だいきらい
「――全部、この人のせいで、こんなことに……!」
静まり返る場内。
なにより驚いているのは、味方陣営だ。
サクラの発言は予定にないどころか、確実に現状を窮地に招き入れるもの。
(サクラ? どうして……?)
リコも、幼なじみであるサクラの発言が信じられないでいる。
「だから、責任は、全部この人が取るべきです!」
「ほう……」
ドレイヴンが目を細めた。
ここでは嘘か誠かを検証する必要がない。
『神の裁き』が発動しない以上、その言葉に嘘はないということなのだ。
「それは興味深い発言だ」
ドレイヴンがイッキに目をやる。
イッキは硬い表情のまま、なにも応えない。
「ねーえ。今は、王の殺害を議論する場でしょぉ?」
声を発したのは、リンネ。
頬杖をつき、気だるそうにしている。
「たかが一介の人間に時間を割く必要がある?」
「リンネよ、今おまえが口を挟むことでない。なにか議論があるなら壇上で行え。我は、この人間の素性に非常に興味がある」
「なにそれ。個人的な感情?」
「いや、直感だ。この人間にはなにかある。もしそれが今回の一件と関連するのであれば、時間を割く余地は大いにある」
「……くく、なるほど」
「……っ」
イッキと、サクラの視線が交わった。
「おまえはここで俺を潰そうって魂胆か」
「だって……あなた、めちゃくちゃすぎる……! あなたがこのままにしておいたら、リコが……世界が……!」
イッキの過去を覗き、その力と目的を知っているサクラは、このまま野放しにはできない。
だとするなら、この場で正体を暴き、『神の裁き』をもってイッキを止めるしかないのだ。
「私語はそこまでだ。――人間よ、心して答えよ」
「…………」
「貴様の真の目的は、何だ?」
視線がイッキへと集まる。
アリスも、リコもまた、イッキの次の発言を、固唾を呑んで見守っていた。
「――ろすことだ」
「なにかね?」
「『幼なじみ』を、殺すこと。俺の目的は、ただ、それだけだ」
ざわつく場内。
それは驚きというより、困惑といった類のざわつきだった。
「ち、ちが……ッ! 違います! この人の本当の目的は、神さまを殺すことで……! そのために今まで……!」
「神を? この人間が? だが、今『幼なじみ』と口にしたぞ。そうすると彼は、神と同列とでもいうのかね?」
「そ、そうじゃなくて……!」
神の裁きが行われない限り、ここでの発言は全て真実として扱われる。
イッキの言う『幼なじみ』も、サクラの言う『神』も、本質は同じものなのだが、事情を知らない者にとっては、そうではない。
現在の世界では、神は唯一無二の絶対的な存在なのだ。
それが人間と同等の存在など、あってはならない。
許されることではないのだ。
(こ、この人、混乱させるのために、わざと別の言い方を……)
「どうも話が噛み合わないな。そもそも、きみがなぜ、この人間の素性を知っているのだね?」
「それは……」
サクラが口ごもる。
だが、偽れない。
意を決し、口を開く。
「私が、過去を、覗いた、からです……」
ぴくっと、ドレイヴンの眉が動く。
「ほう――覚えがあるぞ。過去、王に仕えた『過去視のスキル』の持ち主。その一族かね? だが」
「あー、思い出した♪」
ひゅっと軽やかに壇上へと降り立つ、リンネ。
「確か、正確じゃない情報を王に与えて、危険に晒した、とか。なんでも、過去はすべて視えるわけじゃなく、一部関係ない虚像が視えるって資料で見たわ。結局、職を追放。そのスキルは、不具合スキルっていうことで封印されたって聞いたけれど」
「つまりは、きみの話は信ぴょう性に欠ける、ということだ。『思い込み』は嘘とはみなされぬからな。貴重な時間を無駄にした」
サクラは悲痛な面持ちのまま、うつむいている。
その様子を、イッキは冷めた目で見つめていた。
「……それは、違います」
ぽつり、とサクラがつぶやく。
「過去は、人それぞれが持ってる、消せない、変えられないものです。時には辛くて、思い出したくない、でも、とても大切で、かけがえのないもの」
「…………」
「だから、そんなものを覗いちゃいけないって、父は思って、王さまに頼んだんです。リンネさまが読んだ資料は、王さまが用意してくれたもので――」
「理由はどうあれ」
サクラの語りに、ドレイヴンが割り込む。
「公式に『不具合』と判断されたスキルを、信じるわけにはいかん。今きみが語った理由さえ『思い込み』かもしれないのだからな」
「……じゃあ、最後に、いいですか?」
サクラが顔を上げた。
そして、この神裁の当事者であるアリスに顔を向ける。
「アリスちゃんは、犯人じゃありません。それどころか、王さまを守ろうとしていました」
「……え……」
目を丸くするアリスに、サクラがほほ笑む。
「ごめんね、最初に握手したとき、視ちゃったの。アリスちゃんは、王さまを本当の親のように慕ってて……でも……王さまを殺そうとしたのは、エルノール、さまです」
「きみは、なにを――!」
「言わせてあげたら? 今の彼女には証言能力はないんでしょ?」
リンネがドレイヴンを不敵に見上げる。
「――じゃないと、私も口が滑っちゃうかも♪」
「貴様……」
「はーい、続けて続けて」
サクラが、ぎゅっと拳に力を込めた。
「……私も、禁止されたスキルは使いたくありませんでした。なんでこんなスキルがあるんだろうって、ずっと、嫌でした。視たくもない人の過去を覗く度に、その人の大事なものを、勝手に荒らしてるようで……。不具合っていう認識のせいで、嘘つき一族って呼ばれたり、イジメられたりもしました。でも、今は少しだけ、感謝しています」
今度は、イッキの横顔を見つめる。
イッキは前を向いたまま、見向きもしない。
「私には過去しか視えません。だけど、この人の未来は……なにもない。破滅しかないっていうことだけは、わかります。みんなを巻き込ませるわけにはいきません」
「…………」
「だから、私の覚悟を示します」
にこりと笑い、サクラがリコへと振り返る。
「リコ! リコだけだったんだ。私にいつも優しくて、いつも、守ってくれたよね。私の大切な、一番大切な、幼なじみ」
そのサクラの笑顔が、悲しみをたたえていることに、リコは気付いた。
(……サクラ?)
「人間も、他の種族も、仲良く平和に暮らせる世界……リコの願いは、私の願いでもあります。ごめんね、リコ。幼なじみでいてくれて、ありがとう。私は、リコのこと――」
サクラの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「『だいきらい』」
瞬間、サクラを中心に、周囲の色がモノクロへと変わる。
謎の息苦しさと、圧迫感。
ドレイヴンはすぐに、この現象の正体を理解した。
「神の……裁き」
ズズ……。
そこでサクラは、自分の足元がわずかに沈むのを感じる。
見下ろすと、円形の『闇』があった。
ズォ……ッ!
突如として伸びる、無数の黒い手。
その手はサクラの身体に絡みつき、『闇』の中へと引きずり込んでゆく。
「サクラ――いやぁッ! サクラ!」
駆け出したリコだが、
「ダメだ! 行くんじゃないッ!」
同じイヌ種の男に、強引に取り押さえられる。
「神さまの力だぞ! 無駄死にするだけだ!」
覚悟を決めていたサクラは、抵抗する素振りさえなく、身を任せていた。
まるで底なしの沼のように、サクラの身体は沈み続けている。
(最後に、大嫌い、なんて嘘ついてごめんね、リコ)
誰もが、神には逆らえない。
逆らう意思さえ持てないのだ。
「……やっと、やっとだ」
バチバチィ――ッ!
誰もが、目を見張る。
黒い手を、神の力を、掴む、人間に。
サクラがイッキの表情を見たとき、背筋が凍り付いた。
イッキの表情はサクラを助けるため、などというソレではなく――狂気に満ちた笑顔。
「やっと掴まえたぞ、神奈……!」
――ただひとり、この男だけは、嬉々として、神に挑む者なのだ。




