昔の記憶
三好景清は祖父の家に居た。
ここを売るかどうか、親戚達から訊かれている。景清は大学を出たら霧上へ戻るか、それとも戻らずに別の場所で就職するのか、戻ってもこの家には暮らさないのか、考えてることになった。
祖父がつけた、柱の傷が目にはいる。景清が幼稚園か、小学校低学年の頃のことだ。祖母が突然倒れ、農作業用のなたを研いでいた祖父が慌てて家に駈け込んできて、柱になたをぶつけてしまった。祖父は祖母を抱え、必死に呼びかけていた。景清が縁側からとびおりて父を呼び、麦わら帽子を被った父が走ってきて、居間の端にあるダイヤル式の電話に飛びついて救急車を呼んだ。
祖母はくも膜下出血で、搬送がはやかったのでなんとかなった。景清は家に置いていかれて、不安だったことを覚えている。
「それ、ひとから聴いた話じゃないのか」
「え?」
一杯やろうと、ビール瓶を持ってきたおじさんが、景清の話を聴いてそう云った。
「どうして?」
「だってその時は、お前のお母さんが実家と絶縁してたから、夫婦でここに来てお前をうむことになったんだ。でも早産で、お前は保育器のなかだった筈だぞ」
景清は二・三日考えて、結局その家は売らないことにした。景清が霧上へ戻るまで、おじさんがたまに掃除に来てくれるそうだ。