プロローグ
――この使命はいつまで続くのだろうか。
最近、そんな考えが何度も頭をよぎる。
もう何度同じことを繰り返してきただろう。
時折、すべてを投げ出してしまいたくなる。
だが、そんなことは許されない。
この使命に終わりはない。
――いや、決して終わらせてはいけないのだ。
たとえ、どれだけの犠牲を払うことになろうとも。
俺は深く息を吐き、夜空を見上げた。
セラは元気だろうか。
目を閉じれば、彼女の笑顔が浮かぶ。勇者パーティとして共に戦った日々も、夫婦になってから二人で過ごした穏やかな時間も、全てがかけがえのない思い出だ。
あの頃は、彼女が隣にいるのが当たり前だった。
けれど、今は違う。
あの笑顔を見たい。
あの声を聞きたい。
そんなことを考えるたびに、胸が締めつけられる。
ふと、部屋の窓を開けて外を眺めた。
遠くには高層ビルが立ち並び、その窓明かりが夜の街を照らしている。
――そう、ここは地球。
魔物も魔王も存在しない、ごく普通の惑星だ。
俺はこの星に帰還し、とある使命を果たしている。
ちょうどセラのことを考えていると、左手の薬指にはめた指輪が熱を帯びる。その指輪に魔力を通すと、俺の前に情報が映し出される。
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召喚対象:愛原叶人、林田健
年齢:17歳、17歳
現在地:東京都〇〇区△△□□
形式:召喚
接続先:第三界
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機械的に伝えられるこのメッセージが、今の俺が唯一セラと繋がる瞬間だ。もっとも、これはセラが直接自分で打ち込んだメッセージではないが。
画面に映し出された二人の名前を見つめる。
十七歳。
まだ、これからいくらでも未来がある年齢だ。
「…近いな」
俺はそれ以上考えるのをやめ、魔法で姿を隠して窓から空へ飛び上がる。ビルからビルへと飛び移りながら、対象の元へ向かった。
「叶人、夜まで勉強付き合ってくれてありがとな。ほんと助かったぜ」
「ううん、全然いいよ。一人よりも誰かと勉強した方が僕も頑張ろうって思えるしね」
「ほんといい親友に恵まれたなぁ俺は」
「ははっ、僕も健と親友でうれしいよ」
二人の高校生が、楽しそうに話しながら図書館から出てきた。彼らが今回の召喚対象、愛原叶人君と林田健君だ。叶人君は穏やかで人当たりのよさそうな子だ。一方で、健君は体育会系で活発そうな印象を受ける。一見タイプは異なるが、そんな二人はとても仲がいいことがすぐに分かった。
きっと、向こうの世界でも互いに支え合っていけるだろう。
そんな二人を巻き込んでしまうことに俺は罪悪感を覚える。この感覚に慣れることはないし慣れてはいけないのだろう。だがそんなことを考えている暇はない。急がなければ召喚が失敗してしまうのだから。
俺は隠密魔法で姿を隠したまま二人の前に降り立ち、詠唱を始める。
「彼方より届きし祈りを、此方にて受け取る。隔たる時を越え、隔たる世界を結び、選ばれし魂に彼方へ続く道を示せ。我、使徒アイルの名において、女神セラの定めし星路をここに開く。――《星路開門・異世界召喚》」
その瞬間、二人の足元に魔法陣が広がり、輝きを帯びる。
「な、何だこれ……!」
「健!」
魔法陣は二重、三重に広がり、複雑な文様を描きながら回転していく。虹色の光は次第に強さを増し、二人の体を包み込む。
そして、光と共に彼らは姿を消した。
「……頑張れ、勇者たち」
誰もいなくなった場所に向かって、そう呟く。
どれほど危険な旅になるのか、二人が何を手に入れ何を失うのか、俺には分からない。ただ、彼らが役目を果たし、無事に帰ってくることを祈るしかないのだ。
それがどれほど身勝手な願いなのか、自分でも分かっている。
彼らを危険な世界に送り出したのは、他でもない俺なのだから。
それでも、祈らずにはいられなかった。
次の瞬間、魔法陣が再び輝きだし、文様が先ほどとは逆の方向へ回り始める。
勇者の帰還だ。異世界でどれほど長い年月を過ごそうとも、地球に戻るのは召喚された直後。向こうで何が起こったのか、俺には知る術がない。
虹色の光が地上から立ち上り、その中心に一人の少年が現れた。
愛原叶人。
召喚された時と変わらない制服姿で、傷一つ負っていない。しかし、彼は先ほどまでの穏やかな表情を失い、呆然と辺りを見回していた。
「……帰ってきた……帰ってきたよ、健………」
震える声が、静かな夜道に響く。
その場に、林田健の姿はなかった。叶人は涙を流しながら、何度も親友の名前を呼んでいた。だが、どれだけ呼びかけても、返事が返ってくることはない。
つい先ほどまで、二人で楽しそうに笑い合っていた場所。その景色は、何一つ変わっていない。
ただ、そこにいるはずの親友だけが、いなくなっていた。
「…すまない」
姿を隠したまま、届くことのない謝罪を口にする。
これが俺の使命。
勇者となる者を異世界へ送り出し、その帰還を待つ門番。
誰かの人生を狂わせ、大切なものを奪う。
それを、延々と繰り返す。
――セラを守るために。
この使命だけは、決して終わらせてはならないのだ。
初めまして、名無しのしばけんです。
このたび、本作の連載を始めることにしました。
本作はカクヨムでも同時連載しています。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします!




