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恋人の”今”

 その頃既に、ジルは橋の国で落ち合った使者を伴い、ル・ブランへの入国を果たしていた。

 翼竜でエンバリー邸に降り立ち、そのままなかへと案内される。

 家令の後を追って広い回廊を歩きながら、ジルはあらゆる方向へと気を取られ、忙しなく視線を巡らせていた。

 お仕着せを纏う女性を見つける度に目が行ってしまう。だが意外と人数が多いようだ。求める姿は一向に見付からない。

 やっとクロエの居る処に来れたはいいが、そう都合よく出くわすことはないようだ。

 ほどなく目的地となる一室へ到着してしまう。

 仕方が無い。今日ここへ来ることは手紙で知らせてあるが、そんな理由で仕事を離れられはしないだろう。ジルも暫くは拘束される予定だが、まだ集会までには時間があるのだ。隙を見付けて会いに行けばいい。

 そう決めると少しだけ未練を残しながらも、前に立つ家令の背中へと視線を戻した。


 ――が、しかし。

 

「では次に、本日の集会の流れを私の方からご説明致します」


 そう言って目の前の椅子に腰を下ろした評議会の議員を前に、ジルは内心で頭を抱えた。

 これで5人目である。

 通された部屋で評議会の者達に囲まれて2時間近く。彼等が事前に伝えておきたいという長い話は一向に終わる気配を見せなかった。

 ル・ブラン共和国の成り立ちから始まり、評議会の役割と構成員の紹介を経て、今後のジルの指導に関する予定と方針を伝えられ、今はここで過ごす上での注意事項を聞き終えたところである。

 この後には身支度の時間も控えている筈だ。一応礼服を着て来てはいるが、魔道士の正装に着替える必要があるとのことだった。

 折角早めにル・ブランに来たのに、クロエの顔を見に行く暇すら無い。

 流石に気持ちが顔に出たのか、座った男性がふと「少し休憩なさいますか?」と窺ってくれた。

 すかさず「はい」と返す。そしてジルはふと腰を上げると、目の前のテラスを指して訊いた。

 

「外の空気を吸って来ても構いませんか?」

「勿論です。どうぞ」

「有難うございます」


 ジルは逃げるようにその場を離れると、大窓から中庭へと出て行った。

 

 清々しい外気に触れると、頭が冴える。やはり少々のぼせていたらしい。

 広い中庭は四方を回廊で囲まれ、中央には池が設えてあった。忙しそうに行き交う人々の姿が見え、ジルは無意識に目で追う。見える範囲で辺りを窺ったが、相変わらずクロエの姿は無かった。

 誰かに訊いてみようかと、ふと思った。同じ侍女ならクロエを知っているだろう。集会に連れて行かれる前では、今以外にもう時間は取れない気がする。3ヶ月近く我慢して、やっと傍に来たのに――。

 焦燥に煽られるままに足を進める。

 その時ふと、覚えのある感覚が体内から湧き上がった。

 視界が唐突に変化し、ここではない場所を映す。

 瞬間、ジルは自身の魔道力が発動したことを自覚した。それは相変わらず、ジルの意思とは関係のないところで動き出すやっかいな代物だった。それでもこの3ヶ月は、一度も感じていなかったのだが…。

 戸惑うジルの目には、彼の求める人の姿が映し出されていく。

 

 

 ジルのまなうらで、クロエが笑う。

 変わらない、屈託の無い笑顔で、恋人は馬車に揺られている。

 話している相手は、――見知らぬ男だった。

 

「俺みたいな下級も下級、底辺の魔道士にしてみりゃ、上級魔道士なんて雲の上の存在だよ」


 馬車に揺られながら、男が言う。

 その横に並んで、綺麗に化粧を施して、髪を巻いて、いつもより大人びたクロエが目を丸くした。

 

「キアンさんは、全然底辺じゃないですよ! 念力使えるじゃないですか! 私なんか何もできませんよ?」

「あれ? クロエは念力も無いんだっけ?」

「無いんです」

「へー、そりゃ悪いこと言った」

「いえいえ、今更気にもしてませんから」


 クロエは笑って顔の前で手を振る。男は眉尻を下げ、どこか自嘲的に言った。

 

「偉いねぇ。俺なんか小さい奴だからさ、そういうの聞くと親近感湧くんだよ。上級魔道士とかが相手じゃ、友達にすらなれる気がしねーもん。恋愛なんて、まず有り得ないね」

「そうですか?」


 男はクロエの方を向くと、同意を求めるように語り掛ける。

 

「だってヤじゃね? 遠見とか透視とか出来ちゃう奴らだよ? いつ盗み見られるかもわかんないじゃん!」



 ――息を呑んだ瞬間、ジルは閉じていた目を開いた。

 

 体を支配していた熱が霧散すると同時に、視界はエンバリー邸の中庭に戻る。

 詰めていた息を吐き出すと、まだ赤みが残るジルの瞳は、小さく震えた。こめかみには冷たい汗が滲み、激しい鼓動が胸を打ち鳴らす。

 もう遠見はしていないのに、目にしてしまった光景は脳裏から消えてくれなかった。

 それは”今”のクロエの姿だと、本能で理解していた。

 クロエは今、この屋敷には居ないのだ。何処かへ出掛けているのだ。

 見知らぬ男と、2人で。

 

 ”いつ盗み見られるかもわかんないじゃん!”

 

 直後襲ったのは猛烈な自己嫌悪だった。

 力が抜けて、ジルはその場に屈み込むと、がくりと項垂れる。

 

「……何してんだ、俺…」


 そんな呟きが、自然と漏れた。

 自分が会いたいからといって、魔道力で探し出そうとするなんて。まるでクロエを監視するかのような行為ではないか。

 もし自分が誰かに同じことをされたらと思うと――ぞっとする。

 楽しそうなクロエの笑顔が、苛むように甦った。

 握った拳を額に当てて、目を閉じる。違う。余計なことは考えるなと、一心に念じた。

 仕事で出掛けてているのかもしれない。今日は休みで、あれはただの友人かもしれない。家族かもしれない。

 そう思おうとしても、普段とは明らかに違うクロエの服装が、不安を煽る。

 凄く綺麗にしていた。明らかに特別な用事という装いだった。あんな格好で仕事をするだろうか。友人と会うだろうか。家族と出掛けるだろうか。

 ジルは自分の黒髪に指を潜らせ、頭を抱えた。そこを埋め尽くそうとする嫉妬と疑念を抑えこもうとするように。

 

 ”上級魔道士とかが相手じゃ、友達にすらなれる気がしねーもん。恋愛なんて、まず有り得ないね”

 

 クロエの台詞でもないのに、男の声が頭から離れない。

 離れ離れになって3ヶ月近く。ここに来るまでには、思っていたより時間を要した。

 その間に、クロエの気持ちは変わってしまったのだろうか。

 ジルの中では何も、変わっていないのに――。

 

「――如何いたしましたか!?」


 背後から聞こえた声に、ジルはハッと我に返った。

 評議委員の1人が蹲るジルに気付いたのだろう、血相を変えて駆けつける。

 

「ご気分が優れませんか?!」

「あ、いや、大丈夫です。すみません」


 我ながら説得力に欠ける声だったが、ひとまず立ち上がった。気遣わしげな顔でジルを見詰める男性に「すみません。戻りますので、続きをお願いします」と願い出る。

 そして内心で、怯みそうな自分を叱咤した。

 

 ”盗み見た”光景だけで全ての結論を出すなんて愚かしい。

 どんな答えであれ、クロエの口から直接聞くべきなのだから――。

 

 ◆

 

「――ほい、着いた」


 キアンがそう言って馬車を停める。

 クロエはその時初めて、周りの景色が思いのほか都会めいていることに気が付いた。

 目の前には確かに、列車の通る駅があるが…。

 

「あれ…?!」


 屋敷の近くの駅まで連れて行って貰う気でいたのに、ここは一体何処だろう? そういえば随分長く馬車に揺られていたような…。などと今更に思う。

 キアンは面白いものを見るような目で「こっから乗れば、すぐ首都だよ」と説明してくれた。

 クロエの顔から血の気が引く。

 

「えぇぇ!! こんなところまで! す、す、す、すみません!!!」

「いやいや、もともとここまで来る予定だったから。遠出するのに1人じゃつまんねーからさ。話し相手になってくれてありがとな」

「とんでもないです! 私の方こそ…、凄く助かりました!!」


 ここからならどうやっても迷うことなくエンバリー家へ辿り着ける。

 改めてお礼を言って馬車を降りたクロエに、キアンが明るく声を掛けた。

 

「上級魔道士のダンナによろしくな! 今度2人でうちに遊びに来いよ!」


 クロエは笑顔で、「是非!」と返した。

 そして別れを告げると、クロエは改めてジルの居る首都を目指し、弾む足取りで駅へと向かったのだった。

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