目覚め
※一部変更のお知らせ
前回初登場となったタカ種の男ですが、ドラゴン種に変更しました。
それに伴い、「黒き厄災」部分の最後を変更しています。
レイジ。
その名を聞き、イッキは呆然と立ち尽くす。
イッキはただ、頭の中でその名前を繰り返していた。
名前が同じだけで、別人だということはつゆほども思わなかった。
そう確信に至るほどに、確固たる理由がある。
――幼なじみ。
イッキがそうであるように、レイジもまた、『彼女』の幼なじみなのだ。
「イッキくん……? どうしたの?」
隣のリコが小声で囁くものの、イッキから反応はない。
――どくん、どくん……。
イッキの心音が高鳴り、呼吸が早くなる。
『――頑張れよ、一輝』
かつての幼なじみの声が、頭の中によみがえる。
(これは、まずい……)
頭の中が真っ白になり、感情に支配されている。
思うように身体が動かず、周囲の情景が一切頭に入らない。
それがどれほど危険なことか、イッキ自身理解していた。
「リコ、頼みがある」
「な、なに?」
「本気で、俺の顔を殴ってくれ」
「え、ええっ⁉」
リコがうろたえるのも無理はない。
イッキを殴るというのももちろんだが、現在、神裁の真っ最中。
よからぬ行動を起こせば、どんな『神の裁き』が起こるかわからない。
「む、むちゃだよ、いま、そんなこと……」
「……お願いだ」
思わず、リコが息を呑む。
そのイッキの表情は、リコがこれまで見たことのないような、弱々しいものだった。
リコにはなぜ、今イッキがこのような状態に陥っているかはわからなかったが、深刻な事態だということは見て取れる。
あれこれ迷っている間に神裁は進行してゆく。
リコは汗の滲む拳を握りしめた。
「わかんないけど――わかったよ。イッキくん」
後先のことは考えず、行動する。それは、イッキに教わったことだ。
「どのくらいの、力で?」
「できる限り、全力で」
一瞬泣きそうになるものの、すぐに表情を引き締める。
(ほんとに情けないけど、わたしは、イッキくんに助けてもらってばかりで、だから――)
――バキィッ……!
突然鳴り響いた音に、場内が静まり返った。
アリスは呆然とリコの『行動の結果』を見つめ、シェアにいたっては目玉が飛び出そうなほど驚いている。
イッキは数メートルほど移動したところで、のけ反ったまま動かない。
「……なにを、しているのだね?」
ドレイヴンが、冷ややかな視線を向けている。
「ご、ごめんなさぁいッ!」
大声で叫び、ドレイヴンに頭を下げるリコ。
イッキ側陣営はなにが起こったかわからず、未だ固まったままだ。
基本的に神裁で力による争いはご法度。
だが、今回はなぜか殴ったリコがイッキではなくドレイヴンに謝っているという謎の事態。
頭を下げたままのリコの肩に、ぽん、と手が置かれた。
「ありがとな、リコ。中々効いた」
アザになっている頬を拭いながら、『いつもの』不敵な笑みを浮かべるイッキ。
「それに、リコが謝ることじゃないさ。もし今の行為が『神罰』に値するなら、なにかしらの制裁が起きるハズだろ? それがないってことは、まだルールの範疇ってことだ。……だよな?」
イッキが、ドレイヴンを見上げる。
「……我への問いのつもりなら、そちら側の高台へ登れ。それと、神の裁きがないからといって場を乱す行為が続けば、当然制裁は発動される。調子に乗らないほうがいい」
「へーへー、すみませんねぇ」
うながされるまま、高台へと歩みを進める。
リコはただ、その背中を不安気に見つめていた。
(イッキくんのあんな顔、はじめて。ほんとに大丈夫なの? イッキくん……)
「さて、存分に意見を交わそうじゃないか」
「…………」
目前のドレイヴンは、ドラゴン種というだけあって、かなりの巨体だ。
およそ、体格の差はイッキの3倍はある。
「ん? 俺の顔が、そんなに珍しいか?」
心なしか、ドレイヴンは視界に入れるというより、探るような目線をイッキへと向けている。
「……本来ならきみの素性を探りたいところだが、今は神裁の場。あえて控えよう。しかし、我の話を聞いてなお、争うつもりでいるとはな。諦めの悪さは、さすが人間といったところか」
「過去の人間がどうだとか、今の俺たちには知ったことじゃないんでね」
「そうか、では――」
ドレイヴンがアリスに視線を移した。
「王に仕えた人間――アリスといったな。王を手にかけたのはきみで、間違いないかね?」
「おい、意見はこの高台の上じゃなきゃダメなんじゃなかったか?」
「それはあくまでこちらに対して意見がある場合にのみだよ。質問の受け答えは問題ない」
アリスはイッキをチラリと見たあと、
「……はい……」
と答えた。
ふ、とドレイヴンは笑う。
「これで決まりではないのかね? 本人が認める以上、これ以上審議するまでもなく――」
「逆に聞くが、本当に、あの小さな人間が、おまえたちの言う、たかが人間が、王を殺せたと思っているのか?」
「……冒頭で述べたが、王は人間にしか殺せない。あの人間は、特に王のお気に入りだったと聞いている。王の油断を誘うことは十二分に可能だろう」
「いくら油断したといっても、王だぞ。人間の子どもに、簡単に致命傷を与えられるほどやわなヤツが王だったのか?」
イッキの挑発にも、ドレイヴンは動じない。
表情は一切変えず、まるで隙を見せない。
「人間よ。言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいい」
アリスに王殺害の意図はなかった。
それは、アリスに問いただせば証明できる。
だがそこで問題になるのは、では誰を殺そうとしたのか、だ。
――使徒エルノール。
使徒陣営を追求できる材料にもなり得るが、諸刃の剣にもなる。
エルノール失踪の関与を指摘された場合、嘘をつけないというこの場において、イッキに逃げ場はない。
(焦らず、外堀から埋めていくか)
「俺が言いたいのは、第三者の関与があったってことだ」
「ほう」
「人間を奴隷から解放させようとした王を、人間のアリスが殺すっていうのはデメリットしかないし、実際アリスは王を慕ってた。そう考えると、王の奴隷解放を阻止しようとした輩が、王殺害を仕組んだってことさ。……おまえたちみたいな、人間嫌いがな」
ドレイヴンが深紅の瞳を細める。
「確かに、我は度々王に進言した。人間を、解放すべきでないと。だが王は聞き入れることはなかった。時間というのは、身体の、心の傷を癒やすが、『脅威』の危機感もまた、薄れさせる。それが世代を変え、当時を体験していない者なら、なおさらだ」
(ドラゴン種……俺の元世界と同じ概念なら、エルノール――エルフ種と同じ、長寿)
「我は、『黒き厄災』を実際にこの目で見て、厄災を体験している。だからこそ、人間の
危険性を誰よりも理解し、警笛を鳴らし続けてきたのだ」
「……レイジを……知って……」
「そして人間よ。きみを見ていると、思い出すのだ。あの厄災ときみが、なぜか重なって見える。なぜだろうな?」
「…………」
「あ、あのっ!」
手を上げたのは、リコの幼なじみサクラ。
「サクラ……?」
驚いたのは、リコだ。
あの内気のサクラが、これまでになく、なにかを決意したかのような表情。
「意見があるのなら、上がりたまえ」
イッキは内心、ホッとする。
避けていたレイジの話題を出され、再び混乱の渦中へ落ちそうになっていたのだ。
サクラが、イッキの横に立つ。
(こいつ、一体なにを喋るつもりで……)
サクラはイッキを横目に見たあと、ゆっくりと口を開く。
「私――知ってます」
そして、スッとイッキを指差した。
「奴隷解放の先導も、エルノールさま失踪も、全部――この人が、やりました」
◇
ドラゴン種とエルフ種が守る、禁忌の森。
その最深にある洞穴の前を、甲冑を着たドラゴン種と、エルフ種が取り囲んでいる。
人間が奴隷から解放されて以降、不眠不休で配置についていた。
――コツ、コツ……。
その音に、各自一斉に臨戦態勢へと入る。
ドレイヴンから警備を厳重に、と命じられて以来、初めての異変。
靴音のような音は洞穴の中から響き、徐々に近付いてくる。
「ドレイヴンさまは?」
「他の使徒同様、まだ神裁の途中かと……」
「……最悪のタイミングだな」
やがて、黒い影が洞穴の入り口から伸びた。
「――撃てェ!」
その姿を確認する間もなく放たれる、エルフ種の弓の雨。
間髪入れず、魔法部隊が魔法弾を次から次へと洞穴内へと叩きこむ。
地鳴りが響き、洞穴は破壊され、爆風と、砂埃が巻き上がる。
やがて、攻撃の手が止まった頃には、洞穴は跡形もなく吹き飛ばされていた。
「各自! 状況を把握!」
「視界は砂埃で見えませんが、敵の気配はありません!」
ここまでの攻撃を加えてなお、彼らは敵の正体を知らない。
『もし、この中から何者かの気配があるようなら、問答無用で構わない、全力で攻撃せよ』
それが、ドレイヴンからの命令だったのだ。
「~♪ ~♪」
「な、なんだ? この音は……」
「口笛……?」
「――ぎゃあ!」
「? ど、どうした⁉」
悲鳴と共に、なにかを引きちぎるような、鈍い音。
「おい大丈夫か⁉ 一体なにが……ごぼ……ッ」
鉄分の匂いが、辺りに充満してゆく。
なにが起こっているか把握する前に、消えてゆく仲間たちの気配。
だが、肝心の敵の気配がない。
ここにいる者たちは、ドレイヴンの厳選した猛者たちだ。
緊急事態と、普段はドラゴン種と交流の少ないエルフ種まで応援を呼び、対応にあたったのだ。
「う、おおおおおッ!」
ブオォンッ!
指揮を任されていたドラゴン種の男が、背中の巨大な翼を羽ばたかせる。
砂埃が風圧で一瞬にして消え去り――現れたのは、仲間の亡骸。
立っているのは、自分ひとりという状況。
「馬鹿……な……ッ!」
「あー……やっぱり、まだ身体が思うように動かねえな」
突如背後から聞こえた声に、慌てて振り返る。
が、そこには誰もいない。
「あのくそったれの王は元気か? 俺は、どのくらい寝てた?」
今度は、振り返る前の場所で、声がする。
あふれ出る冷や汗。
「お、おのれぇぇッ!」
振り返ると同時に、巨大なかぎ爪で襲う。
「――!」
深紅の目が見開かれた。
立っていたのは、ただの、人間。
そしてそれが、彼が見た最後の光景となった。
――。
「人間さまに立てつくんじゃねえよ、バケモンが。ゲームか小説だけで充分だっつーの。ま、寝起きの運動にはなったぜ?」
背伸びしつつ、こき、と首の関節を鳴らす。
少年は口笛を吹きながら、おびただしい数の死体の中を歩き始めた。
「ん……いーい風だ」
晴れやかな表情で風をその身に受けると、大きく深呼吸して、瞳を閉じる。
「嬉しいぜ。おまえも、目覚めたんだろ?」
白髪のイッキと対照的な、黒髪の少年が笑う。
「すぐに、会いに行く。待ってろよ、イッキ」




