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バラム

 カイはアルバスの背に乗り、城の中央部へと進んでいた。

 城の主であるならば、城の中心にいるはず。カイとアルバスはそう考えたのだ。

 途中、城の中に残っていたオーガたちと出くわしたが、これも想定のうち。カイを降ろしたアルバスがオーガたちの中心に突っこみ、ツメと牙で次々と蹴散らす。カイもアルバスのおそろしさにひるんだオーガを、見事な剣さばきで倒した。

 そうしてオーガを倒しながら進んだカイたちは、城の中心と思われる部屋にたどり着いた。

 高さが三メートル以上ある大きな扉の中からは、まがまがしい気配を感じる。これまで見てきたオーガにはなかった気配だ。

 明らかに危険な相手が、この中にいる。カイとアルバスは注意深く近づき、扉を開け放った。


「うわっ! すげぇ広い」


「カイ、見ろ!」


 アルバスに言われ、カイが広々とした部屋の奥を見すえる。

 そこにはカイが十人並べそうな大きないすに座った、一際大きいオーガがいた。


「バラム……」


 アルバスが低くうなる横で、カイが「あいつが……」と息をのむ。

 バラムは他のオーガ達と違って灰色の肌をしており、額には長い角が生えていた。

 アルバスが言っていた通り、右腕はない。しかし、全身にまとった分厚い筋肉は鎧のようであり、残っている左腕は丸太ほどの太さがある。

 何より、バラムが放つ威圧感は、他のオーガの比ではなかった。


「何だ、貴様らは。外で暴れる人間どもの仲間か?」


 バラムの低く重い声が、部屋に響く。聞く者に恐怖を与える声だ。

 それでもカイは気圧されることなく、剣をバラムに向けながら答えた。


「ああ、そうだ! オレはカイ。ケセド王国とアイリスを救うため、ここまで来た。お前がオーガの王、バラムだな?」


「なるほど。あの魔女の後ろで糸を引いているのが、我と気づいたか。人間どもも、なかなか賢しいものだ。――よかろう。ここまで来たほうびに答えてやる。いかにも、我が名はバラム。偉大なるオーガの王だ。頭が高いぞ、人間」


 バラムが尊大に言い放つ。

 その返答を聞いたカイは、あろうことか剣を下した。


「そうか。――バラム、オレたちはお前を退治するためにここまで来た。だが、戦う前に少し話がしたい」


「カイ! 何を言っているのだ。こいつは話の通じるようなヤツではない!」


 アルバスがカイをたしなめる。

 だが、カイはアルバスに向かってゆっくり首をふった。


「すまない、アルバス。一度だけチャンスをくれ。――ソウジとアオイがいたら、きっとこうすると思うんだ」


「くっ! ……わかった、好きにするといい」


 カイの強い意志をたたえた目に、アルバスは何も言えなくなってしまう。アルバスは歯がみしながらも、いったん後ろに退いた。


「ほう、我に話を持ちかけるか。よかろう、発言を許す。言ってみるがよい」


 いすに座ったまま頬杖をつくバラム。その表情は、まるで余興を楽しんでいるようだ。

 けれどカイは、バラムの態度に構わず、話し始めた。


「バラム。アイリスを自由にして、手下と共にこの国から出ていってくれないか。過去の恨みを忘れて、別の土地で生きてくれ」


 カイが、まっすぐバラムの目を見据える。

 そして、真剣な表情でバラムに手を引くよう訴えた。


「黒幕がお前だとオレたちにばれた時点で、お前の計画は失敗したも同然なんだ。頼む、バラム。今すぐ負けを認めて、ケセド王国から立ち去ってくれ。そして今度こそ、この国や英雄の子孫に手を出さないと約束してくれ」


 頼む、とカイが頭を下げる。

 すると、カイの言葉に思うところがあったのだろうか。バラムが、何か考えるような素振りを見せた。


「ふむ。――確かに我の計画は失敗したようだな。それに、このままケセド王国と戦を構えるのは、分が悪いかもしれぬ……」


「そうか! それじゃあ……」


 バラムが納得してくれたと感じ、カイ表情をほころばせる。

 だが……。


「――などと我が言うと思ったのか、おろか者め」


「それは……どういう意味だ」


 カイが声を低くして尋ねる。

 眉をひそめるカイを見下すように、バラムは高笑いを始めた。


「グハハハハ! 我に『負けを認めろ』だと? 人間風情が粋がりおって。身のほどを知らぬとは、実におろかで滑稽なことだ」


「何だと!」


 カイのとなりで、アルバスが牙をむく。その青き目は、怒りの炎で燃えている。

 だが、猛るアルバスを見たバラムは、羽虫をはらうように手をふった。


「ほえるな、魔女の飼い犬。いや、魔女共々負け犬と呼ぶべきか? 娘一人救えず、我の言いなりにしかなれぬ、あわれな犬どもよ」


「貴様……。私だけでなく、メアリまでもおとしめるつもりか!」


 見下したように笑うバラムに、今にも跳びかかりそうな勢いでアルバスがほえる。


「それはこちらのセリフだ、犬よ。貴様らは、どこまでも我をコケにしおって。ケセド王国と魔女たちから手を引けだと? ふざけるではないぞ。百年前に受けたこの傷の恨み、我は一日たりとも忘れたことはない! 貴様らを滅ぼさんことには、我の怒りは治まらぬのだ!」


 アルバスの怒りに触発されたのか、バラムが恨みに満ちた怒りをまき散らす。


「我の存在に気づかれたというのなら、是非もない。まずは魔女とその娘を消し、我が直接ケセド王国を滅ぼしてくれる。アスランたちのいないケセド王国をつぶすなど、たやすいことだ!」


 バラムがゲラゲラと耳ざわりな声で笑う。

 対してカイは、感情を押し殺した声で、最後の確認とばかりに聞いた。


「――手を引く気はないんだな?」


「くどいわ。復讐の手始めに、まずは貴様とそこの負け犬を、血祭りにあげてくれる」


 バラムがいすから立ち上がり、壁に立てかけていた巨大なオノを手に取る。己の背丈ほどもあるオノを、バラムは片手で軽々とふり回した。

 その様を臆することなく見つめながら、カイはアルバスへ、すまなそうに声をかけた。


「ごめんな、アルバス。戦わずに終わらせられればと思ったんだけど、お前にいやな思いをさせちまった」


「気にするな、カイ。お前は自分の信じた道を進んだだけだ。あやまる必要はない」


「ありがとう。じゃあ、気を取り直して……。――行くぞ、アルバス!」


「ああ。これ以上、ヤツの好きにはさせない!」


 カイが改めて剣を構え、アルバスもすぐに動けるように、足に力をこめる。


「消えろ、羽虫ども!」


 同時に、バラムがカイとアルバスに向かって、オノをふり下ろした。

 カイとアルバスは、左右に分かれてオノをよける。

 アルバスはそのままバラムの左腕に組みつき、オノの動きを封じた。その隙に、カイは腕のないバラムの右側から切りかかる。


「くらえ!」


 飛びかかったカイの一撃が、バラムのわき腹をとらえる。

 だが……。


 ――ガキンッ!

 

 まるで鉄同士がぶつかったような音が響き、カイの剣はいとも簡単にはじかれた。


「なんだ、これ? 防具をつけているわけでもないのに、すごくかたいぞ!」


「グハハハハ! 今のは攻撃のつもりか、人間。虫でもとまったのかと思ったぞ」


 目を見張った様子のカイを、バラムが笑い飛ばす。そのままバラムは左腕を強引にふり、組みついていたアルバスを吹き飛ばした。


「がふっ!」


「大丈夫か、アルバス!」


「――おっと、どこへ行くつもりだ」


 アルバス駆け寄ろうとするカイの前に、バラムが立ちはだかる。


「犬の心配をしているヒマはないぞ、人間。まずは、貴様からあの世に送ってやろう」


 バラムはふりかぶったオノを、カイにたたきつける。

 とっさに手に持っていた剣でオノを受けたカイ。しかし、バラムの重い一撃を受け切ることはできなかった。カイの持っていた剣は半ばから折れ、彼自身も衝撃で地面を転がる。


「ちくしょう! なんてバカ力なんだ」


 何とか起き上ったカイが、バラムを見上げながら舌打ちする。

 地面を転がった時にすりむいたのだろう。カイの額からは、血が流れていた。


「ほう、今のをくらって立ちあがるか。人間の子供にしては、なかなかやるではないか。その根性だけはほめてやろう」


 バラムはカイの方に歩いて行きながら、見下しつつも感心したように言う。

 その間にカイは、折れた剣を投げ捨て、腰にたずさえていた短刀を抜いた。


「グハハハハ。そんなおもちゃのような短刀でどうするつもりだ」


 短刀を構えたカイを見て、バラムがゲラゲラと笑う。


「うるせぇ! オレは絶対に負けない。たとえ武器がなくなったって、お前になんか屈しない!」


「……フン。貴様のその目を見ていると、アスランたちを思い出す。実におもしろくない」


 カイの強い意志を宿した目を見て、笑みを消したバラムがいら立ったようにはき捨てる。


「もうよい。遊びはもう終わりだ。――消えろ」


 カイのもとにたどり着いたバラムは、再びオノをふりかぶった。

 ブォン、という風のうなりと共に、カイの命をうばう一撃が放たれた――。


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