言ったこと……」


 どちらも、互いを大切に想い合っている。

 だが、これだけその行動に違いがでるのだ。

 想いのために傷つき、傷つけ合う。


(神奈――おまえは、違う。おまえは自分勝手な想いを、一方的に押し付けて、踏みにじった。だから、今度は俺が……)


 一度優位性を持った力は、まるで綱引きのそれのように、ズルズルと流れのまま引かれてゆく。


 どくん……。


 そのイッキの内側から起きた鼓動は、今までのものと異質なもの。


 かつて経験した――すっかり忘却の彼方にあった鼓動。

 それは、まだ神奈の正体を知る以前、幾度となく感じた、胸の奥が苦しくなる鼓動。


(ありえない)


 否定するが、なぜかここにきてイッキの記憶に浮かぶのは、令司と、神奈との思い出だった。


(俺は、まだ……あんな目に、遭わされて?)


 イッキの誤算は『宿敵の神』と、『大事な幼なじみ』である少女と接した月日に、決定的な差があったこと。


 あまりに一瞬ですべてを奪った神と、かけがえのない時間を過ごしてきた幼なじみとのギャップが、簡単には消えない想いが、イッキの心を揺さぶっているのだ。


 あと少し、力を加えればこの手の主が現れるだろう。感覚でわかる。


 まだ、心のどこかで淡い期待を抱いている?

 この腕の先にいる『神』は、あの時の、あどけないほほ笑みを浮かべた、幼なじみではないかと。


(笑えない、冗談だ)


 すべてを、奪われた。

 憎しみ以外に残っている感情など、あるハズがない。


 そう自分に言い聞かせ、


「う、おぉぉぉッ!」


 一気に、『神の手』を引き抜いた。



「……う……ん……」


 がバッと、サクラが起き上がる。

 周囲はすでに神殿の形を留めておらず、草原が広がるのみ。


 少し腕を動かすと、なにかに触れる。


 それは、倒れたリコだった。


「リコ……リコ⁉」


 慌てて、リコを揺さぶる。


「さく……ら……えへへ……よかった……」


 か細い声で、リコが笑う。

 サクラは声を失った。


 その両手は無残に焼け焦げ、ピクリとも動かせない状態になっている。


 これが、神に背いた代償。


「ごめん……! ごめんね、リコ……私のせいで、こんな……」

「……違う、でしょ、サクラ……」


 サクラはグッと涙をこらえ、


「『大嫌い』なんて嘘、言って……ごめん……ごめんね……・!」


 リコに抱きついた。



「ばか、な――」


 ドレイヴンのその言葉は、二つの現象に対してのもの。

 ひとつは、イッキが『神の力』を打ち破ったという事実。そしてもうひとつ――。


《――本当です! 部隊は全滅! ドレイヴンさまたちが『神裁』に行ってから、すでに三日経過しております!》


 その『声』は、ドレイヴンの頭の中に直接響いている。

 それは、ドラゴン種の固有能力であるテレパシー能力だ。


「黒き厄災が、復活……?」



 一方――


 イッキは不敵に笑い、目の前の『少女』を見つめている。

 それは――神々しく光る、裸の少女だった。


「神、さま……」

「神さまだ……」


 取り巻きの人間、動物種はその正体を探るまでもなく、続々と自らひれ伏し、首を垂れ始めている。



「久しぶりだな。焦がれたよ。待ち焦がれた。会いたかった、本当に――」


 ほとんどの動物種の身体が、硬直する。

 神々しい神のオーラとは対照的な、どす黒い負のオーラ。


 ――圧倒的な、殺意。


 『少女』の全身はその輝きによって正確にはわからない。

 だが、イッキが、そのシルエットを見間違えるハズがなかった。


(安心したよ。俺の中の感情は、あの時から何一つ変わってなかった)


「――髪の毛一つこの世に残さず、滅ぼしてやる……!」



 数刻前、人間の国は壊滅的な被害を受けていた。

 なんの前触れなく、兆しなく、不意に現れた、『ソレ』に。


(なんだ? なんなんだ……わけが……わけがわからない……)


 人間の国の主、ターブ。


 クローゼットの中に隠れ、口を手で覆いながら、息を押し殺す。

 周囲はしんと静まり返り、物音一つない。


(やられたのか⁉ 全員?)


 モンスターでもなく、動物種でもなく、伝説種でもなく、ひとりの人間。


(いや、人間なもんか! 姿が人間の形をしてただけだ! きっと新種のモンスター……)


 その時、ターブの脳裏に浮かぶ――イッキの姿。


(アイツも……人間……)


 ~♪ ~♪


「――!」


(この音は……!)


 ごくり、と息を呑む。

 この口笛の音と共に、ソレは現れたのだ。


 ――。


 ぴたり、と、鳴り止む。


「え――」


 けたたましい音が鳴り、クローゼットを破壊した手に掴まれたかと思うと、ターブはそのまま外に放り投げられた。


「ふごッ!」


「へえ……人間の国の管理者が、かつての家畜とはねェ……。皮肉なもんだ」


 ターブを見下ろしているのは――黒髪の、青年。

 イッキとは異なり、ひょうひょうとした印象を受ける。


 ターブは戦慄した。

 散々争ったであろうその身体は傷どころか、返り血一つ浴びていない。


「なんだ……なんなんだよッ! なにが、なにが目的だ! ふ、復讐か⁉ そ、それなら人間はもう奴隷じゃなくなった! い、今さら過去の恨みを……」

「…………」


 その飽き飽きとしている表情を見て、ターブは悟る。

 まるで、敵意がない。


 恨みや憎しみといった感情ではなく、ただ、子どもが飽きたオモチャを冷めた目で見つめているような――。


「こ、こんなことしてただで済まないぞッ! また人間への弾圧が始まる! せ、戦争でも起こすつもりかよッ! そんなことしたら、この世界が――ど、どうせおまえも、あの人間……イッキとかいうヤツの仲間だろ……フゴッ!」


 刹那、ぱあっと青年の表情が晴れる。


「おいおい! 知ってんのか! あいつを! く……あっははははは!」


(違う……この人間は、アイツとは、まるで……)


 初対面のとき、ターブがイッキに感じていたものは、何かを背負っている、強靭な意志。

 圧倒的な決意と覚悟が、イッキにはあった。


 だが、目の前の人間はただ自由に、気楽に、気ままに行動している。


「よォ、ブタ野郎。これからいくつか質問するが、答えるか答えないかはどうでもいい。好きにしろ。んで、さっきのイッキ――はは……懐かしい響きだ。あー、俺とイッキの関係について、教えてやるよ。礼はいいぞ。今の俺は最高に気分がいい」


 そこで、浮かれ顔の青年の背後に潜むものに、ターブが気付く。


(え、エルダー!)


 ――調教師エルダー。

 かつて、エデンにおいてイッキとの精神決闘で敗北を喫したトカゲ種。


(いいぞ……この人間、話に夢中で全然気付いてない……。バカめ……エルダーは狩りでも闇討ちのスペシャリスト。この距離なら――)


 エルダーが音もなく駆け出し、一気に剣を振り下ろす。


「――でよ、ほんっとアイツ真面目バカで、一度言い出したら聞かねえの」

「…………!」


 喋りながらも、青年はたった二本の指で、エルダーの剣を挟んでいた。


「える……だー……?」


 思わず、声が漏れる。

 その剣の主、エルダーがいない。


 ターブはずっとエルダーの動向を見ていた。攻撃を防がれたからどこかへと逃げたのではなく、消えたのだ。

 青年に剣を振り下ろした、その直後に。


(魔法、か……? こいつ魔法を使えるのか? い、一体どんな魔法を……?)


「早く逢いてえなあ……なんたってアイツは俺の大切な幼なじみで」


 青年は何事もなかったかのように、笑顔のままだ。

 状況に依然頭が追いつかないターブだったが、直感的に悟る。


「大事な、大事な――」


(こいつは……厄災、だ……)


「――恋敵、だ」

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