自習
「自習!」
そう云いながら、出入り口近くに立っていた担任の荒木が出て行く。廊下には別の先生が居て、ふたりは一緒に走っていった。
出海ことみは教科書をひろげていたが、集中できなかった。先生達があんなに慌てているなんて、なんだろう? 前、女子生徒が行方不明になった時みたい。
「あ」
早速ヴェランダに出ていた生徒が声をあげた。「教頭先生、なにしてるんだろう」
クラスメイト達の意識がそちらへ向いた。皆、ヴェランダへ出ようとする。ことみも窓の辺りまで行った。
校門辺りに教頭が立っている。いつもの上品な藤色のスーツ姿で、かすかにカールさせた髪もいつも通りだ。しかし、なんとなく違和感がある。
「佐伯だ」
いつ教室を出て行ったのだろう、積が教頭へ近付いていった。なにか話しているようだ。教頭は振り向かない。
だが、頷いたのがわかった。そのまますーっと死角へ移動する。悲鳴があがった。教頭は脚を動かさず、向きもかえずに後ろへ移動したのだ。
救急車のサイレンが聴こえてきた。
教頭は職員室で発作を起こし、先生達で必死に心肺蘇生をしていたそうだ。
藤総合病院へ担ぎ込まれ、なんとか一命を取り留めた。
多くの生徒達が校門付近にたたずむ教頭を目にしたが、そのことについては誰も、ほとんど話さなかった。