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恋人の証

「――クロエ!」


 突然割り込んだ第三者の声に、クロエは驚いて顔を上げた。ジルと顔を見合わせると同時に、近づく足音を耳が捉える。

 

「クロエー?」


 カミラだった。

 クロエを探してか、こちらに向かっている。クロエは慌ててジルに「待ってて…!」と言い置くと、ひとり木陰から飛び出した。

 

「は、はい!」


 笑顔で片手を挙げるクロエを認め、カミラの足が止まる。探していたとはいえ、見つけたら見つけたでまだ居るのかと呆れる思いが湧いたらしい。嘆息しつつ、手に持っている鞄を掲げて見せた。

 

「これ。長椅子に置きっぱなしだったわよ。盗まれても知らないから」

「あ…!!」


 彼女の手にあるのはクロエが持参したお洒落な鞄だった。当然それもフランシアに借りたものだというのに、今の今まで忘れ去っていた。「すみません…! 有難うございます!」と慌てて駆け寄り、受け取る。カミラは両手を腰に当て、眉を顰めた。

 

「いつまで居るの、あなた」

「あ、はい! すみません! 大丈夫です! もう帰ります!」


 そう応えると、ふと訝しげな顔をされた。

 

「…どうしたの、その顔」

「!!」

 

 クロエはとっさに顔を俯けたが、完全なる手遅れだった。どうしたのと訊かれるのも無理はない。さっきまでわんわん泣いていたのだ。目が充血し、お化粧は禿げ、惨憺たる有様に違いなかった。

 まるでジル会えないのが悲しいあまりに、独りで泣いていたかのようではないか。

 余計な心配を掛けたくなくて取り繕おうとしたが、カミラの洞察力はその上を行っていた。

 

「…ジルくん、居るの?」


 そう訊いて、クロエの背後を窺う。不意打ちに、一瞬固まった。

 

「い、居ませんよ?!」

「…居るのね」

「えぇ!! 居ませんよ!!」

 

 必死なクロエに、カミラの冷ややかな眼差しが注がれる。

 

「あなた、もう少し上手に嘘が吐けないの? さっきまではこの世の終わりみたいな顔してたのに、今はいかにもワタシ幸せ一杯~! って感じで現れて…」

「……」


 ……私のバカ。

 赤くなるクロエの背後で、ふと足音が聞こえた。振り返れば、ジルが木陰から出てきたところだった。情けなく眉を下げるクロエを見て、ちょっと笑う。


「ほら居た」


 苦笑を漏らすカミラに、ジルは「お疲れ様です」と軽く頭を下げた。カミラはいかにもな仕事用の笑顔で応じる。

 

「恐れ入ります、ジュリアン様。会食は無事終了致しましたが、その後お体の具合は如何ですか?」


 丁寧なようでしっかりと皮肉が込められた問い掛けに、ジルは罰の悪い顔で鼻の頭を掻く。

 

「……すみません」

「いーえ! 全く、仲睦まじくてよろしいことで。――で? いつまで病気で伏せってることにしておけばいいの?」


 がらっと口調が変わり、クロエはハッと顔を上げた。

 

「女官長…」

「私だって鬼じゃないわよ。あなたのその格好に免じて、少しくらいは見逃してあげるけど?」

 

 そう言った彼女の笑みは、子供の我儘を微笑ましく見守る親のようだった。胸がじんとする。子供側の気持ちとしてはそんな優しさに無邪気に甘えてしまいたいところだけれど……いいのだろうか。

 クロエが逡巡している間に、ジルが応えて言った。

 

「俺は明日の午後一からご指導頂く予定になっているので、それまでには必ず戻ります」

「はいはい、ごゆっくり」

「有難うございます!」


 カミラが手を振りながら踵を返す。クロエも去っていくその背中を追うように「有難うございます!」と声を張った。

 再び2人だけになると、なんとなく顔を見合わせる。

 

「…ジル…いいの?」

「ん?」

「…明日までなんて……本当にいいの?」

 

 クロエとしては願ってもないことだが、ジルがエンバリー家に身を置く以上、いきなりの外泊が許されるとは思っていなかった。本当に甘えていいのだろうか。そんなクロエの不安を、ジルの笑顔が一蹴する。

 

「いいのも何も、明日休みなんでしょ?」

「えっ!」


 伝えた覚えも無い情報を返されて、クロエは瞠目する。

 

「どうして知ってるの?!」

「キアンさんから聞いた。だからクロエは今日、多分帰ってこないだろうって言ってたよ。まぁ、確かに――」


 ジルの瞳がふと至近距離に近づき、鼓動が跳ねる。

 

「…そんなこと聞いたら、帰さないよね」


 瞬間、甘い眩暈に襲われ、本気で失神するかと思った。

   

 ◆

 

 その後、使用人の通用口からこっそりと屋敷を出たジルとクロエは、恋人らしく手を繋いで歩き出した。

 2人で出掛けるのは初めてではないのに、初めてのように胸が高鳴る。

 以前は立場的に偽の婚約者だったり、国外追放を控えた容疑者だったりしたせいで、今のように素直に浮かれられる時間ではなかったのだ。

 繋いだ手から温もりが伝わる。ちらりと目を上げれば、彼の端正な顔が視界に入る。形の良い顎、通った鼻筋、紫水晶を思わせる瞳、そしてそこに影を落とす艶やかな黒髪…。

 あぁ、本当に、……なんてかっこいいんだろう…。

 しみじみとそう思った。

 クロエが自分の恋人に見惚れるという幸せに浸っていると、ふと彼の目がこちらを向いた。視線がぶつかり、慌てて緩んだ頬を引き締める。


「何処に行こうか!? 繁華街は直ぐに出れるけど、見たいものとか、したいこととかある?」


 クロエの問いに、ジルは笑って「何が見れるのかとか、何が出来るのかとか、何にも知らない」と答えた。

 確かにその通りだ。例えば…と例を挙げようとしたところを遮って、ジルが言う。


「でも、俺にとっては全部が初めてで珍しくて興味津々だから、歩いてるだけで充分楽しいよ。――例えばこの道、こんなに色鮮やかな石畳、人の地では見たことないんだけど」

「あ、そうだよね! 石に着色して、交互に敷き詰めてあるの。ル・ブランはこういう風に色彩で技術を争うところがあるから、私は逆に人の地の街並みが落ち着いた感じに思えて新鮮だった!」

「へぇー…」


 かつて初めてクローディアの首都に出掛けた日の興奮が甦る。ジルも今まさに、あの時のクロエと同じ気持ちなのだろう。しきりに辺りに目を遣っていた。

 改めて背後を振り返ると、出て来たばかりの屋敷を見て言う。

 

「でもエンバリー家は普通だね」

「あ、あの建物は特別。歴史が古いから。歴代の最上級魔道士が皆住んだお屋敷で、人の地でいうところの皇宮のようなものかな」

「なるほどー…。――あ、あれは?!」


 ジルの目はまた新しい興味の対象を捉える。道を行く乗り物を指して、「あれ、馬車みたいだけど、馬がついてないよね?!」と驚嘆した。

 

「あれは念力車っていうの。念力が強い人が御者席で箱車を動かしてるんだよ。あ、乗ってみる? あれで繁華街まで行こうか」

「乗る、乗る!」


 ジルは無邪気に賛同した。彼自身が高度な魔道を扱える人なのに、その反応はまるきり魔道を知らない人間のものだ。

 なんだか嬉しくなって、クロエの顔は自然と綻んでいた。

 

 

 街に出ると、2人で屋台を巡った。

 美味しそうなものを見付けては、買って食べるを繰り返す。おやつというには多すぎる量になったが、ジルも会食の最中はひっきりなしに話しかけられて食べる隙が無かったらしく、クロエと同じだけ食べ歩きに付き合ってくれた。

 街を散策しつつ、会えなかった時間を埋めるように話をする。

 クロエが去った後、改めて開かれた会食にエドワード殿下が参加したこと。でも終始むっつりとしていて、楽しんでいたのかどうかは謎だったこと。皇帝陛下がジルのル・ブラン行きに反対して、エヴァンゼリン姫に窘められたこと。

 クロエの方も、フランシアの近況やカーライルの処分と話題は尽きることがなく、気付けば街の景色はほとんど見ないままに、どんどんと通り過ぎていた。

 そんななか、ふとジルの足が止まる。彼が目を留めたのは、装飾品を売る屋台だった。

 

「クロエは指輪とか着ける?」


 そこには綺麗な耳飾り、首飾り、腕輪、指輪など、様々に並べられている。一緒に眺めつつ、クロエは「ううん」と首を振った。

 

「あんまり好きじゃない?」

「ううん。仕事上、指輪は邪魔になるからしないだけ」

「そっか…。クローディアでは、恋人には指輪を贈るのが一般的なんだけど…」


 それはダメか、と呟くジルの隣で、クロエはばっと彼を振り返った。

 しまった。余計なことを言って”恋人の証”を拒否してしまった…!

 激しく後悔したが、ジルは気にする様子も無く、「逆にル・ブランではそういう習慣、無い?」と訊いてくれた。


 

「あるよ! ル・ブランでは首飾りなの。自分の名前を彫った金のプレートに、金の鎖をつけて贈るの」

「自分の名前? 俺の名前?」

「うん。私が貰うとしたら、ジルの名前を身に着けることになるの。みんなやってるから、それを着けてる人は一目で決まった人が居るなって分かるよ」

「へぇ! じゃぁそれにしよう。――いい?」


 いい?だなんて、訊かれるまでもない。嬉しくて、顔が熱を持つのが自分で分かる程だった。

 恋人に愛を誓って貰えた証である首飾りは、人が着けているところを見たことしかない。自分には縁の無いものだと思っていたけれど、クロエも実は密かに憧れていたのだ。


「欲しいですっ…!」


 クロエは正直に言った。

 

「でも、いいの…?」

「うん。っていうか、俺があげたい。ここでは売ってなさそうだし、ちゃんとしたお店に行こう」


 ジルはそう言うと、クロエの手を引いて屋台を離れた。



 装飾品店を出ると、2人で公園の長椅子に落ち着いた。そこでジルが買ったばかりの首飾りの箱を取り出すのを、どきどきしながら見守る。

 彼はその箱をそのままクロエに差し出しはしなかった。

 包みを解いて中から取り出すと、真っ直ぐに向き直った。

 

「着けてもいい?」

「う、うん!」


 クロエは大きく頷いた。

 ジルが鎖の両端を持ってクロエの首を囲うように手を延ばす。クロエが両手で髪を持ち上げて項をあけると、そこにひやりと鎖が触れた。一瞬背筋が震えたが、冷たさは直ぐに彼の手の温もりに打ち消される。

 ちらっと目を上げると、ジルの眼差しは鎖の先に向いていた。

 盗み見していると、ふと目が合う。

 

「有難う。…凄く嬉しい…」


 そう言うと、ジルは応える代りに軽くキスをしてくれた。

 何故か、かつて2人で祭壇に立った時の胸の高鳴りを思い出してしまう。いつのまにか着け終わっていた首飾りの感触を、確かめるように触れてみた。そんな仕草を見守るジルの眼差しに気付いて、クロエの頬は赤くなる。

  

「この後どうしようか?」


 誤魔化すように、そう訊いた。

 

「近くの観光地にも詳しいよ、私! あと行って楽しいところは…」

「クロエ」


 遮られて、クロエの言葉が止まる。

 

「はい」

「呆れること言ってもいい?」

「? いいよ」

「……ちょっともう、これ以上観光する気持ちの余裕が無い」


 言いにくそうにそう告げられ、クロエはハッとする。

 

「ごめん、疲れたよね!」

「いや、そうじゃなくて」


 即座に否定して、ジルは片手で顔を覆った。

 

「…はっきり言うと、夜まで待てそうにないから、早く2人きりになれるところに行きたいです」


 激しく鼓動が跳ね、クロエの顔にも一気に血がのぼった。

 

 ◆


 部屋の中央に下がる大きなランプが、誰の手も借りずに点灯する。

 

「…出来た」


 その場が明るくなったと同時に、隣でジルが小さく独りごちた。

 人肌の心地良さにまどろんでいたクロエは、眩しさに一瞬目を眇める。ジルはベッドに肘をつき、少しだけ身を起こして天井を見ていた。その視線の先を追うと、ランプに辿り着く。

 

「あれ…? 今の…」


 目を瞬くと、ジルがこちらを振り返って微笑んだ。

 

「魔道力で、あのランプに火を点けてみた」


 橙色の明かりが、ジルの顔だけでなく、裸の上半身も妖しく染める。彼は身を屈めると、クロエの頬に唇を落とした。

 

「クロエのおかげで、少し加減の仕方が分かって来たかもしれない…」


 抱き合ったばかりなのに、視界が明瞭になったことで今更な恥ずかしさが湧く。掛布を引き上げて裸体を隠すと、クロエは一拍遅れてジルの呟きに反応した。

 

「え? 私のおかげ?」

「うん」


 どうして? と訊こうとした唇はジルのキスで塞がれる。目を閉じてしまえば直ぐに頭は陶然として、クロエはその温もりに浸った。

 

 ふと彼の手が、クロエの首飾りに触れる。その先に着いているプレートを手に取ると、薄い唇が緩く弧を描いた。

 

「……こういうのをあげる男の心理が、分かったかもしれない」

「え…?」

「結局は完全なる自己満足だよね。…男避けっていう意味で」

「……そういう意味なら、私には必要ないかも」

「そうやって油断してるから、心配になるんだよ」


 ジルは怒ったように言って、再びクロエに覆いかぶさった。首筋に顔を埋められると、黒髪が頬をくすぐる。クロエは目を閉じて、小さく囁いた。


「…それを言うなら、私の方が心配だよ…」


 ほとんど独り言のつもりだったが、聞こえてしまったらしい。ジルが顔を上げて、クロエと目を合わせる。

 

「そう?」

「…そうだよ」


 クロエは観念して言った。

 

「ジルは絶対モテるし…。ル・ブランでもクローディアでも、寄って来る子がこの先沢山現れるよ。そういうの考えるだけで嫌だし……凄く不安になる」


 黙って聞いていたジルの顔が嬉しそうな微笑みに変わる。

 

「クロエ、可愛い」

「え、なんで?!」

「なんでだろう? 無性に可愛い」


 ジルはそう言って、クロエの体をきゅっと抱き締めた。

 

「…じゃぁ俺は、クロエの名前のついた首飾りを着けようか…?」


 耳元の囁きが、クロエの胸を熱くする。

 

「ほ、ほんと…?」

「うん」

「そういうの、抵抗無い?」

「無いよ、全然」


 それはクロエにとっては予想外の言葉だった。

 首飾りを着けるのは女性だけと決まっているわけではない。ただ一般的には男性が誰かのものである証を好んで着けることはしないものだと思っていた。だから贈らせて欲しいとも言えなかった。

 でもジルが受け入れてくれるのなら――。

 

「それなら…、着けて欲しい、です…」

「喜んで」


 その返事に、幸せを実感した。

 身分は違うけど、家柄は桁違いだけど、ジルはこんなに近くに居る。

 居てくれようとしている。

 その気持ちだけで、この先何があっても、乗り越えられるような気がした。

 

 軽く触れ合うキスが、徐々にまた深くなっていく。先程までの甘い情交の余韻で、体は簡単に熱を取り戻した。

 ジルの吐息が首筋に触れる。耳朶を啄まれて、クロエの唇からも小さく声が漏れる。ふと、ジルは動きを止め、気遣わし気に窺った。

 

「体…まだツラい?」

「え…」


 虚を突かれたが、クロエは「ううん」と首を振る。

 

「…どうして?」

「さっき、痛そうだったから」


 クロエは思わず絶句する。抱き合っている時には、痛いかと窺われるたびに痛くないとしか応えたことがなかったのに…。

 戸惑いが伝わったのか、ジルは「口で否定しても、体に力が入るから分かるよ。…それでも一度始めちゃうと、止められないんだけど…」と苦笑をにじませた。

 

「それは…、でも、今日は本当に最初だけだったよ? 久し振りだったし、まだ慣れてないから…。ジルのせいじゃないよ」

「いや、俺の経験値が高ければ、多分もっと上手いこと出来るんだと思う」


 自嘲的な呟きに、クロエは意外な気持ちになる。

 

「ジルは経験値が低いように思えないけど…」

「…………それは良かった」


 ジルは気まずそうに目を逸らす。そんな風に言われると、気になってしまう。やや間を置いて、クロエは恐る恐る訊いた。

 

「…ちなみに、私で……何人、目…?」


 質問を投げた直後に後悔する。知ってもいい気持ちにはならないと分かっているのに、こんなことを訊いてしまうのは何故なのか。

 きょとんとするジルに「や、やっぱり、いいや!」と言って打ち消そうとしたが、彼の口からは予想外の反応が返った。

 

「…クロエ、覚えてないの?」

「え?」

「それ、最初の夜にも訊いたじゃん」

「――えぇ!!」


 最初の夜――というのはつまり、ジルと初めて会った日だ!

 泥酔した勢いで泣きついて、そのままなるようになったあの日…。――いきなりそんな質問をしたのか私は!!

 自分自身に呆れつつ、記憶に無いことに更に愕然とする。

 クロエの表情から察したのだろう、ジルは「覚えてないんだ…」と呟いた。

 

「…すみません…」

「いや、いいよ。全然」

「ち、ちなみに……質問の答えは…」

「思い出してください」

「……」


 無理です…とは内心で呟く。忘れていたほうがいいこともある。そう自分を納得させ、追及は諦めることにした。

 

「でも……痛いだけじゃないからね?」


 クロエの言葉に、ジルは眉を上げる。

 

「ジルに触られると、気持ちいいなぁ、って…思う。嘘じゃなくて。もっと触って欲しいって思うし、私も触りたいって思うし、痛くても幸せだし…。女の人が痛いのは、慣れてないうちは仕方がないの。フラウ様たちも言ってたんだけど、克服するにはとにかく回を重ねることなんだって!」


 張り切って披露した知識だったが、ジルは実に複雑な顔になった。

 

「……それお茶会の話題? 間違って酒呑んでない?」

「私も何度となくそう思いました。――じゃなくて、だから気を遣わなくていいんだよって話だからね! むしろ私が慣れるためにはジルの協力が不可欠なんだから、遠慮なく…」

「またそういうことを…」


 力が抜けたように、ジルはクロエの首筋に突っ伏す。

 

「……クロエは本当に俺に甘いよね」

「そんなこと、ないよ…」

「後悔しない?」

「しない、しない!」

「……じゃぁ正直に言うけど…」


 もっと欲しい、なんて耳元で囁かれたら体が火照るのは仕方がない。愛おし気に自分を見詰める彼の目が、先程までよりはっきりと見えるせいか、初めての時のように緊張した。

 が、直後、視界が変わった理由に思い至る。

 今更に部屋全体を煌々と照らす明かりに気付いて、クロエはジルに訴えた。


「ジル、ランプ…」

「ん…?」


 大きな掌が、クロエの肌を撫でる。

 

「っ…、点いた、まま…」

「…クロエ、本当に覚えてないんだね」

「え?」

「最初の夜は全部点けたままだったよ」

「えっ……――えぇ?!」


 再び衝撃的な事実を告げられ、クロエは素っ頓狂な声を上げる。見下ろすジルの唇にはふと、妖艶な笑みが生まれた。

 

「思い出すために、このままにしておこうか」


 

 結果、すっかり協力的になった恋人に経験値だけはたっぷり上げて貰えたが、ひたすら彼の若さを思い知っただけで、クロエが大事な日の記憶を取り戻すことは最後までなかったという――。

 

 <完>

やっぱりそのオチかいっていうデートでしたが、最後までお付き合い有難うございました^^

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