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電子音がいつもよりどんよりした頭の中で不快に響く。
…また飲み過ぎたらしい…。
手探りで音源のスマホを目指すが手応えがない。
どこに置いたっけなぁ…記憶の中でも探してみるが見つからない。
その間も鳴り続ける不快な音に溜め息をついて渋々体を起こそうとした時、ドアが開く音にギョッとして硬直する。
「ここだったんだー」
って、この声?!
反射的に布団をはね除けた俺の視界に飛び込んできたのは、メイド?
黒と見間違えそうな深いグリーンを淡いピンクのレースがふちどってオレンジのリボンが彩りを添えてるのは、どっから見てもメイド服ってヤツだと思う。
ふんわり丸い袖からはきゃしゃな腕が、短すぎると思うスカートからはほっそりした足が伸びてる。
頭の上で左右に結ばれた髪の毛は垂れ耳のウサギみたいだ。
…声から思い浮かんだ姿とはギャップあり過ぎ。
その想定外過ぎる格好は反則だろう、おい。
「あ、おはようございます。ご主人様」
脱ぎ散らかした服の中から拾い上げたスマホを手に振り返ったのは、美少女、と世間一般では分類されるに違いない。
メイド服とはまた、いつもの見知ってる姿と違い過ぎるが、それでも俺が間違えるハズない。
「どうしてここにいるんだ、ヲタ子」
口に出してからハッとする。
そうだ、こいつは自分がそんな風に呼ばれてるなんて知らない。
「あたしはタマです、ご主人様」
焦る俺は向けられた極上の笑顔に思わず怯む。
いつもだって100点満点なのに、更に花丸つけたくなるような笑顔って、そりゃもう破壊力も満点。
って、そんなコトで負けられない。
動揺を隠して聞き直す。
「どうして、ここに、お前が、いるんだ?」
「忘れちゃったんですか? ご主人様が拾ってくれたからですよ」
「俺がお前を拾うかっ! お前だけは避けて通るわっ!」
有り得ない返事に思わず怒鳴ってしまう。
絶対ない。
俺がヲタ子を拾うなんて、天地が引っくり返っても、そんなコトは有り得ない。
「でもそうなんです。だからここにいるんです。アイちゃんもご主人様なら大丈夫っていってくれたのに、ちゃんと思い出してくださいね」
俺の大声にも怯む様子もなく、ちょっと拗ねた顔になる。
そんな表情は初めて見るな…と思いながら、口にした名前に引っ掛かった。
…アイちゃん、なんてのは藍希しか知らない。
昨日は先輩から誘われて飲みに行ったが、当たり前のように藍希、剛志、槙斗も一緒だ。
飲むのは好きだが強くないので、連中のペースに引きずられると記憶が飛ぶんだよな見事に。
俺は頭の中の霧をかき分けて記憶を探す…。
「あーーっ?!」
マジかよ。
うっすら浮き上がってきた記憶の断片に、確かにメイドがいるよ。
いるけど、ちょっと待て、話が違うんじゃないか…?
「良かったー、思い出してくれて」
俺の様子にメイドがニッコリする。
いや、全然良くないわ。中途半端に残るくらいならきれいさっぱり消え去ってくれてた方が良かったよ。
詳細を思い出そうと足掻いてる俺に、メイドがスマホを差し出した。
「どうしましょう、これ?」
すっかり存在を忘れていたスマホは、まだしつこく鳴り続けてる。
「返せっ」
ベッドから飛び出して引ったくるように取り返したスマホを黙らせた俺に、ヲタ子が話しかけてくる。
「朝御飯、食べられそうですか?」
「あぁ?」
声の元に目をやると、大きな瞳が俺を見上げてる。
「朝御飯、どうしましょう?」
「……」
俺が不機嫌全開で見下ろすと大抵のヤツはビビって言葉をなくすが、全く動じる様子なく笑顔で見上げてくる。
「すぐ食べます?あとにします?」
ああ、そうだ。こいつはダメなんだった。
いつも平気だからこっちの調子が狂うんだったよ。
俺の方が逃げ出すコトになるんだったよ。
で、ここはどうすりゃいいんだ?
いつもなら時間がくれば終わるけど、この状況じゃどこへ逃げ込めば安全なんだ?
「あ、忘れてました」
向かい合って見下ろした状態のまま考えていたら、ふいに顔が近付いてきて、慌てて後ずさるのについてくる。
「なっ、なっ…」
開かない距離に「ち、近付くな、こらっ」と、押し返そうと手を出しかけて迷う。
こういう時ってどこを押せばいいんだ? だいたい触っていいのか、こいつに?
「近付かないとおはようのキスができませんよ、ご主人様」
「はぁ?」
今、何を言った、こいつは?
「そうお約束させられましたけど、あたし」
なんなんだ、その約束はっ?! 俺がするかっ?! 記憶にないわっ!
パニクって足をもつれさせた俺はベッドにぶつかって、そのまま座り込んだ。
メイドはストンと俺の足元にしゃがんで「なし、ですか?」って上目遣いに聞いてくるが、ハッキリ言ってその気がなくてもその気になりそうだよっ。
「ないっ! ない、ない、ないっ!」
壁際にまで後退しながら否定したのは、メイドの言葉か、自分の気持ちか、もうわからん。
そんな俺の様子に、ふっと視線をはずして立ち上がったメイドの頬がうっすらピンクに染まって見えたのは、たぶん気のせいだ。
「朝御飯の支度、しておきますね」
メイドは短いスカートをヒラヒラさせてドアの向こうへ消えていった。




